第14話
議会は焦りを見せ始めていた。
これまでのウィルスは、どんなに流行してもいつか終焉を見せ始める。
だが、今回のウィルスは衰えるどころか、どんどんその強さを増しているようなのだ。もしこのまま衰退しなければ、どうなってしまうのか。
「もし本当に打つ手がなければ、最悪の場合、クイーンシティのすべての者が死に至る可能性が、あります」
そんな事を言う学識者まで出てくる始末だ。
すべての者が死に絶える。
絶滅、と言うことか。
遠い昔に、ブラックホールの驚異から逃れたクイーンシティが、ここへ来てまた絶滅の危機にさらされている。
議会は何か手段を講じているようだが、その発表はまだされていない。
そんな中でも、泰斗たちは仕事の合間をぬって、プロジェクトを進めている。
「けっこう大きな機械なんだな」
「俺は忙しい合間にこの装置を作ってるんだ。文句を言うなら、いち抜けた、するぞ」
丁央が時間移動の装置を触りながら言うと、時空間移動の第一人者、トニーが言う。
「悪かったよ、ほい、差し入れ」
隠し持っていた高級そうなチョコレートを渡すと、彼は満面の笑みを見せる。
「おお、俺の好物じゃないか。ハハ、冗談だよ。ていうか、実を言うと、ここでの研究、楽しくってしょうがないんだぜ」
「そうなのか? 」
「ああ」
そんな話をしていると、机に突っ伏して寝ていると思っていた、こちらも時空間移動の第一人者である時田が、ガバッと起き出して言った。
「俺も! 仕事で行き詰まった時にこっちへ来て自由な発想に身を任せていると、なんていうか、本当に頭の切り替えになるんだ! ありがとう、丁央たちのおかげだ! 」
と、トニーの手からチョコをひったくって、バリバリと包みを破り出す。
「おい! それは俺がもらったヤツだ! 」
「いいじゃないか、ひとつくらい」
丁央は笑いながら2人を眺めていたが、ふと、この大きな装置をどうやって過去に運ぶかを考え出す。これだけではない、ここに空間移動の装置も加わるのだ。ロボットたちも。
かなり大きな移動車がいるのか。
その時、以前にどこかで言った言葉が頭に浮かんだ。
「部屋ごと運べばいいんだ…」
「「え? 」」
つかみ合いのケンカに発展しそうだったトニーと時田が、丁央の方を見る。
「そうだ、この部屋ごと時空間移動させる。なあ、お前ら、出来るよな! 」
「え、部屋ごと? 」
顔を見合わせてポカンとしていた2人は、今度は同じように吹き出す。
「ハッハハ! 丁央、えらいことを言ってくれるな」
「まったくだせ。いくら何でも」
「無理か? 」
すると2人は、躊躇なく言ってのける。
「「出来るに決まってるだろう。俺をだれだと思ってるんだ! 」」
「なんだそのセリフ。まるで王様か王子様だな」
そのあと、今度は3人揃って大笑いを始めたのだった。
部屋まるごとの時空間移動という大胆な発想をした丁央だったが、トニーと時田は、建物の強度に不安があると言った。
「この壁は言うまでもなく普通の壁の家だよな」
「当たり前だろ」
「だったら、何度も時空間の移動を繰り返すためには、もっと強くてしなやかな素材で、全体を覆わなければならないな」
「強くてしなやか? 」
「そうだ。強いだけでもダメだ。ひずみやゆがみに耐える、しなやかさも必要だ」
強くてしなやかな素材。丁央はひとつだけそんな素材に心当たりがあった。
それは、何百年もの間、天に突き刺さるほどの高さで立っている。
そう、あの高い壁だった。
だが、議会がそう簡単に壁の1部を壊させてくれるわけがない。
「大義名分を考えなくちゃ、ならないか」
と、つぶやいたとき、もう一つ素材があることを思い出す。
「そうだ! 扉があるじゃないか。あれならもう使うこともないし」
そこへ、資料を抱えた遼太朗が入って来て聞く。
「扉? なんの話だ? 」
「トニー様と時田様が、この部屋のリフォームを検討されておりまして」
「なんだそれは」
「俺、ちょっと議会に掛け合ってくる! 」
言うが早いが、丁央はジャケットをつかんで飛び出して行った。
「相変わらずだな。…ところでおふたりさん、ルティオスが、最後に攻め込んでいたと思われる時間と場所の特定が出来たぜ。まだあと少しの調整は必要だが」
「「本当か?! 」」
ドサッと机に置いた資料から1つを取り出すと、遼太朗はトニーと時田の2人に説明を始めるのだった。
議会は今、ウィルスの件で右往左往している。
それが幸いしてか、丁央が、高い壁の扉のうち1枚で良いからもらい受けたいと申し入れると、拍子抜けするほどあっさりと許可がおりた。
ややこしい手続きがいるのかと思っていたが、それも、ただ紙切れ一枚にサインすれば良いだけの話だった。
「こんな非常事態に、高い壁の扉なんか持って行って何しようってんだ? 」
カウンターで書類を受理してくれた議会の事務官は、面白そうに聞く。
「いやあ、家が殺風景なんで飾ろうと思ってね」
「ハハハ、あんたの家はどんだけでっかいんだ。どこに住んでるんだ? 」
「王宮さ」
ポカンとする事務官から書類をひったくると、丁央は大急ぎで勤め先の建築事務所へと取って返したのだった。
事務所の所長は、丁央たち若者が、森の奥の一軒家に集まって何やら画策しているのをよく知っていた。丁央は、事務所での仕事もきちんとこなすし、結果も出すため、あとのことは自由にしてきたが、今回ばかりはかなり驚いた。
「無理を言ってるのは承知の上です! けど、事務所の力を借りないと、あの大きな扉を外して、その上加工するなんて事は出来ないから。お願いします! 」
最敬礼して言う丁央を長いこと黙って見つめていた所長は、
「仕方ないな、無茶や無謀は若者の特権だな」
と、半分あきれたように了解してくれた。
「ありがとうございます! 」
パアッと明るい笑顔になって、お礼を言う丁央。
「ただし」
ニヤリと笑った所長が言った。
「余った扉は、事務所でもらい受けるぜ。あんなすごい素材、今後はもう絶対手に入らないだろうからな」
同じ頃、泰斗は王立病院にいる医療ロボのメンテナンスを終えたところだった。
その表情は、少し沈んでいる。
あのウィルスの症状で病院を訪れる人が、どんどん増えていると聞いたからだ。
「あら? ステラの可愛いお友達くん。確か泰斗くんね」
そこへ聞いたことのある声がした。
「サラさん! お久しぶりです」
なんとそれは、ステラの母親のサラだった。
「どうしたの? もしかして貴方もウィルス? 」
「いえ、僕はロボのメンテナンスに、って、貴方もって、もしかしてサラさん…」
「正解。かかっちゃったみたいね」
軽く言うサラに、泰斗はよりいっそう沈んだ表情になる。
「そんな顔しないの。それより、どう? プロジェクトは進んでるの? 」
「あ、はい。時間移動の機械はだいたい出来上がって、次は空間移動の機械です。僕も医療ロボはそろそろ運び込むつもりなんですけど」
考え込む泰斗に、サラはこともなげに言う。
「Rがまだ完成しないのね? 」
「はい! 何でわかるんですか? 」
するとサラはすっと目を細めて彼を見つめる。
「Rー4、ね。このロボットは優秀だわ。大丈夫だから頑張りなさい」
「はい! 」
なぜかサラにそう言われると、安心できる泰斗だった。
そのあと、店へ行くというサラと連れ立って病院の外へ出る。
完全自動運転タクシーの乗り場はけっこう混んでいた。サラは旧市街へ、泰斗は研究所へ行くので、ここからは反対方向だ。
乗り場に並びながら、泰斗はサラに聞いてみたかった疑問を言う。
「あの、サラさん」
「なに? 」
「もし、このプロジェクトが成功したら、って、僕は絶対に成功させてみせるつもりですけど」
「まあ、頼もしいわね」
気負っていう泰斗に、思わず吹き出すサラ。
「えっと、すみません。で、これが成功したらウィルスはなくなるんでしょうか」
「なくなるわ」
少しの迷いもなく断言するサラに驚きながらも、再度確認する。
「本当に? 」
「母…、ステラにとってはおばあさまね。彼女があんなにしつこいのは珍しいから」
「そうなんですね、それなら良かった」
「ええ。だけどね、過去を変えたら、そこにつながる未来も変わる。だから、ウィルスがなくなった世界が、今のこの世界とは限らない」
泰斗はわかっているというように頷く。
いったん言葉を切って、ここにないものを見るようにぼんやりしていたサラが、少ししてまた話を続ける。
「けど、何もせずに手をこまねいていては、結局私たちは滅びてしまう。世界が本当になくなってしまうのよ。それでもいいという者はただ待てば良い。でもあなたたちは違うのでしょう? 」
「はい」
「だったら、信じて続けなさい」
「はい! 」
嬉しそうに言う泰斗に、サラは珍しく優しい微笑みを返して意味深な事を言った。
「まあ、そこでの登場人物が多少変わるのは、仕方がないこと」
話をしているうちに、泰斗たちの順番が回ってきたようだ。
自動運転タクシーは、1人用と2人用があるが、ここは1人用の乗り場だ。泰斗は「レディファーストです」と言って、サラに先を譲る。
「ありがとう」
お礼を言って乗り込んだサラが、「旧市街、占いストリート13番」と、行き先を言うと、車は自動でドアを閉め、フウッと浮かび上がって、乗り場を離れていった。
次にやって来たのに乗り込んだ泰斗は、「ノース地区5×3、ロボット研究所」と行き先を告げたあと、シートに沈み込んで、つかの間の睡眠をとるために目を閉じた。
幾日かして、丁央は念願の扉を手に入れていた。旧市街と王宮をつないでいる方の扉はさすがに気が引けたので、保護区に近いあたりのものだ。
そしてそれは、すぐさま事務所と提携している資材を扱う工場に運び込まれて、加工される事になっている。
丁央が、ロボット研究所から借り受けた運搬ロボとともに工場へ入っていくと、そこにはたくさんの人がいた。
「どうしたんですか? 」
驚く丁央に、所長が苦笑いで答える。
「どこで聞いたのか知らないが、あの高い壁の扉を加工するって言うんで、皆、わざわざやって来たんだとよ」
いるのは建築家や設計家はもとより、移動車メーカー、家電、日用品、服飾などのメーカー、資材メーカー。素材研究をしている会社。はては彫刻家まで、ありとあらゆるところからだ。加工がうまくいけば、少しでも素材を譲り受けたいと、所長には依頼が入っているそうだ。
「たかが扉に…」
「されど扉だよ。それに、どんな魔法を使ったのか知らないが、こんな許可がおりたのは奇跡的なんだからな。覚えておけ」
「そう、だったんですね」
そうなのだ。
議会が許可を出したのは、後にも先にもあのとき一度きり。ただの手違いだったのかもしれないし、それが必要と何かが動いたのかもしれない。
そうこうするうち、工場サイドから声が掛かる。
「では、加工を始めていきますねー」
見物人? たちは、安全のため工場の壁にある通路から様子を見ることになっている。
その声に、皆、子どものように目を輝かせて、ワクワクしながら手すりをつかんだ。
扉の加工は、思ったよりスムーズだった。強度が驚くほどあるのだが、それに伴うしなやかさがハンパではなく、曲げる、引き延ばす、等の加工がまるでこちらの思いに答えるように簡単なのだ。
成分を分析してみると、1つだけ分析不能のものが見つかる。それは動物の皮膚? か、角? に非常に構成がよく似ていると言うことだ。その成分が扉の加工をスムーズにしているのかもしれなかった。
「窓がついてちゃ、さすがにまずいぜ! 」
リフォームを終えた時空移動用の部屋に、時田の声がこだまする。
「時空間移動ってのはかなりのエネルギーを受けるんだぜ。窓があっちゃ、そこから侵入して部屋を吹き飛ばしちまう。何考えてるんだ、丁央は! 」
「窓のない家なんて、建築家の美意識が許さない」
「美意識とか、関係ないだろ、この場合! 」
言い合っているところへ、ちょうど泰斗が入ってきた。
「どうしたの? 2人とも」
「ああ! 聞いてくれよ! 丁央のやつ、窓なんかつけやがった! 時空移動の部屋に窓なんかあったら、どういうことになるかわかるだろ、お前なら! 」
「え? ああ、それなら大丈夫」
と、泰斗がロボットを呼んで指示を出す。
すると、チカチカと目のあたりを光らせたロボが壁の方を向いて…。
ウィーン、ジジジ…、カシャ
と、窓枠のあたりから出てきた壁で、窓自体が何重にも覆われていく。最後には壁と一体化して、どこに窓があったのかさえわからなくなってしまう。
「…」
アングリと口を開けてそれを見ていた時田の肩に手を置いて、丁央が楽しげに言う。
「俺たちには、天才ロボット工学者の、新行内博士がついてるんだぜ」
すると、そんな言葉ははなから聞いていなかった時田が、泰斗に飛びついて言う。
「うおおー、すごいぞ! 泰斗! 」
「うぐぐ…、苦しいです、時田さん」
肩をすくめてその様子を見ていた丁央が、時田に声をかける。
「そろそろ実験始めましょうや。外でトニーが待ってるぜ」
すると、切り替えの早い時田はすぐさま泰斗から手を離して、「そうだった」と、外へ出て行く。急に拘束が解けた泰斗は、咳き込みながら、彼らのあとを追う。
「ごほごほ、ひどいですよ、時田さん。あ、ちょっと待ってー」
時空間移動担当の2人から、試験飛行がしたい、と申し出を受けた丁央は、扉の素材を余分にもらい受けて、庭にもう一つミニチュアの部屋を作ったのだ。
四角い箱形のそれは、まるで犬小屋のようだ。
そして、中に入っているのは泰斗の作ったロボットだ。
なんと、ロボはご丁寧にも犬の形をしている。
「じゃあよろしくね」
泰斗はロボをなでると、扉を閉じた。
中の様子は、ロボに搭載された映像装置でわかるようになっている。
今回の実験は、とりあえず時間の移動のみ。空間まで加えた装置の制作には時間がかかるからだ。
「それじゃ行くけど、50年後って何だかシュールだな、時田」
トニーが言う。
「俺は自分がどんなじいさんになっているか見てみたいだけだ! 」
そんなことを言う時田に、トニーは訳がわからないと言うような表情をして、外に取り付けられた装置を、とりあえず50年後にあわせる。
「これでよし、と。さあ皆下がって! これより第1回の実験を始めます」
ヴィーーーン…
スタートした装置は、羽音のような心地よい響きをしながら始動し始める。
「ジカンイドウソウチ、スタートシマシタ。モクヒョウハ…50ネンゴ」
確認するように音声が言うと、目に見えなかった振動が徐々に大きくなり、箱がぶれたようになっていく。皆が固唾をのんでそれを見つめ始めたとき、
ヴイーーーーン…
なんと、装置がまた同じような音とともに、止まってしまったのだ。
「なに? 」
泰斗が声に出して言うと、それに答えるように、音声が驚くような事を言ったのだった。
「イドウデキマセン。…ザンネンナガラ、50ネンゴハ、ソンザイシマセン」