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1935年12月17日0945時 オマーン湾にて

 まるで古巣に引き戻された気分だな、と先任参謀である大井は、"海彦"の横に停泊している帝国海軍遣外艦隊の顔ぶれを見て、内心呟いた。

 先頭は旗艦を務める軽巡洋艦"球磨"。先の上海事変では沿岸の警備と陸戦隊の援護に就いていたはずだ。

 ……と、後続を見るべく目を移そうとしたところで、妙な違和感に二度見する。

 露天部の特徴的な艦橋に変化はない。だが、三本煙突の合間に見えるはずの……、あれだ。

 魚雷発射管がない。発射管のすべてが撤去され、機銃らしきものが置かれている。

 それに艦尾に置かれていたはずのデリックのそのすぐ側にも、何やら大きなレールのような代物が置かれていた。

 そして、極めつけは艦載機だ。本来ならば九〇式水上偵察機が置かれていた場所に、単葉の水上機が鎮座していた。


 一瞬、共和商事うちから買い取ったものかと考えたが、ガル翼でもなければ木製でもなさそうだ。航空機については専門でないため、この場に宮本がいないことが悔やまれる。海軍が独自に開発したものであろうか。


 一度こびりついた違和感は後を引くもので、後続を見てもやはり海軍時代の自らの記憶との違和を強く感じた。

 "球磨"の後ろには旧式の細い三本煙突が特徴的な装甲巡洋艦の"八雲"が続く。

 この艦は20.3cm砲と15.2cm副砲、そして8cm砲による高火力が売りのはずなのだが、8cm砲の取っている仰角がおかしい。どうにも一部が高射砲に置き換えられているように見受けられた。

 "球磨"、"八雲"の軍艦2隻を随伴する戦力もそうだ。

 随伴艦は第十三駆逐隊の"若竹"、"呉竹"、"早苗"、"早蕨"と第十六駆逐隊の"朝顔"、"芙蓉"、"刈萱かるかや"がこれを務めているようだが、やはり魚雷発射管は取り除かれており、機銃に置き換えられていた。


 こうもしつこい機銃の配備に魚雷の撤去……。ああ、と大井は理解する。

 これは海軍なりに今までの戦訓や総隊からもたらされた詳報を参考にした航空機対策なのだ。

 恐らくはソ連を仮想敵に据えた航空爆撃対策――。

 ここまで徹底しなくとも良かろうに……、と大井は内心呆れてしまう。魚雷とて全くの不要というわけではないのだ。

 そも艦隊戦において、大物食いを可能にする水雷戦力は決してないがしろにして良いものではない。第一、今までコツコツとキャリアを積んできた水雷屋の立場はどうなるのか。

 魚雷管の撤去は、水雷屋のポストが消失したことを意味する。例え、転属で済んだとしても、今までの経験が全く無駄になってしまうのは業腹だろう。

 恐らく、目の前に並ぶ改修一つ取ったとしても、軍内部では相当の紛糾があったに違いあるまい。

 "フレキシブルワイヤー"の理念に沿った大鉈振りも考え物だな、と大井は軍が揉める前に総隊へと引っ越せた身の上に強く感謝した。


 さて、人間模様を感じさせる軍艦二隻の小艦隊ではあるものの、目の前の"あれら"は紛うことなき総隊の"間に合わせ"とは違うまともな水上戦力である。

 一見して、壮観に思えた。

 それに比べて……、と自艦隊の顔ぶれを見て、大井は見なかった振りをする。

 こちらは8隻で構成された艦隊の内、直接戦闘能力を有する1000トン級以上の艦がたったの1隻。

 ある意味で壮観ではあろう。

 自分たちが貧乏所帯であるという事実を、改めて叩きつけられたかのように感じられた。


 そんな貧乏所帯の士官たちと、歴とした世界有数の海軍組織に所属している士官たちが"海彦"の甲板上で面と向かい合う。

 少しの乱れもなく整列した海軍士官たちの中央には、遣外艦隊の司令官が直立している。

 四角い顔つきに垂れ目がちのまなじり、相手の顔には覚えがあった。

 百武源吾ひゃくたけげんご海軍中将。

 有能であるが偏屈と評判の人間だ。


「第二遣外艦隊、本時刻を以て勅令護民総隊遣アラブ艦隊に合流いたします」

 野太い声で、百武が告げた。ぴしりと背筋を伸ばし敬礼すると、彼に付き従っている各艦の艦長を初めとした海軍士官が敬礼する。

 まるで総隊を上に置くかのような態度に、寺尾は目を白黒させた。

 もっとぞんざいな扱いをされるものだと思っていたのだ。


 そも、我らが護民総隊は先日の海賊襲撃事件を受けて、第二遣外艦隊との合流予定時刻に遅刻したという大きな引け目があった。

 決して報・連・相を欠いたわけではない。遅刻の理由については予め自分の指示で"球磨"に向けて電信を飛ばしている。


 当初は偏屈相手の不手際に、すわどんな罵倒が返ってくるものやらと戦々恐々していたのだが、やってきた返事は『子細承った。貴艦隊の被害は如何程に』とこちらを慮るものだった。

 相手の意図が良く分からずに、「猛獣は静かにしているときが一番恐ろしい」と、吉野に軽口を叩いた記憶がある。

 さては敵情視察のつもりだろうか。はたまた、こちらのこちらの弱小さをあざ笑うつもりなのだろうか……?

 相手への対応を決めかねていたところ、合流直前の弔砲に加え、短艇カッターを漕いだ士官勢ぞろいの訪問を経て、今に至るというわけである。


 あり得ぬ低頭ぶりだ。全く、"らしく"ない。

 宮本から伝え聞く、艦政本部の敵愾心などかけらも感じられない態度であった。


 甲板に整列する身内等を横目で見る。

 商船出身の吉野や河野は、答礼をしながらも何か奇妙なものを見たかのように眉根を寄せていた。


「久方ぶりに嗅いだ皇軍の潮気。まあ、何とも懐かしいわなあ」

 にこにこしながら顔見知りに向けて笑いかける渋谷のような存在は例外中の例外だ。こいつは心臓に毛が生えているのかもしれない。


「味方が増えれば、被害が減らせる」

 その一言を耳にして、大井は前言を取り下げた。

 よくよく見れば、渋谷の目には色濃い隈ができている。それが先日の犠牲を受けての心労であることは、火を見るよりも明らかであった。


「百武中将……、まずは合流予定時刻に間に合わなかったことについて謝罪したいと思う」

 佐藤司令官が口を開く。

 その眼には戸惑いの色が浮かんでいるようであった。

 佐藤の言葉に、姿勢を正したまま百武が答える。


「お心遣いありがたく! しかしながら、戦場では不測の事態が起こり得るものです。本艦隊こそ、もう少し早く現地にたどり着いていれば、助勢することもできたと歯がゆく思っていたところでありました」

 唾を盛大に飛ばしながらの返答に、口先だけで丸め込もうとする意図は感じ取れなかった。

 本心から、百武は悔やんでいるようだ。

 ……一体どういうことだろうか?

 首を傾げているところに、百武が提案の形で爆弾を投げ込んでくる。


「そこで、佐藤司令官に意見具申いたします。更なる被害を減らす為にも艦隊の指揮系統を一本に統一すべきかと愚考いたします」

 一瞬、今までの低頭はこの無茶を通すための前振りであったか……、も思ったが、武張った顔つきを崩さぬ百武から侮蔑の感情は窺えない。

 百武は更に続ける。


「故に、我ら第二遣外艦隊を佐藤司令官の指揮下に置かれることをどうかご考慮ください!」

「――へ?」

 声が出てしまった。

 周りの目が、大井に集中する。


「何かね」

 百武の問いに、大井は慌てて弁明を始めた。

「ああ、いや。失礼をば……。ただ、以前うちの航空参謀が艦政本部で思い切り牙を剥かれたと聞いていたもので……。海軍さんとの関係は悪いものだと考えていたんです」

 大井が弁明すると、百武の横に海軍大佐が不愉快そうに顔をしかめた。


「我々は"悪加藤"の手先ではない」

「ええと、大川内おおかわち大佐……、でしたな。お久しぶりです」

 大川内は胸をどんと叩き、「いかにも」と答える。


「"球磨"艦長の大川内傳七おおかわちでんしちだ。大井参謀。貴官の作成した勘州事変の詳報は熟読させていただいた。潜水艦に対するノウハウは下手をすると貴艦隊の方が良いものを持っているかもしれんな」

「それは、恐縮です。しかし、"悪加藤"ですか?」

 大川内は名を口にするのも嫌そうに手をひらひらとさせる。


「"神輿"を担ぎ、"ぽっきり"折れる大角相手に好き勝手にとやっている連中と我々を一緒にしてもらっては困るといっているのだ」

 彼の説明により、現在の海軍がいかなる現状に置かれているのかがおぼろげながら見えてきた。

 どうやら我らが古巣は深刻な内部分裂を始めているようなのだ。


 まず、軍内の派閥は大別して"主流派"と"非主流派"に分けられる。

 "主流派"とは"艦隊派"の後身だ。軍令部長経験者である加藤寛治海軍大将が派閥の長を務めている。大川内の嫌悪する"悪加藤"とは彼のことを指しているとのことであった。


「谷口提督が軍令部長を退かれてより、軍の空気は一変した。今では"宮様"の後押しを受けた、加藤子飼いの小物どもが軍中枢にて幅を利かせておる」

 皇族軍人の伏見宮博恭王は、かねてより加藤の考えに共感を覚えていた。

 伏見宮が軍令部長に就任してからは、海軍大臣の大角岑生おおすみみねおを相手に、敵対派閥を対象にした粛正人事を要求しているという。


「もしや、中枢のポストは"主流派"が総なめにしているのですか」

「"主流派"にあらずば、軍人にあらずだよ」

 大井は絶句する。敵対派閥の根絶はまずい。

 あまりにもバランスを欠いた粛正人事は、身内の反発を招くだろう。

 少しでも頭の回る人間ならば、敵対派閥が窮鼠と化すことを恐れ、多少の逃げ道を残すものだ。別段、孫子をかじらなくてもそれくらいのことは常識で分かる。

 ……もしやすると、護民総隊の設立が原因なのだろうか?

 軍に不満があるなら、総隊へ行けばいい。そんな風に総隊がある種のガス抜きとして作用すると、"主流派"の頭脳は考えているのかもしれない。


「"主流派"は主要艦隊と軍令・軍政を抑え、我々のような者たちは末端の中小艦隊へ送られておる。最近じゃあ、"主流派"同士で分裂を始め、互いに争いあっておるそうだから、もう勝手にやってくれとしか言えんわな」

 吐き捨てるように大川内が言った。


「分裂ですか?」

「おう。大艦巨砲主義者、空母決戦主義者、通商破壊主義者……、くだらん予算と建造枠の取り合いだ」

「えぇ……」

 未だロンドン海軍軍縮条約の改定交渉が長引いている昨今において、今後のビジョンが確定していないと言うのは中々に笑えない話だ。


「ともかく! "悪加藤"に国防を任せてはおけん。陛下の御意志は国際協調と護民にある。我々は最後まで奴らの思うようには動かんぞ」

 と息巻く大川内の姿を見て、大井は乾いた笑いを浮かべた。

 あまりにも粛正が徹底されすぎたために、かえって"条約派"残党の団結と先鋭化を招いてしまったというのは何たる皮肉であろうか。

 しかし、これで遣外艦隊の総隊に対する友好的な態度についても合点が行った。


「つまり、貴方方は我々の味方という理解で宜しいのか」

 佐藤の横に立つ新見が興奮を隠さずにそう問いかけると、遣外艦隊の士官たちは大きく頷き、「自分たちは"非主流派"などではない。海軍"良識派"……、いや"護民派"なのだ」と口々に言う。


「ありがたいっ。我々は貴方方を歓迎しますぞ!」 

 無邪気に喜ぶ新見には悪いが、大井としては内心複雑であった。

 一体、誰が古巣の内部分裂を見たいと思うのか。

 大体、国防の頭脳たる軍中枢と、その手足たる実戦部隊の不仲がもたらす実害を、我々は陸さんの"例"を持って知っているではないか。

 大井は関東軍の如き、独断専行を彼らがしでかさないかと危惧した。……が、それはそれ、これはこれである。

 今回の海賊掃討作戦において、海軍と無駄な衝突をしなくて済むというのは、大井の胃にとって非常に優しい。

 故に新見と協調して、大井はにっこりと笑った。

 背中を気にしなくて済む味方は大歓迎である。


「指揮系統の一本化……、名案であると小官も同意する」

 味方との出会いに両陣営が沸き立つ中、佐藤が口を開く。

 元は"艦隊派"であった老将の答えは、経験の浅い新見とは違う、バランス感覚に優れたものであった。


「ただ、両艦隊司令官は職権、階級の上で同格である。どちらかにどちらかが組み込まれるというのはまずいと思う。ここは小官が"球磨"に同乗し、両司令官が互いの意見を補弼し合うということで、いかがだろうか」

 佐藤の意見に、遣外艦隊の士官たちに感嘆の息を吐く。


「身内からないがしろにされておるところに、親戚から優しくされたようなもんですな。これは。我々が悪童なら、こう言っていますよ。『僕、護民さんとこの子になる!』」

 どっと笑い声が満ちあふれた。

 冗談を言った士官は、戸塚道太郎とづかみちたろう海軍大佐。"八雲"の艦長である。

 笑い声の落ち着いた頃に、士官たちの自己紹介が始まった。

 航海士、機関士、主計長……、新参の尉官以外はほぼ全てが顔見知りだ。この顔合わせは商船出身の者たちに向けたものと考えて差し支えない。

 後列の新参尉官連中はこちらの商船出身者に敬意を見せることに抵抗があるようで、若干渋い顔をしていた。

 反感をあらわに出さないのは、上官が軒並み丁寧に接しているからだろう。上官と尉官に生じたこの違いは、総隊の戦闘詳報を読んでいるか否かに因るものだと思われた。

 つまり、不勉強ということだ。

 いくら見た目は貧乏所帯といえども、自分たちがくぐり抜けた戦歴は決して馬鹿にできるものではないのである。

 すべての士官が紹介をし終えたところで、新見が機嫌良さげに意見を述べた。


「各艦の水兵とも団結を強めたいものですな」

「さらば、佐藤司令官に"球磨"へとお移りいただく前に、各艦への訪問激励をお願いいたしましょうか」

 百武の提案を受け、渋谷が手を挙げた。


大発ダイハツの無線電話機と機械式拡声器なら取り外しができますから、貸し出すことで同時激励が可能ですよ」

「無線電話機は分かるが機械式拡声器……。あんなものが使い物になるのか? そもそもの話、電話機と連動ができるのか?」

「うちの通信設備は、下手な駆逐艦よりも上等ですからね」

 鼻を高くして豪語する渋谷の態度に触発されたのか、海軍士官たちの目の色が変わる。

 強まった圧力を制するようにして、大川内が渋谷をぎろりと睨み、言った。


「渋谷がそうまでして言うのであれば、どれほどのものか見物させてもらおうじゃないか。だが、口ほどにもなければ、分かっておろうな?」

「アイ、アイ、サー」

 渋谷はといえば、あくまでも自信を持った態度を貫いた。この男は、どんな局面でもこの態度だ。

 こうして、佐藤による「通信の訓練もかねて、機材の貸し出しを許可する」との一声も加わり、機械通信による一斉激励が実施される運びとなった。



 渋谷が部下を引き連れて、"海彦"に横付けしていた大発動艇へと乗り込んでいく。

 まず目指すべきは"秋津"である。現在"海彦"に横付けされていた大発動艇は5隻しかなく、遣外艦隊全てに通信設備を貸し出すには、"秋津"に搭載された予備艇を発艦し、遣外艦隊へと向かわせなければならない。


 海軍士官たちもまた、乗客として発動艇に乗り込んでいた。短艇とは違う乗り心地が気になるのか、彼らの中にはしきりに足下をチェックする者もいる。

 遣外艦隊の艦長ら高級士官は、艦後方の司令所に同乗した。司令所は他の区画と比べて一段高く作られており、操舵所とスペースを共有している。艦長らが全体を見渡すのに具合が良い配置であった。

 大井はきょろきょろとする海軍士官たちを後ろからぼんやりと観察する。

 大井が同乗する羽目になったのは、海軍の接待をするためである。

 本来ならば、"海彦"に残っていたかったが、出航作業中に乗組員はてんやわんやになるため、致し方ない処置であった。


「この鉄板は……、防弾用か」

 戸塚が操舵所の周りに立てられた肉厚の鉄板を叩きながら言う。

「日本製鋼所で作られたニッケル・クローム鋼ですよ。陸サンの八九式戦車に使われている奴です」

 "陸サン"の言葉に、百武の眉がぴくりと動いた。

 弁明しても良いのだが、寝た子を起こす趣味は大井にはない。


「前部員、錨鎖びょうさ詰め方」

 どうやら乗組員が定位置についたらしく、渋谷が甲板前部に向かって大声を張り上げた。

 繋留索けいりゅうさくが"海彦"より外され、主錨が引き上げられる。


「出航よーい!」

 渋谷の合図が上がる。それを受けて、各発動艇のラッパ手が一斉に出航の開始を吹奏にて告げた。

「スタンバイ、エンジンッ」

「アイ、サー。エンジンコンタクト!」

 渋谷の指示で大発動艇からエンジン音が轟き始めた。

「前進微速、030度ヨーソロ」

 自艦の準備が整ったとみるや、渋谷は操舵スペースに備え付けられた無線電話機をとり、各艦の進捗を逐一尋ねる。

 数ヶ月も続けられた、いい加減板に付きはじめた出航作業だ。


「……何とも、変てこな出航だな。機関も号令も、うちらのものとはかなり違う」

 乗組員の作業風景を海軍士官たちは興味深そうに見物していた。

 各艦の機関士などは特に顕著だ。子どものように目を輝かせている。

「スクリューが一軸なんだろうか」

「いやあ、そもそもスクリューなのか? プロペラなんじゃないか」

「この発動機付き短艇も、藤本少将が関わったと聞いているが――」

 沸き立つ司令所の中にあって、百武は背伸びをしつつ、鉄板の向こう側にある艦首や、僚艦の作業風景に目をやっていた。


「大井参謀。質問良いかね?」

「はい、何なりと」

「全体として水兵の中に動きの悪いのが混ざっているが、練度のばらつきが生じている理由について、まず聞きたい」

 初っぱなから痛いところを突かれて、大井はぎくりと肝を冷やす。


「あー、陸サンからの出向兵です。流石に数ヶ月の突貫教育では、練度を揃えることが難しく……」

 本来、陸からの出向兵は重要港湾の護衛任務に就くだけのはずであった。

 それをこうして大発動艇の乗組員として用いていることには、止むに止まれぬ事情があるのだ。

 百武は大井の答えに頷くと、総隊の内情を見透かすようにして、次の質問を投げかけた。


「成る程。それでは、各艦の艦首と中央に土嚢が積まれ、簡易砲塔が組まれておるようだが……、設置された機銃は、九二式重機銃と一体何かね?」

 やっぱりそこに食いつくか、と大井は内心ため息をついた。


「お察しの通りです。艦首の機銃は九二式重機銃ですが、中央のものは九二式歩兵砲ですね」

「歩兵砲……? ああ、陸サンの装備か……」

 百武は気持ち複雑そうに呟いた。

 海軍と陸軍の仲の悪さは折り紙付きだ。仲間だと思っていた連中から、陸の面影を感じることで決して愉快な気持ちにはならないだろう。

「何故、陸サンの装備を?」

「うちは新知での戦い以降、どうにも陸サンに好かれて海軍さんには嫌われているようでして……。装備の調達がどうしても外国か陸サン経由になるんです。三八式野砲か、八九式の57ミリ砲も選択肢に入ったんですが、とりあえず大陸戦線の余りものがこちらに寄越された形ですな」

「成る程」

 そう言う百武の顔色は優れなかった。海軍中枢に隔意を持つ彼からしてみれば、陸と総隊の接近が何とも歯がゆく思えたのだろう。

 ここら辺でリップサービスをしておくべきか……、悩んだところで、戸塚からおどけた声が上がった。


「しかし、水雷戦隊の申し子である渋谷が、短艇の艦長とは左遷も左遷という話だなあ」

 戸塚のからかいに、渋谷は笑って軽口を返す。

「短艇とはいえ、これでも最大27隻から成る大艦隊の司令官ですよ?」

「何だと、お前提督なのか!?」

 目を丸くする戸塚に対して、渋谷はにやにやとしながら自らの腕をぽんと叩いた。


「艦長としての手腕が認められたんですよ。先輩」

「抜かしやがって、この野郎」

 戸塚の小脇にがっつりと頭を抱え込まれた渋谷の様子を見て、司令所内に笑い声が上がった。

 冗談で済ませてはいるが、実際に渋谷は総隊における提督としてのキャリアコースを一直線に突き進んでいる。

 保有艦が少ない総隊にとって、複数艦を束ねる艦隊の指揮を学べる機会は少なすぎるのだ。

 佐藤の指揮を間近で見ることのできる旗艦の艦長か、大発動艇の指揮官か……。

 つまり、現状において提督をゴールとするキャリアコースに乗っている人物は、新見と渋谷の二人だけであった。


 大発動艇5隻が"海彦"を離れ、"秋津"へと向かう。

 "秋津"からは渋谷の指示で予備艦艇を発艦させた後、各艦は遣外艦隊に通信設備を届けに行った。

 大発動艇に搭載された無線電話機は、共和商事が民間企業と共同で開発した95式艦上無線電話機を流用したもので、取り外しが可能である。これは開発途中で陸軍の横槍が入り、「上陸戦時に通信設備を運び出せるように」との要求が付け足されたためだ。陸軍の技術士官から小うるさい指摘が入るようになったが、その分予算も多めに取れるようになったと聞いている。


 予算の確保ができたために、無線電話機の開発は輪をかけて進んだ。

 まず、開発当初に悩まされていた通信時のノイズが解消されたことが大きい。

 何でも、受信機と送信機を分けて回路を増やしたのだそうだが、技術的なことは詳しく把握できていない。

 知っていることといえば、倍増した重量を宮本が周囲の不満を抑え、「致し方なし」として受け入れたことくらいである。

 

 宮本といえば……、と大井は顔色を悪くしてしかめ面を浮かべている航空参謀を思い浮かべた。

 大井は海軍の派閥争いを笑えない。

 それは古巣の醜態であること以上に、総隊内においても意識の"乖離"が存在することを否定できないからだ。

 大井にとって、"異端者"の一人こそが宮本であった。


 あの青年とはもう3年近い付き合いになるが、未だに彼の考えを図りかねる時がある。

 基本は実直で、気のいい奴だということは間違いない。だが、時折同じ人物が吐いたとも思えぬ、驚くほど先を見据えた物言いをすることがあった。

 そもそも彼の持つ、あの異常なまでの最新技術に対する渇望は一体何なのだろうか?

 前線に生きる将兵ほど、技術に対しては保守的になる。

 が、彼は技術に対して異常なまでの開明さを見せた。

 新型航空機の開発などがその一例だ。


 今現在、本土で開発中の新型機を巡って、何やら大きな事故が起き、テストパイロットを務める三人のうちの一人が殉職したという。

 本来、事故を起こした兵器は事故原因が究明されるまでは開発をストップさせざるを得ない。

 しかしながら、彼は開発の続行を強行した。彼自身、テストパイロットの一人であったから、開発の続行は容易だった。

 大井はそうした彼の思想に、何やら薄気味悪い強迫観念のようなものを感じるのだ。 

 彼だけではない。谷口本部長に井上参謀長……。彼らは全体会議の際、この国の未来について驚くほどに悲観的な発言をすることがあった。

 曰く、『世界のすべてが敵に回ったとして――』

 また曰く、『海上交通路をすべて敵通商破壊を目的とする艦隊に押さえられたとして――』

 心構えの一つとして、常に最悪の状況を想定しておくというのは理解できる。

 が、それにしたって少々悲観が過ぎるのではなかろうか。


 欧州大戦は過去のものになり、国内の経済は共和商事による国家改造の影響を受けて、上向きになっている。

 今上陛下による"玉音放送"はこの国が国際的に協調し、解放主義、平和主義を取ることを決定づけた。

 ほら、"世界の敵"になる要素など、何処にもないではないか。

 戦時中を思わせる、開発の強行などは明らかにやりすぎだ。

 

 入院中の生田曰く、以前の宮本は違ったと聞いている。

 何処の部隊にも良くいる、武張ってはいるが程々に頑固で、程々に融通の利く青年だったのだそうだ。

 一体何が原因で彼が変節してしまったのか、大井は一度伝手を通じてそれとなく調べたことがあった。

 ……が、良く分からない。

 1932年に、予備役へ回されたあたりで変節したことまでは突き止めたが、それだけだ。

 恐らくは予備役時に先見の明を持つ思想家にでも絆されたのだろうが、それが誰なのかまでは分からなかった。


 大井としては、あまり総隊を"割る"ようなことは仕出かさないようにと、切に願う。

 ただでさえ陸軍の出向組が増えて混沌としているところで不和の種が育ってしまえば、致命傷にもなりかねない。

 せっかく引っ越してきたというのに、新天地の居心地が悪くなるなど、大井には到底耐えられそうに無かった。



 すべての艦に無線電話機と拡声器を貸し出し、各艦の士官たちを送り届けた後に大井たちは"海彦"へと帰還する。

 甲板上では佐藤による一斉激励の準備が既に整えられていた。

 士官から水兵に至るまで、すべての乗組員が整列する中で佐藤が送話機マイクロフォンを持ち、口を開く。


「生死を共にすべき戦友と、こうして一堂に会する機を得たこと、まこと本職の本懐である――」

 艦に備え付けられたスピーカーから、佐藤の声が放送される。


「――そも皇国臣民各人の生命は重く、それらすべてを我ら帝国の藩屏たる軍人が守らねばならぬ。陛下のご意志を実現せんがため、人道と正義と平等を重んじ、強固な精神で国難に対して立ち向かわねばならぬ」

 各艦で拡声された佐藤の声が山彦のように共鳴し、空気が震える。

 普段から鬼だ、鍾馗しょうき様だ、雷様だと恐れられている司令官の声が大音量で耳朶を叩くのだ。

 総隊員の背筋は否応にも伸びる。海軍の方はどうだろうか。


「――我ら総隊と海軍の別はあれども、その使命は同一である。諸君らは志を立て、身を挺して皇国護持の御楯となった。陛下のご意志は国体の護持にあらず、護民にあり。臣民たった一人のため、諸君らに自らの命を捨てる覚悟はあるか。無くば去れ! 在らば、諸君は同志である! 海の同胞よ、小人物になるべからず。大人物たれ! 忠良にして勇敢なる諸君らとならば、如何なる苦難も障害にならぬだろう。我らは、諸君らを歓迎する」

 しんと清聴している間は、他艦の反応が分からなかった。

 しかしながら佐藤が激励の締めくくりにと送話機を置き、軍歌を歌い始めたあたりで状況が変わった。


「四面海もて囲まれし――」

 慌てて総隊員も、佐藤に合わせて軍歌を合唱する。

 商船出身の者たちとて、長らくの総隊生活から嫌でも歌詞を覚えていた。歌を合わせるのに苦労はしない。

 一番の半ばあたりに差し掛かった頃合で、乗組員のものではない歌声が海の向こう側より聞こえてきた。

 歌声は徐々に増え、各艦を心を繋ぎ、やがて大きな調和を生み出していく。

 聞こえてくる海軍の歌声は、まるで快晴のような明るさで、溌剌はつらつとしていた。


 彼らはいわゆる左遷組だ。

 本土の高官に嫌われて、長い航海の末にここに来ている。

 もしやすると、ようやく仲間と出会えたという気分なのかもしれない。

 労いの挨拶として、佐藤の激励がこの上ない成功を収めたことは疑いようも無かった。


 しかしながら――、と大井は考える。

 こうして不和を生むことなく総隊と海軍が団結できたのは良かったが、この中東・アフリカの海に活躍の場があるかどうかは甚だ疑問であった。

 英仏伊による海賊どもの掃討作戦は既に先日より始まっているのだ。

 直接襲撃を受けた手前、仕方のない面はあったが、出遅れてしまった感はぬぐえなかった。

 さらに陸軍出向組の寺尾よりもたらされた提言が気にかかる。


 ――我らの禊ぎは済んでおり、猛獣の尾を踏む必要あらず。さながら対岸の火事として振舞うべし。


 直に彼が得た情報のすべてが詳報としてもたらされるであろうが、一体彼は何を知り、その結論に至ったのであろうか?

 やはり、良く分からない。

 分からないが、次にやるべきことは決まっていた。


「新見君、"海彦"は頼んだ。小官はこれより"球磨"へと向かう」

「お預かりします」

 新見と互いに礼を交わした後、佐藤は大井を見る。


「大井君も"球磨"に同乗しなさい。海軍との共同作戦は今後の大きな経験になるだろう」

「は――、分かりました」

「まずは邦人の救出だな。まさか、海賊事件の被害者が未だ生存していたとは……」

 そう、まず目指すべきはフランス領マダガスカル。

 勅令護民総隊が帝国臣民の安全を護持することを存在意義としている以上、寺尾よりもたらされた生存者の情報は到底看過できるものではなかった。


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