第15話
ウィルスは、依然としてその猛威を衰えさせることはない。
そして悲しむべき事に、死者の報告が少しずつその数を増してきていた。
そんなとき、議会がようやく今後の方針を発表した。
「このままでは、クイーンシティは、過去に存在していた他の国々と同様の結末を迎えるかもしれません。そこで議会は、冷凍ポッドの開発と、その使用を検討することになりました」
過去に存在していた国々と同じ結末。
それは、絶滅と言うことだろう。
「我々では、どうすることも出来ないこのウィルスの特効薬が、将来開発される事を信じ、眠りについてそれを待つことと致しました。しかし、これは強制ではありません。希望される市民にのみ提供します」
「冷凍ポッド…」
時空移動用の部屋で、医療装置の取り付けをしながら発表を聞いていた泰斗がつぶやいた。
時間移動の試験飛行をしたあの日。
50年後は存在しません、などと、衝撃的なセリフで第1回の実験が失敗したあの日。
泰斗たちは、あきらめることなく、ならば40年後、30年後、と時間を縮めていき、とうとう5年後まで来て、それも存在しないと言われたとき、
「ちょっと待って、もしかして、すごく言いにくいんだけど…、装置がおかしいとか」
泰斗が言うと、トニーと時田もさすがに不安になったらしく、
「だったら、…3分後に設定してみよう」
と言うトニーの提案で、移動時間が3分後に設定された。
そして。
さすがに3分後が存在しないと言うことはなく。
「イドウヲカイシシマス」
と言う音声を残して、ミニ部屋は3D映像を消すときのように消えていった。
「成功、だな…」
「ああ、装置が故障している訳ではないようだ」
そして、きっかり3分後、犬小屋は姿を現したのだった。
「帰ってきたよ」
「装置が壊れているわけじゃなかった」
「と言うことは…」
5年を待たずに、クイーンシティは消え去ってしまうと言うことなのだろうか。
誰もが言葉なくその事実に衝撃を受けていたのだが。
「もしかして、クイーンシティの人が死に絶えると言うことか? 」
「いや、人がいなくなっても場所は残る。だったら移動できないって事はない。もしかしたら、あの、他国を飲み込んだって言うブラックホールが、今度こそ本当にすべて飲み込んでしまうのかもしれない」
つぶやくように言い出すトニーと時田のあとに、ハッと気づいた顔で泰斗が言い出した。
「でもさ。飛べないのは、僕たちのプロジェクトが成功しても起こりうるよね。過去を変えるって言うことは、そこにつながる未来も変わるって、サラさんが言ってたんだ。だから僕たちがプロジェクトを成功させた時点で、この未来がなくなるのかもしれない、違う未来で僕たちは生きてるのかもしれない。だから、だから僕たちは今のまま、このプロジェクトを続ければ良いんだよ」
そんな経緯があったのだが、さすがに5年以内にこの世界がなくなってしまうかもしれないとは、議会に話す気にはなれなかった。たぶん、言っても信じてもらえないだろうし、言ったところで、議会は冷凍ポッドを使うという方針は変えないだろう。
議会が提案した冷凍ポッドを使いたいという市民も、チラホラと出始める。
小さな子どもを持つ若い夫婦が多い。自分たちにもしもの事があったら、子どもだけでは生きていけないだろうから、という理由で。
反対に、ウィルスなんかに負けるものか! と息巻き、研究を続ける若者たちもいる。それを物心両面で支えようとする年かさのものもいる。考え方は人それぞれだ。
そんな中、頭を抱える若者がここに1人。
うーん、うーん、と、高熱もないのにうなりながら、けれど仕事ははかどっている。ある1つの案件を除いては。
「まだ考えてるのか? いい加減妥協しろ、まったく。お前さんのしつこさをエネルギーに変えて、なにかに役立てられないかな」
「人のRに勝手な事をしといて、よくそんなことが言えますね、ジュリー先輩」
Rー4は、今までのデータを駆使して、超がつくほど優秀なロボットだと、泰斗は自負している。ただ、感情面というやっかいなものを除いて。
丁央は、泰斗自身の性格を反映させればどうだというが、それだと自分がもう1人いるようで、何だか変な気分になりそうだし。
なにかないかな。
「あ、そうだ! 」
自分の知る人の個性を、少しずつ反映させてみたらどうだろう。
「まず、丁央は面倒見のいいとこ。で、遼太朗はクールなとこだね。で、あ、そうそう、ハリスの勇敢さと、…」
少し躊躇してから、ジュリーの顔をまじまじと眺めたあと、彼のフランクな所も入れてやる事にした。
「でもこれはほんの少しね」
可笑しそうに笑いながら、泰斗はRー4の感情を形成していく。
急にスイッチが入ったように、コンピューターのキーボードを打ち始める泰斗に声をかけることもなく、ジュリーはそっとその場を離れたのだった。
「では、起動させます! 」
他の仕事をこなしながら、何かを思いついてはRー4へ走り寄る泰斗の姿が、研究所の名物になりかけた頃。
Rー4は泰斗が納得いく形で完成の日を迎える。
「起動した途端に飛び跳ねだしたらどうしよう。またセクハラしないー? 」
「ジュリー先輩は黙ってて下さい」
プン、と唇をとがらせながらジュリーを黙らせて、研究所の皆が見守る中、泰斗はRー4の起動を開始した。
ウィーン
ロボット特有の起動音をさせながらタタタと体内で計算していた音がいったん消え、しばらくすると、目のあたりがチカチカとまたたきはじめた。
そして。
「Rー4だヨ。よろしクねー」
Rー4が、誕生した。
恐る恐る話しかけた泰斗に機嫌を損ねることもなく、成功を喜ぶ研究員たちの拍手にテンションが上がるわけでもなく、ましてやセクハラなどするわけもなく、Rー4はこれまでのどのRとも違っているようだ。
ホッとした泰斗は、その日からRー4を自分の仕事場所へ連れて行くようになった。
人の行動を見て、その心の動きを少しずつ学習するようなプログラムを組み込んでおいたのだ。だから、Rー4は接する人が多ければ多いほど、賢くなっていくはずだ。
「あら、泰斗くん。今日もメンテナンス? まあ、その子はどうしたの? 」
泰斗が医療ロボのメンテナンスのために、病院へRー4を連れて行くと、なじみの患者さんたちが物珍しそうに話しかけてくれる。
「Rー4だヨ」
すると、Rー4は自分で自己紹介をして、皆を和ませるのだった。
「まー可愛い。ねえ、泰斗ちゃんと同じで可愛い子ねー。なでなでしてあげる」
「アレー、はずかしイー」
Rー4はどこへ行っても人気者だ。
泰斗が思いも寄らないRー4の進化を知るのも、この頃だった。
いつものように医療ロボのメンテナンスをしていると、Rー4が言う。
「チョッと、ボクに交代して」
「え? Rー4に? 」
「ウン」
泰斗は言語ロボのRー4がどうしたのだろうと思ったが、言われるままに場所を譲る。
しばらく医療ロボとつながって何やらしていたRー4だったが、それを解くと泰斗に言った。
「右ノアームに、違和感アリ、なので、ヨクみてほしイって」
「え? Rー4この子と話せるの? 」
「ウン」
なんと、人同士の言語翻訳のために作成したRー4は、機械の言葉も翻訳してくれるのだった。
「すごい」
「Rー4えらい? ほめて、ほめテー」
「うん! Rー4、えらーい! 」
頭をなでて褒めると、不思議なことに嬉しそうな雰囲気が伝わってくるのだった。
Rー4が順調に学習して機能を高めていく中、時空移動部屋のほうも最終的な調整に入っていた。
空間移動も例の犬小屋で、幾度か実験は成功していた。
「ただ、いきなりこんなでかいもんが現れたんじゃあ、戦争中なら格好のまとだよな」
「まあな、戦争中じゃなくても、ビビッて破壊されるかもしれない」
そうなのだ、部屋まるごとの移動は良いが、現れ方に工夫がいるのだ。
そこで、映画のスクリーンのような出入り口を作り、本体は空間の中に置いておく方法をとろうとしているのだが。
これが思っているよりかなり難しい。
さすがに時空間移動の第一人者2人にかかっても、超難問だった。ただ、2人はあきらめず、しつこく実験を繰り返している。
「OK? …3・2・1」
フィン! と風がおこって犬小屋が消える。
そして、目の前の空間にいきなりスクリーンのようなものが現れて、またすぐに消えてしまうと、今度は犬小屋そのものが現れた。
「うわ、また失敗だ」
「うううーむ。なにがいけないんだ? 」
「よし、もう一度」
「おう」
何度も何度も実験を繰り返し、計算をやり直し…。
さすがに疲れ果てたトニーが、はあー、と息をついてその場に寝転んでしまう。時田も同じように座り込み、ふらふらしながら後ろに倒れこむ。
「ああー、何か変だぞー」
「どうしたんだ」
トニーが聞くと、時田は寝転んだまま空を見ながら言う。
「なんか、目が回ってるぞー。空間がグニャグニャゆがんでるぞー」
「ハハ、そうか。…。なんだって? 空間が」
「グニャグニャ、」
「ゆがむ? 」
すると、2人は同時にガバッと起き出して言う。
「「これだ! 」」
そして彼らは先を争うように、部屋へと走り込んだのだった。
フィン!
先ほどと同じような風を起こして犬小屋が消えた。
しばらくすると、目の前の空がグニャグニャと歪みだしたのだ。
そして。
そこにスクリーンのような出入り口が現れて。
「ワン! 」
部屋の中にいる犬型ロボットがこちらを見て吠えている。トニーが持っているタブレットには、犬型ロボに取り付けられたカメラが映す、自分たちの映像があった。
「うおー! 成功だぜ! 」
「ああ! 良かったー! 」
抱き合うトニーと時田。
その日、皆に声をかけてもう一度実験が行われ、そこでも空間移動は見事に成功した。
祝杯だ、と部屋に帰ったメンバーたち。
ガヤガヤと用意する中、時田はいつものように机に突っ伏したまま動かない。
「おい、もう起きろよ、時田。…時田? 」
彼は突っ伏した格好のまま、息を引き取っていた。
本当に幸せそうな顔をして。
その頃、ウィルスによる死者は、すでに人口の半数に及ぼうとしていた。
時田はプロジェクトチームの皆が見守る中、冷凍ポットの中へと運ばれた。
埋葬も追いつかないため、議会が用意した冷凍ポッドが棺桶の代わりになるのだ。
用意周到? だったのか、議会はクイーンシティの人口に余るほどのポッドを用意してあった。
そして、生きている間に冷凍ポッドに入って行く者もだんだん数が増えてきている。
プロジェクトも、もう一刻の猶予も許されないような状況だ。
そんなある朝の事。
最近では例の部屋にプロジェクトメンバーは寝泊まりしているのだが、そこへ青い顔をしたサラがやって来て、「遼太朗! 」と彼を呼ぶ。
何かを察した遼太朗は、急いでその後を追う。
他のメンバーもあわてて後についていき、そこで見たものは…。
ベッドに寝たまま美しく微笑み、息を引きとっているステラだった。
「…ステラ? 」
遼太朗はしばらく放心したようにその場に立ちすくんでいた。
運び込まれた冷凍ポッドに、ことさら丁寧に彼女を納めたあと。
遼太朗はポッドの窓越しに彼女を見つめていたと思うと、ボロボロと涙をこぼし嗚咽をし始めた。丁央も泰斗も、こんなに感情を露わにする遼太朗は初めてだった。
「り、りょうたろ…」
泰斗が声をかけようとするのを丁央が止め、遼太朗とサラを残して、あとのメンバーはそっとその場を離れるのだった。
しばらくしてサラが出てくる。
彼女は少し首を振って、遼太朗が出てきそうもないことを示すと、自分は部屋へと戻っていった。
気になった丁央と泰斗が、そっと中を覗く。
遼太朗はポッドの横に座り込んで泣いている。そして、彼らが入ってきたのを確認すると、途切れ途切れに言うのだった。
「…残されることが…、こんな…、つらいなんて…、…」
そしてまた手で顔を覆ってしまう。
泰斗は自分もポロポロ涙をこぼしながら、「遼太朗ー」と彼を呼ぶ。
しばらくすると、遼太朗は2人に言った。
「馬鹿なことは、しないから。…すまないが、今夜だけ、1人にしておいてくれ」
丁央はそれを聞くと、泣きじゃくっている泰斗を抱えて、部屋を出て行った。
遼太朗は翌日になると、感情を押し殺したかのようなクールさでプロジェクトをこなすようになったが。
あのあとすぐにサラが、そしてトニーが、ハリスが。
そして。
「最後の土産だ、これを使え! 」
と、何やら折りたたんだアームのようなものを泰斗に渡すと、「あー良い気分だ」と言いながらソファで永遠の眠りについたジュリー。
「ジュリーせんぱいぃぃ」
もう、流す涙もなくなるのではないかと言うほど、大事な人を見送って。
それでも丁央たちは、約束のプロジェクトを果たすため、今日もあの部屋へと入っていくのだった。