第11話
今日は新月のお祭りだ。
新月に毎回祭りがあるわけではなく、ペンタグラム星座が見えなくなるその前後におこる新月の時、すなわち年に2回の祭りなのだ。
今回は特に、新月とペンタグラムの隠れが重なる珍しい日なので、いつもより皆ハイテンションだ。
旧市街のメインストリートには、色とりどりの出店が並び、通路のあちこちでパフォーマンスが繰り広げられている。
皆、歌ったり踊ったり、飲んだり食べたり、目一杯祭りを楽しんでいる。
隠し部屋からの引っ越しにようやく目途がついた丁央たちも、今日は旧市街に繰り出していた。
「今日はいつもより賑やかだね~」
「当然だろう。ペンタグラムの隠れと新月が重なることなんて、滅多にないからな」
「だね。さて、それより何食べようかな~。どれも美味しそう~」
「そうだぜ! 俺は端から全部食べ尽くしてやるつもりで来たんだからな」
目を輝かせて食べ物の出店を物色しだす泰斗と丁央に、遼太朗が声をかける。
「まあ、楽しんでくれ。俺は少し行くところがあるから」
「「え? 」」
予想しない遼太朗の言葉に、丁央と泰斗は疑問符の二重奏を繰り出した。そんなことはおかまいなしに、軽く手を上げてどこかへ行ってしまう遼太朗。
それをぼんやり眺めていた2人だったが、ハッと我に返った丁央が言う。
「おい、泰斗、行くぞ」
「え? 行くってどこへ? 」
「決まってるだろ、遼太朗の尾行だ」
「尾行? ええ、丁央! ちょっと待ってー」
ずんずん歩き出す丁央を、慌てて追いかける泰斗だった。
そのあたりは、若い女性に人気のあるエリアらしかった。
祭りらしく、皆おしゃれをしているので、あたりは花が咲いたようなあでやかさだ。
「遼太朗のヤツ、俺たちが食い気に走っている間にこんな所に来て、可愛い子とラブラブになるつもりだったんだな、許せん!」
「もう、違うよ丁央。このあたりってさ、占いをする店が密集してるんだよ。女の人は、占いが大好きだもん」
「占い? お前そんなことよく知ってるな」
「見ればわかるよ。あ、遼太朗だ」
泰斗が指さす先には、今まさに1つの店に入って行く遼太朗の姿があった。
「おし! 」
丁央は何だかやけに張り切ってその店へと向かう。
入り口に立つと、そこはほのかに良い匂いがして、ふうわり、と言う表現がぴったりな、優しげな雰囲気の店だった。
2人は、そお~っと顔を覗かせる。
「バレバレだぜ、おふたりさん」
「「わあっ」」
とたんに横から遼太朗が顔を出す。彼らは予想もしなかった展開に飛び上がって驚いた。
「ひどいよ遼太朗、わかってたんなら言ってよ」
「びっくりしたじゃないか! 」
「悪い。尾行してるお前たちがあんまり真剣なんで、な」
ニヤニヤしている彼の後ろから声がした。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、それはステラだった。
いつもは自然素材のシンプルでゆったりとした服装なのだが、今日の彼女は、美しい飾りがたくさんついた、少し身体の線を出すようなドレスをまとっている。
丁央も泰斗もいつもとはまた違う彼女の美しさに目を見張ったが、隣でポカンとしている遼太朗に気づいた泰斗が、丁央を肘でつつく。
遼太朗が声もなく見つめ続けるので、ステラは少し照れたように、自分を見下ろしながら言う。
「ちょっと、派手すぎるわよね。でも、母がこの衣装を着ろってうるさくて」
すると、その言葉にハッと我に返った遼太朗が慌てて言う。
「いえ、派手だなんて。そんなことはない。とても素敵だと、見とれて…、」
と、そこまで言ったところで、横でニヤニヤしている2人に気づき、遼太朗は言葉を濁す。
ステラは、今度は頬を染めながら言った。
「どうぞ、今日は私の占い初日なの。あまり自信がないから、遼太朗に最初の練習台になってもらおうと思って」
そこでいったん言葉を切り、いたずらっぽく笑ったステラは、丁央と泰斗にもお願いをする。
「ふふ、ちょうどいいから、おふたりも練習台になって下さる? 」
「ラジャ! 」
「了解したぜ」
敬礼する泰斗と、軽く手を上げる丁央を、嬉しそうに見るステラは、3人を奥へと案内していった。
どんな占いをしてくれるのかと、ワクワクした瞳でステラについて行った泰斗と、あとの2人が奥へ入ると、そこには綺麗にクロスが敷かれたテーブルと、人が向かい合わせに座れるような形で椅子が置いてある。
テーブルには、トランプよりも少し大きめのカードが置かれていた。
「わあ、綺麗なカードだね」
ステラの占いは、どうやらカードを使うものらしい。
「封を切る前ならいくら触っても良いわよ。どうぞ」
と手渡されたカードは、まだ新品らしく封がされている。それを恐る恐ると言う感じで泰斗が手に持って眺めていると、美しい仕切りで区切られた奥から人が現れた。
「ようこそ、3人様ね。貴女1人で大丈夫かしら? 」
「あ、お母さん」
その人はステラと同じような美しいドレスを着ているが、何というか、そこはかとない威厳をかもし出す人物だった。
「紹介しますね。母のサラです。えっとそれで、」
「貴方が遼太朗ね。あとのおふたりは、ごめんなさい、お名前を知らないの」
驚くことに、サラは遼太朗を言い当てて皆を驚かせている。
「こちらが丁央。そして、こちらが泰斗よ」
「初めまして、今日は厚かましく押しかけて、申し訳ありません」
頷いて3人を見るサラに、1度頭を下げたあと、手を差し出す遼太朗。彼と軽く握手をしたサラは、納得したように頷いたあと優しい微笑みを浮かべ、丁央たちの方へ向き直る。
「小美野 丁央です」
「よろしくね」
「新行内 泰斗です、よろしくお願いします」
「新行内? と言うと、貴方は王家の血を引かれているのね? 」
「あ、…はい」
ずばりとものを言うサラを見かねて、ステラが思わずたしなめる。
「お母さん、いくら何でもいきなり失礼よ」
すると、泰斗は照れたように笑いながら言う。
「あ、えーと、いいんです。そういう風に言われるの慣れてるし。でも、僕って王家って感じじゃないんで、いっつも驚かれるんですよね」
すると、ニコリともせずにサラは続ける。
「自分のことをそうやって勝手に決めつけてはダメよ。貴方、自分ではわかっていないだけで、どうやらただ者ではなさそうだから」
いきなりすごいことを言われた泰斗はポカンとしていたが、丁央は嬉しそうに手を叩いて言う。
「そうですよね! 俺もコイツは天才だって思います」
「天才かどうかは、…あら、どうやら天才っぽいわね。だから、自分を信じて、自分をおもいきり楽しみなさい。良い影響がきっとあるから」
泰斗は気を取り直すと、「はい」と嬉しそうに返事をした。
「それから貴方」
と、またぶしつけに今度は丁央を指さす。ステラはもうあきらめて、何も言い出さなかった。
「え、俺ですか? 」
「そう。貴方も良いものを持ってるわ。いざというときの発想がユニークね。大事にしなさい」
「は、はい…」
「と、これじゃあ私が全部言っちゃうじゃない。ステラ、早く占ってあげなさい」
まったく。と言う感じで肩をすくめてため息をついたステラが「はいはい」と、奥のイスに腰掛ける。
「それでは、どなたから占おうかしら」
「そりゃあやっぱり遼太朗…」
と丁央が言うそばから、またサラが指図する。
「貴方よ、泰斗」
「え? 僕? 」
「そう、さっさと座りなさい」
3人、いや、ステラも入れた4人は、もうその強引さに誰も口出しできないのだった。
真剣にステラの回答を待つ泰斗。
彼は、開発中のRに、自分の思うような感情がつけられないことに悩んでいた。苦しいときの神頼み、ならぬ占い頼み。はたしてそれは叶うのだろうか。
「…そんなに硬くならなくてもいいのよ。あら? まあ、」
「どどど、どうしたんですか! 」
「可愛い~」
「は? 」
「そうね、もうあとすこし。あとちょっとあきらめないで。すごく貴方らしい子が出来上がるって出ています」
「ホント? 」
「ええ、でも、決してあきらめないでね」
「ありがとう! 大丈夫だよ、科学者はだいたいしつこいから。もともとあきらめる気もなかったんだけど。でも、うわー、良かったー。ちゃんと完成するんだね」
喜ぶ泰斗に微笑みを返すステラ。そんな様子を面白そうに見ていた丁央が言った。
「お前、科学者って言う割には、占いを信じるんだな。…あ、ステラさんの前でこんな事を言うのは悪いんですが、なんか可笑しくて」
「うん、科学者だからね」
「どういうことだ? 」
「科学者だから、人知では計り知れないことがあるってわかるんだよ。たまにね、もう本当にどうしようもなくって、悲しくなっちゃったときに、ふっと何かが変わったような気がするときがあるんだ。でね、でね、そういうときっていったん頭の中が真っ白になって、必ずあとでうまくいくんだよね。それって、何かが力を貸してくれたとしか思えないんだ~。ホントに不思議としか言いようがないんだもん」
「へえ」
感心して話を聞いている丁央。
そのそばで、サラがステラに目配せをする。ステラはまた肩をすくめて、丁央に声をかける。
「次は貴方なんですって」
ステラに呼ばれると、丁央は、「あ、わかりました! 」と、少し慌てながら、泰斗と席を入れ替わったのだった。
丁央は、本来の仕事である建築の方での将来を聞いていたのだが、ステラは出てきた答えを伝えるのを迷っているようだ。
「どうしたんですか? 結果が悪くても、きちんと言ってもらった方が」
丁央が言うと、「いえ、そんなんじゃなくて」と、ほんとうに困ったように言う。
すると、うしろで控えめに様子を見ていたサラが、彼女の引いたカードを見つめて言った。
「とても不思議だけれど、貴方の選んだカードに間違いはない。そのまま教えてあげなさい」
すると、ステラは大きく頷いて丁央に向かい合った。
「あのね。ここではないどこかで、いつか貴方の才能が大いに発揮されるって出てる。時期も、なんて言うかはっきりしなくて、行った来たりするのだけれど」
「ここではないどこかって、丁央、どっかに行っちゃうの? 」
丁央の占いを本人より神妙に聞いていた泰斗が、首をひねりながら言う。
「どこへ行くんだよ。どこへ行っても砂漠ばかりだし、クイーンシティ以外に行くところ、ないじゃないか」
「そだね。あ、もしかして、あの自然保護区のもう一つ向こうに行くのかも」
「自然保護区の向こう側も、ずっと砂漠だ」
苦笑いしながらも、丁央はきちんとステラにお礼を言って、遼太朗に席を譲った。
そのあと、なぜかひどく緊張した遼太朗が、ゆっくりとイスに座る。
ステラも神妙な顔つきで彼に向かい合い…。
カードをまとめたところで、2人の様子を見ていたサラが、話しかけようとしたその時。
ドゴゴゴゴーン!
大地が大きくバウンドした。
「何だ! 」
「丁央、なに? 」
遼太朗はとっさにイスを蹴飛ばす勢いでテーブルの向こうに回り込み、ステラと横にいたサラを両手でかばう。
「あ、丁央! 」
呼びかける泰斗に、丁央は「お前たちはここにいろ! 」と叫んで外へ飛び出す。
人々は、かなり驚いているようだが、崩れた店もケガ人も出ていないようだ。
先ほど程度のバウンドでは、出店にもさほど影響がなさそうだった。だが、今のは一体何だったのだろう?
考えこむ丁央の耳に「なに、あれ」と空を指さす人が目に入る。
仰ぎ見ると。
まるで、空が海になったかのように、沖から波が押し寄せるように、白い波形がやって来て、広がりながら反対方向へと進んで行く。やがてそれはクイーンシティの空を覆い尽くして行った。