第2話
「全く、なんでOKしちまったんだよ、泰斗」
「ええー、だってさ、だって、皆、すご~く期待してる目で、見つめてくる、から…」
はあー、と盛大にため息をついて、丁央は机に突っ伏す。
そうだよな、泰斗に断れって言う方が、どだい無理な話なんだ。
同い年の丁央と泰斗、そしてそこには遼太朗も入るが、彼らは幼い頃から同じ学校に通っていた。とはいえ、クイーンシティには1つしか学校がないのだから、年が同じなら皆同じ学校だ。
丁央は気さくな性格で決断が早いため、皆から兄貴のように慕われる存在だ。遼太朗は反対に超クールで合理的。誰に好かれようが嫌われようが我が道を行き、無駄なことには一切首を突っ込まない。
そして、泰斗はと言うと。
優しいと言えば聞こえはいいが、優柔不断なのか自分の意見が言えないのか、いつも周りに良いように使われている。ただ救いは、本人がほとんど気にしていないこと。
クラスの荒くれ、ハリスが、手下とともにいつもなんだかんだと用事を言いつけては同行させている姿に、業を煮やした丁央が、
「たまにはビシッと断れ! 」
と言っても、本人はニコニコと苦笑いしながら言うのだ。
「まあ、いいじゃない、のかな? 」
丁央はそれが歯がゆくて仕方がない。特に泰斗は天才だからなおさらだ。
と言うのも、泰斗は頭脳明晰で、本当なら飛び級飛び級で、とっくに学校を卒業できるはずなのだか、「皆ともっと一緒にいたい」と、15歳で卒業するまでは学校に通うつもりらしい。
ただ、選択制の授業ではすでに教わることがないため、専門の研究所で大人に混じって研究をするように言われている。
彼の専門はロボット工学。
「人の役に立つロボットを作りたい」
と言う希望で、医療や介護ロボットの研究に余念がない。
そんなある日のこと。
丁央は、また泰斗がハリスに用事を言いつけられているのを目撃する。今回は飲み物を買ってくる役目だ。ホイホイとなぜか楽しそうに自販機に向かった泰斗が、何本かの飲み物を手に振り向くと。
「いいもん持ってんじゃねーか」
違うクラスの荒くれがいた。
「それ、くれよ」
「…えーと、これは…、ハリスに頼まれて。だから」
「俺には渡せねえってのか、おらー」
と、手が伸びた。丁央はあっと思って飛び出そうとしたのだが、それより早く。
「おっと、俺の飲み物を盗むつもりか」
「ハリス! 」
なんとハリスが泰斗の前に立ちはだかっている。
「こいつはな、俺の大事なダチなんだよ。気さくに手ー出してんじゃねえ」
凄みのある声で威嚇する。相手は舌打ちしつつも、ハリスの勢いにたじたじしながらその場を離れて行った。ホッとした様子の泰斗が言う。
「あ、…ありがと。はいこれ」
「おう。サンキュ」
ハリスとその取り巻きは、なんとも楽しそうな笑顔で、飲み物を受け取っている。
そんな様子をあっけにとられて見ていた丁央が、後でなぜか歯切れの悪い泰斗に、執念深く聞き出したところによると。
「あ、あのさ。ハリスのおばあちゃんがしばらく入院していた病院のロボットがさ。僕の設計だったんだ」
と、いったん話し出すと嬉しそうに言う泰斗。
なんでも、病人を抱えて運んだりする介護をしつつ、話し相手にもなるそのロボットは、病院の中で、子どもからお年寄りに至るまで、皆のアイドルなんだそうだ。
ハリスは、祖母がいつも、ロボットの設計者である泰斗の名前を出して、感心したり嬉しそうにしているのを見て、恩返しのつもりで、泰斗によからぬ輩が寄りつかないようにしてくれているらしかった。
「ハリスって、照れ屋だから、ホントのこと言うのいやなんだよね。だから、他の人にはばらさないでね」
泰斗に口止めされて、内心、ハリスのヤツ可愛いじゃねーか、とウハウハ笑いながらも、皆には黙っていようと思う丁央だった。
そんな泰斗の研究するロボットは、あらゆる病院や施設に色んなバリエーションのものが置かれていて、今日も休まず人助けをしている。
と言う学生時代の話はさておき。
学校を卒業した今では、泰斗だってロボットの仕事がしたいはずだ、そう言うと。
「でもさ、警備の仕事も、人助けになるって、言ってたよ」
お前騙されてるだろー! ほだされただろー! と思った丁央だったが、お人好しな泰斗にはもう何を言っても仕方かないだろう、と、あきらめたのだった。
そして後日、警備隊の適正検査場に行くと、遼太朗と、予想の範疇ではあったが、ハリスもいた。
「おう、お前らもスカウトされたのか? 」
丁央が聞くと、遼太朗は一言。
「俺は血筋のせいだ」
ハリスに目をやると意外なことを言い出した。
「俺は自分から言い出したんだ」
「そうなのか」
奇特なヤツもいるもんだと思ったが、でもそうではなくて、ハリスは泰斗の事が心配だったんじゃないかと思う。
簡単な面接には全員合格して、お次に連れて行かれたのは、射撃場だった。
泰斗は「ええ~銃なんて、うてないよお」と、とたんに真っ青になる。それを見ていた検査官は、ニッコリ笑いながら言う。
「大丈夫ですよ。ただの適性検査ですから。本物の銃ではありませんし」
「はあ…」
ここでの検査は簡単だ。順番に的の前に立って、プラスチック制の小さな球が出る、銃もどき、で的を狙うだけだ。
ハリスはさすがだった。キングの血を引く彼は、一発も外さず、すべて的中させている。
実を言うと負けず嫌いの丁央は、それに刺激されてしまい、天性の才能も備わっていたのか、ハリスと同じく、ほぼ完璧に的を撃つ。
次に撃ったのは、遼太朗。
パコ、スコ。
と、なんとも情けない音で、ほとんど的を外す遼太朗。銃を検査官に返しながら、珍しく微笑んで言っている。
「どうも、俺には才能ないみたいですね」
こちらも苦笑いしながら銃を受け取る検査官に頭を下げて振り向いたとたん。
ニヤリと笑う遼太朗がいた。そこで気がつく。
こいつ、わざとだな!
銃が上手だと最前線の警備に派遣される確率が高くなる。それを避けるために、わざわざ下手な振りをしたのか! しまった! と丁央が思ったときには後の祭り。
凄腕を披露した丁央は、あろうことか隊長の汚名? を着せられてしまったのだった。
泰斗は? もうおわかりの通り。遼太朗と同じく、いや、もっとヒドイ。狙っているのかと思うほど、撃てども撃てども的にあたらず…。結局2人は、丁央たちを後方から支援する部署につくことになったのだ。