第16話
「とうとう俺たちだけになってしまったな」
ようやく完成を迎えた時空移動部屋の中で、丁央が言う。
「うん、でも、出来上がったよ」
「ああ、きっと成功する」
3人は完璧にスタンバイされた部屋を眺めながら言う。
「ああ、そうだ。Rー4、座標位置をほんの少しずらしたから、確認しておいてくれ。いま入力する」
「ええー? またあ? モウ、遼太朗ってバ、しっかりしてヨー」
「わるいわるい」
少し笑えるようになった遼太朗が、Rー4相手に謝っている。
「そうそう、えーとね、Rー4。ルティオスは勇者なんだからさ、くれぐれも失礼のないようにね。呼び捨てなんてぜったいダメだよ。ちゃんとルティオスさまって言うんだよ」
「あ、それから、ジュリー先輩が最後の最後に作ってくれた、長ーいアーム。壊しちゃヤだけど、活用させてあげてね」
と、こちらはグズッとすすりあげながら泰斗が言う。
「リョーカイ。もう、泣かないの。泰斗ノ泣き虫」
「だってジュリーせんぱいが」
「ハイハイ」
そんな2人? を苦笑しながら見ていた丁央が、改まった口調になって言った。
「それでは、これより時空間移動を開始する。俺たちが降りたら、部屋の中を完全に滅菌すること。そして、Rー4は自動除菌装置がついているから、到着後も外へ出て良いが、あとのロボはなるべく部屋から出ないこと」
「ラジャーー」
そして丁央は、Rー4に言った。
「Rー4、頼んだよ」
「はいハーイ。任せナサイ。Rー4トッテモ優秀だからねー」
丁央はこんな時だというのに、どうにも可笑しさをこらえきれず、笑いながらRー4の頭を軽くなでた。
まったくコイツは緊張ってものを知らないんだよな。誰に似たんだか。
そのあと3人は、名残惜しそうに部屋の外へと出て行く。少し離れたところにある椅子に腰掛けて、彼らはその時を待つ。
扉が完全に閉まると、中からRー4の声がする。
「滅菌装置、作動中……。完了しまシタ。それでハ、これより時空間移動ヲ開始しマス」
ヴィーーーーーーーン。
犬小屋の時より、ずっと長い羽音がし始める。
「目標、ルティオスさまの、ジダイ」
「Rー4、ちゃんとルティオスさまって言った! えらーい! 」
泰斗が嬉しそうに叫ぶ。
そして、大きな部屋がだんだんぶれたようになって行き。
3D映像が消えるように、それはスウっと空間の中へと消えていったのだった。
「行っちゃった」
「ああ」
遼太朗の声はない。2人が隣を見ると、遼太朗は椅子に沈み込んで、穏やかに綺麗に微笑みながら、息を引き取っていたのだった。
「遼太朗」
泰斗がまた泣きそうになって、だが、ふいっと俯いて言う。
「ひどいよね、遼太朗ってば、何にも言わずに。でも、丁央~。何だか僕も眠くなってきちゃった」
そして椅子にもたれかかると、彼もまた幸せそうに目を閉じ、大きく深呼吸をして、…もう2度とその目が開くことはなかった。
「2人とも、俺を置いて行きやがって」
丁央は空を見上げると。
「出発の日が、こんな良い天気で良かったな、Rー4」
そう言うと、ウーンと伸びをして、彼も椅子の背に身体を預ける。
クイーンシティ最後の1人は、静かに目を閉じたのだった。
ガガガガ!
ひどい揺れだ。出発の時はあんなにスムーズだったのに。これはプロジェクトチームにあとで文句を言わなくては。Rー4がそんな思考をしているとロボの声が体内に響く。
「座標位置、確認しました。年代も指示通り。あと、2秒で到着」
パアーン
声とほとんど同時に、揺れが収まる。
どうやら着いたようだ。ロボットは機械を操作すると、空間をゆがめて、外の様子を確認する。
「アレ? 」
そこでRー4たちが見たものは、ただ一面の砂漠だった。
「アレマ、ちょっと戻り足りなかっタ、ヨウデス」
ジャック国は、すでにブラックホールに飲み込まれたあとのようだ。
ロボたちはすぐさま時間を計算し直す。そして、もう一度ジャンプした。
また、ガガガガ、と大きな揺れのあと。
たどり着いたところは、戦場だった。
ただ、敵も味方も関係なく、すべての者がパニックになって逃げ惑っている。ちょうどブラックホールが起こってすぐだったらしい。
「えート、ルティオスさま、ルティオスさまは…」
何千、何万かもしれない、という人の中から、ルティオスを探し出すのは、どうにも不可能に思える。と、その時。
「ルティオス様! 」
誰かが大声でその名を呼ぶ。
「みんな、走れ! 後ろを見るな! あの渦の反対へ、とにかく走れ! 」
そこには、あの恐ろしげなマスクをつけた男が、兵を叱咤しつつ駆けていく姿があった。
「ルティオスさま、みーっけ」
Rー4はそう言うと、タイミングを計り出す。
グイングインと、ブラックホールはすべてを吸い込んでいく。走っていたルティオス軍も、どんどん飛ばされていく。
そして、息が切れ切れになったルティオスが後ろを振り返った途端、彼もまた、ブオンという音とともに、空高く飛ばされたのだ。
その機を逃すことなく、部屋の中から、ウインと長いアームが伸びていった。
そして、ガシリと身体をつかみ、その手はルティオスをつかんだまま部屋の中へと消えていく。
「長居は無用」
ロボの声がして、部屋の出入り口はまた閉じて行った。
3年後。
「星月さま、よく頑張られました! 」
ここは王立病院の分娩室。
ルティオスと星月の間に、待望の第一子が誕生した。
絵本にあったとおり、玉のような女の子だ。
控え室で待っていたルティオスと、国王の璃空、王妃の柚月に連絡が行く。
「星月! 」
分娩室に飛んで入ったルティオスは、まだ汗にまみれた星月にキスを落として大喜びだ。
「ありがとう。ありがとう、星月」
「ううん、ね、女の子よ」
「ああ」
しばらくして病室へと移動した星月と赤ん坊に、Rー4が面会を希望する。
「Rー4! ようこそ。見て見て、女の子だったのよ。可愛いでしょう? 」
「うーム。ムムム」
「なによそのリアクション」
「まあ、可愛イと言うコトニ、しておいてヤル」
「もう! 」
思わず吹き出す星月に、Rー4は面会の趣旨を告げる。
「ああ、そうね。DNAを採取しなくちゃね。じゃあお願い」
Rー4が開発した(と、この未来では思われている)抗体を使った薬の制作のため、生まれた赤ん坊はDNAを提供することになっている。それは、国王だろうがその孫であろうが同じだった。
Rー4が呼び入れた医療ロボが、生まれたばかりの赤ん坊から、難なくDNAを採取した。
「終わったヨー。ご協力、アリガトウございマシタ」
そう言って、また星月を可笑しがらせたRー4は、すぐさま抗体薬研究所へそれを運び、移動部屋へと帰っていった。
Rー4が、DNAの1部を分析ロボに渡すと、ロボは持ってきていたあのウィルスを取り出し、実験を始める。
数分後、未来を滅亡に追いやったウィルスは、綺麗に消えてなくなっていた。
「成功したヨ、泰斗。Rー4たち、えらい? ほめて、ホメテー」
だがしがし、もうどこからも、Rー4を「えらーい! 」と褒めてくれる声は、聞こえてこなかったのだった。