第13話
ああ、ここは夢の中だ。
夢を見ていることを自分で認識できる。
ステラは、フワフワと浮いたような感覚の中で、恐ろしげなマスクをつけた人物の隣で微笑む祖母の姿を見る。
ここ何日か、覚えているだけでも幾度も同じ夢を見ていた。
あの、大きな波形が空を駆けぬけた日からだ。
母も同じ夢を何度も見るのだそうだ。
「おはよう」
「あら、おはよう。その顔…、またあの夢を見たのね。まあ私もだけど」
母親のサラが笑いながら言っている。
「お母さんも見たの? もう、おばあさまもいい加減にしてほしいわよね。こう何度も同じ夢ばかり見せられたんじゃあ、嫌になるのも当たり前よね」
「そうね。…議会に夢のことを言ってみても良いけど、どうせ占い師のたわごとと取り合ってくれなさそうだし」
同じ夢とは。
隣に無言で立っている、大柄で、恐ろしげなマスクをつけた人物を示して、
「彼がルティオスよ。ね、あなたたち、レディ星月と彼を会わせてほしいの。どうしても」
と、祖母が頼むのだ。
そして、愁いを含んだ口調で言う。
「でないと、この世界が」
「会わせてほしいって言っても、ルティオスとレディ星月の時代は100年も離れてるのに。議会が聞いたらあきれるに決まってるわ」
ステラが言うと、母は少し考えるような様子を見せていたが、フッと思いついたように言う。
「あの可愛い子たちなら、話を聞いてなんとかしてくれるかもしれないわね」
「可愛い子? 」
「ほら、この間、新月祭りの時に占いに来てくれた3人。貴女の可愛いお友達よ」
「可愛いって、彼らいちおう男なんですけど」
ステラは思わず吹き出して言うが、サラはかなり本気のようだ。
「聞いてみても良いけど、彼らもあれから忙しくしていて」
「あら、それにしては、図書館での逢瀬の時間はあるのね」
「! お母さん! なんで知ってるの」
頬を染めながら慌てて言うステラを優しい目で見たあと、「御飯の用意できてるわよ」と、ダイニングテーブルを指し示すサラだった。
そうなのだ。あの爆発のあった日、丁央と泰斗は現地に向かうため、すぐにサラの店をあとにした。
1人残った遼太朗は、家まで2人を送り届けるため、祭りが終わるまで店にいたのだ。とは言え、あれからすぐに議会の取り決めで祭りは中止になったのだが。
「ありがとうございました。貴方も決して安全とは限らないのに」
家の玄関先まで送ってもらうと、お礼を言うステラ。
「いえ。きちんと送り届けないと、あの2人に怒られますので」
「ありがとう。何かわかったら教えてね。力になれそうな事があるかもしれないから」
サラも微笑んでお礼を言っている。
「はい。それでは俺はこれで。お休みなさい」
そう言ってきびすを返す遼太朗を、ステラはなぜか引き留めてしまった。
「あの! 」
「? 」
とは言っても、特に理由があるわけではなかった。焦ったステラは思わず聞く。
「図書館での仕事は続けますよね? 」
「ええ、それが俺の仕事ですから」
「じゃあ、またお伺いして良いですか? 」
遼太朗は、なぜそんなことを聞くのかと言うような、いぶかしげな顔をする。
「あ、えっと、あとのおふたりが現場へ行ってしまわれたので。もしかして貴方も行くのかと」
すると、彼は納得したように言う。
「ああ。彼らは警備の仕事をしている関係で、真っ先に現場に行かなければならないんですよ。俺は、とりあえず今は行く理由がないので。でも、たとえば持ち出せないような古い資料があれはお呼びがかかるかも、です」
「そうなのね」
「ですから、しばらくは図書館にいますので、いつでも来て下さい。お待ちしてますよ」
微笑んで言う遼太朗に、こちらは満面の笑みを返して頷くステラだった。
「はい! 必ず」
そのあと、ステラはちょくちょく図書館に顔を出している。
母はなぜか知っているようだ。実は今日も行こうかと思っていたのだが、なんとなく知られていると思うと躊躇してしまう。
「あ、でも、今朝、頼まれたことがあったものね」
サラが朝食の席で言ったことを思い出して、それを理由に自分を納得させ、ステラは今日も図書館へと出かけて行った。
「夢、ですか」
頼まれて話をしたものの、こんな実現できそうもないこと、しかも夢での話をどうしろというのだ。ステラは驚く遼太朗を見て、やはりやめておけば良かったと後悔する。
しかし、当の本人は、今の話を反芻するように頷きながら何かを考えているようだ。
「あの、こんな突拍子もない話をされて、はいそうですかって言えないわよね。やっぱり今のは、聞かなかったことに…」
「俺は、技術的なことはさっぱりだけど、泰斗や周りのヤツらに相談すれば、いいアイデアがあるかもしれない」
ステラがあれこれ言うのを遮るように、遼太朗が唐突に話し出す。
「いつものこの時間なら、泰斗は研究所にいるはず。よし、行ってみますか」
「え? 行くってどこへ? 」
「ロボット研究所です。ちょっと移動車が借りられるかどうか聞いてくるから、貴女はここで待ってて」
あれよあれよという間に、なぜかステラはロボット研究所に連れて行かれる羽目になってしまったのだった。
「夢? 」
ここでも泰斗が驚いたように言う。
ステラはいたたまれないような気持ちで、また後悔したが、あとの祭り。
けれど、泰斗はうーんと考えたあと、ステラに念を押すように聞いた。
「何度も同じ夢を見るんですよね? しかも、お母さんも同じ夢を」
「ええ、そうなの」
すると、泰斗は今度は、うーーーん、と頭を抱えるような仕草をする。そして、しばらくすると、パッと顔を上げて言う。
「じゃあさ、時間と空間の研究してるヤツに話をしてみるよ」
「そうだな。よくわからないが、時空間移動は既に確立されたとか言ってたよな、お前」
「うん、理論上はね。でもあいつらなら実現しちゃうよきっと」
「何の話? 」
ステラは驚いて2人に聞く。というより、たかが自分の夢の話を、こんなに真剣に考えてくれるとは、まさに夢にも思っていなかったからだ。
「あのね。前に占いをしてもらった時に言ったと思うんだけど、僕ってね、けっこう迷信深かったりするんですよね」
「え? 」
「だから、ステラさんだけならともかく、お母さんと2人で同じ夢を何度も見ると聞くと、ルティオスとレディ星月を引き合わせるのは、僕たちの使命じゃないかって気がする。しかも、こんな言い方は変だけど、おふたりは異界の魔物の血を引いてるし」
「事実ですもの」
「だから、信じてもいいかなって。しかも親子3代だよね」
「親子3代? 」
「ステラさんのおばあさんも、絵本にその2人のこと、書いてるじゃない」
そう言いながらニッコリ笑った泰斗は、そのあと、ポンと手を打って楽しそうに言う。
「どうせならプロジェクトにしちゃおうよ。題して、時空を超えた恋を成就させるプロジェクト。ただし、議会には内緒にしなきゃね。このくそ忙しいときに愛だの恋だの、何やってんだーって怒られそうだから」
「だったら、俺の仕事は、ルティオスがいた年代を正確に調べることだな。少しでもずれると、彼を見つけられないからな」
なぜか遼太朗も乗り気になっている。
「うん、お願いね。だったらやっぱり僕は、早いとこRを完成させなきゃ。300年も前の言葉を理解して翻訳させる能力って、かなり大変だもん」
勝手にどんどん進んでいく話に、ステラは焦って2人の間に割って入る。
「ちょっと待って。それでなくても2人ともお忙しいのに。なんで、こんな」
「なんでと言われても」
「そこは、考古学者のロマン、かな」
「科学者の意地、もね」
などと、今は笑って話す彼らだったが、このプロジェクトにどれほど大きな意味があるかを彼らが知るまで、もうあと少し。
変化が起こりはじめたのは、あの波形の出現から2週間ほどが過ぎた頃だった。
いちど完治したと思われた隊員のウィルスが、再発したとの報告があった。
しかも、今度は抗体薬の効きが非常に悪いと言うことだ。
念のため、以前ウィルスにかかった隊員たちは、隔離された病棟に入り検査を受けることになっている。
そんなとき、あちこちで同じような症状が発症し始めた。原因のわからない大流行の兆しに、あちこちの病院が右往左往している中、意外な事実が浮かび上がってきた。
現場の建物は滅茶苦茶に破壊され、中で何が行われたのかは見当もつけられなかった。
かろうじて発掘された異国の資料は王立図書館に運び込まれ、隠し部屋にあった歴史資料と照らし合わせながら、遼太朗たちが昼夜を問わず解読している。
そこに、なんということか、動物だけをピンポイントで死に至らせるという、信じられないような武器の記述があった。
開発していたのが、まさにこの間、爆発魔がいた隣国だ。あのとき彼らが引き起こした爆発が武器に影響を及ぼしたのだろうか。あの波形に何かあるのだろうか。
議会は大至急、その武器の構造や方法を調べるよう指示を出す。
「言われなくても、大急ぎで調べるさ」
「まったく。なんていうものを作ってくれてたんだよ」
研究所の建ち並ぶ区域の中で、一番広い建物を有する宇宙天文研究所に各分野の研究者たちが集結し、休むことなく調査を続けている。
調べていくうちに、くだんの武器はある毒性の強いウィルスを使っていると判明した。ただしそれは動物にのみ有効である。そして、かなり即効性があったことも。
「1度だけ、クイーンシティ保護区のあたりで、小規模ながらそれが使われた形跡があって、その時、あのあたりの動物がほとんど死に絶えたと記述にはあります。その時点で絶滅してしまった生き物も多々いたようです」
「隣国の砂漠にあったものは、確かにそのときの武器を拡大化したもののようですが」
「ウィルスが少し違っています。長い年月の間に、変異を起こしたのかもしれません。強い毒性と即効性は消えています」
次々と事実が明らかになっていく。
ただ、強い毒性が消えたとはいえ、ウィルスに違いはない。議会は引き続き抗体薬の開発に尽力するようにと指示していた。
2代目国王の遺伝子は、やはり半分ほどでその効果が消えてしまう。試しに他の遺伝子を融合させてみたが、効果が消えてしまったり、かえって毒性を強めてしまったりする。
そんな中、最初の犠牲者が出た。初めにあの建物で、ウィルスに冒された隊員だった。
ただ救いは、痛みもなく、苦しみもせず、眠るように亡くなったということだろうか。
しかし、そのことは皆に衝撃を与えた。あの波形はクイーンシティの空を、すべて覆い尽くしたのだ。ということは、すべての者がウィルスにかかった可能性があるのだ。
このまま方法が見つからなければ、大変な事態になるかもしれない。
報告を受けた議会は、ますます抗体薬の製造を急がせている。
その事実から、馬鹿げているかもしれないが、残り半分の遺伝子はやはりルティオスのものではないかと言う意見が、泰斗たちの間で沸き上がっている。
そこで丁央は1度、議会にサラたちの夢の話をしたが、「何を絵空事」「疲れているんじゃないか」と、取り合ってもらえなかった。この様子では、誰が提案しても議会に通すのはムリだろう。
「まあ、常識的には仕方がないか。でも、どんなに可能性が低くても、仮にそれがゼロであったとしても、試してみたい気がするんだ」
「うん、僕も。まるで何かに引っ張られてるみたい」
「空想だと思われていた人物が実在している時点で、可能性はゼロじゃない」
そこで丁央たちは、〔疲れた頭を切り替えよう!〕と言う名目で、表面上は遊び半分のプロジェクトだと偽って、科学者や化学者に声をかけ、人材集めを始めた。
「ただ、場所が問題だよね。研究所じゃ邪魔になっちゃうし」
「王宮の中で、どっか貸してくれないかな。タダで」
「虫が良すぎるぞ」
そうなのだ。
時空移動をするような装置を作るためには、それなりに広い空間もいる。もしルティオスがいたとして、どうやって彼を説得するか。それには翻訳ロボもいるだろう。戦闘でひどいケガをしている可能性もあるため、医療装置や医療ロボも積んでおいた方が良いだろう。それらをとりあえず置いておく場所も必要だ。
そんなある日。
「あのね、遼太朗。プロジェクトのための場所がいるって言ってたでしょ。母が、それなら店を使えば良いって言うの」
ステラがそんな提案をしてくれた。彼女には遼太朗がそのつど報告をしていたので、研究場所さがしをしているのも知っているのだ。
「え? でも」
「元はと言えば、母と私が変なことを頼んでしまったからよ。少しでいいから協力させて」
ステラの話を聞いた丁央と泰斗は、大喜びだった。
だが、前に訪れた時、店はそんなに広くなさそうに見えたので、1度下見をさせてもらうことにした。
当日、旧市街で待ち合わせするものだと思っていた遼太朗たちは、自宅の方へ来るように言われ、不思議に思いながらもステラの家へ行く。
「いらっしゃい。お待ちしてました」
遼太朗にとっては2度目の訪問だ。
「お邪魔しま~す。すごくいい雰囲気だね」
「ああ、心が洗われるようだ」
他の2人にとっては初めての、森の中にあるそのたたずまいを、2人ともとても気に入ったようだ。
家の中へ案内してくれるとばかり思っていたのに、なぜかそのまま外へ出てきて、「こっちよ」と家の裏へ行くステラに、皆、顔を見合わせる。
ぐるりと家の横を通って裏庭へたどり着いた3人は、言葉をなくす。
「うわあ」
「これは」
「ステラ、この建物は? 」
そこには、離れとでも言うのか、本宅の3分の1ほどの広さの平屋が建っていたのだ。
「どうぞここを使って。うちのお店よ」
話を聞くと、旧市街の店は2号店? なのだそうだ。最初はここで占いを始めたのだが、少し街から離れているため、来てもらうのも大変だろうと、あの旧市街の店をオープンした。そのあとここは、いわば開店休業状態なのだそうだ。
「ホントにいいの? こんな立派な」
泰斗が心配そうに聞く。
「ええ、だって使ってあげないと、家も可哀想よ」
「え? 」
「って、うちのお母さんが言ってたわ」
いたずらっぽい顔で微笑むと、ステラは鍵を開けて3人を中へと案内する。
中は明るい日差しが差し込み、簡易キッチンの他、トイレやシャワールームまできちんと整備されていた。
「ここに住めそうだな」
遼太朗がキッチンに手を滑らせながら言う。
すると、そばにやって来たステラが微笑んで言った。
「このキッチンも使えるようにしておいたわ。じゃあ皆さん座って、お茶を飲みながら今後の事を話し合いましょ」
「はーい! 」
元気よく手を上げて言う泰斗に苦笑しつつ、遼太朗がステラに言う。
「手伝うよ」
するとステラは嬉しそうにパッと顔を輝かせて、
「じゃあこれを並べてくれる? 」
と、棚から出したカップを次々手渡す。
「ほほう、もう新婚してるぞ、あの2人」
「うーん、いいねえ」
それを見て、あとの2人はコッソリそんなことを言い合うのだった。