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1933年11月 中千島、新知島にて(3)

右舷みぎげん、敵小艦隊、駆逐艦一隻大炎上。ひ、被害甚大です」

 見張り員が、震え声で見たままの光景を言葉に紡ぐ。

 決死の覚悟で締めたさらしと白鉢巻きが、冷や汗でにじんでいた。

「敵艦との距離は」

「距離およそ1万メートル。同航していますが、被害艦の行き足遅れています」

 "浦島"艦長の新見は何度も、確かめるように双眼鏡で敵艦を見た。

 間違いなくオルフェイ級1隻の甲板が炎上し、轟々と煙を吐いている。幻ではない。

 恐らくは魚雷発射管が誘爆したのだ。


「……こちらの砲撃が当たったわけではないのだな?」

「本艦の放った砲弾のいずれもが遠弾でした」

 ……となれば、あの駆逐艦への攻撃は純然たる航空機の戦果ということになる。

 前代未聞の大戦果だ。

 あまりの事態に艦橋にて戦況を見守っていた乗組員たちが皆、息を呑む。


「あれを為したのは宮本機か」

 無言を保っていた佐藤司令官が双眼鏡を下ろし、誰にとはなく問うた。

「海護一型ですので、そうだと思われます」

 見張り員の答えに、佐藤は複雑そうな表情で目を伏せる。


「航空機が、軍用艦を落とせるのか……」

 佐藤の気持ちは新見にも良く分かった。

 従来、艦隊同士の戦闘とは互いの砲雷撃戦によって全てが決するものなのだ。


 まず大原則として、砲撃による火力投射量の多い側が戦闘の有利を取ることができる。

 この役割は砲火力の高い巡洋艦以上の大型艦艇が大半を担う。戦艦ならばなお適任だ。

 他の小型艦艇はというと、砲撃戦によって決まった有利・不利を覆すために行動する。

 一撃必殺の魚雷こそが、勝利の鍵であった。

 小型艦艇で大物食いを果たせれば、費用対効果としては上々で、敵の火力投射量を大きく減らすことができる。

 当然、敵の小型艦艇も大物食いを狙ってくるため、護衛の駆逐艦によってそれらを蹴散らす。

 こうした大型艦艇と小型艦艇の有機的な、臨機応変な運用こそが、海上戦力を指揮する者に求められる能力であった。

 海軍が頑なに大艦巨砲主義を標榜するのも、この戦理を金科玉条とするがゆえだ。


 ――常識が今、覆されようとしているのかもしれない。

 1万メートル先で敵の対空砲撃をかいくぐり、巧みに攻撃を重ねる2機の航空機の姿は新見と、恐らくは佐藤の心にも大きな衝撃をもたらした。


「敵艦、再び発砲!」

 呆然とする乗組員の目を覚まさんとするかのように、上空を切り裂く弾道音が"浦島"に迫り、衝撃で揺れた。

「被害報告せよ!」

 艦を囲むように立った水柱を睨みながら、新見が怒鳴る。

「遠弾4、近弾2、狭叉きょうさです!」

「2撃目で狭叉か……」

 見張りの報告に戦慄が走った。

 敵艦の命中精度にも目を見張るべきものがあったが、それ以上に驚くべきは予想以上の士気である。

 何と、炎上中の駆逐艦すらも砲撃を止めることがなく戦闘継続の意思を強く見せつけているのだ。


 ソビエトの兵は社会主義国というお国柄上、一般民衆がろくな訓練も受けないままに軍へ編入されることも多く、勝ち戦以外での士気の維持が難しい。

 これはシベリア出兵や尼港事件といった陸の戦訓に基づいた見解であったが、そもそもソビエトは陸軍大国だ。海軍の錬度が陸のそれより上回るということは考えにくいだろう。

 どうやら護民艦隊と相対している連中は、相当の手練てだれであるようであった。


「敵速20ノット、距離依然として1万!」

「……陣形の立て直しが早い」

 苦々しげに新見は毒づく。

 航空攻撃による戦果で、戦の趨勢は一時こちらに傾いたかとも思われたが、蓋を開けてみれば今だ純然たる火力投射量の差があった。

 敵艦隊は行き足の遅れた駆逐艦を最後尾につけ、再びの単縦陣をとっている。

 船足こそ鈍ったものの、見事な艦隊運用だ。

 一朝一夕の技術であの錬度はこなせない。


「バルチックの匂いがするな。もしやすると生き残りかもしれん」

 佐藤が深く皺の刻まれた両目をことさらに細め、言った。

「日露戦争で相まみえた、あのバルチックですか」

 息が詰まる程の驚きを覚える。

 

 バルチック艦隊とは、かつてロシア帝国が北欧バルト海に保有していた正規艦隊の一つであった。

 ロシア革命以降、軍港都市クロンシュタットで海兵が反乱を起こした際に旧軍は皆刷新されたものと思っていたのだが、どうやら生き残りもいたようだ。

 だとすれば、敵は往時の日本艦隊を知っていることになる。

 手ごわい相手であることは疑いようがなかった。


「司令官」

「艦隊、右砲戦、同航無傷の駆逐艦。第二射後、進路を10時の方向に取る」

「敵に背を向けるのですか?」

 問いなおす新見の言葉に、佐藤は泰然として頷いた。


「航空機が戦力になるならば、我々が囮となった方が効率が良い」

 思わず新見は舌を巻いた。

 この老将は、大艦巨砲主義の大御所は、たった一度の戦果で自らの持論を覆して見せたのだ。

 日頃の態度から頑固一徹の御仁かと思っていたが、予想以上に現実的な目で物を見ているようであった。


「右砲戦、同航無傷の駆逐艦!」

 射撃指揮官と砲術士が操法通りに砲撃を行う。

 "浦島"の12サンチ砲2門と、"竜宮"の1門が続けざまに火を噴いた。

 遠弾2、狭叉には至らず。

 "竜宮"の1発が敵艦を通り越す近弾となった。砲術の腕は"竜宮"の乗組員の方が上らしい。


「進路10時の方向。取り舵」

取り舵(ポート)60度!」

 副官の吉野が操艦の指揮を取る。外航商船仕込みの号令であった。

『機関全速前進』のエンジンテレグラフが機関室へ命令を伝える。

 慣性がかかり、艦が左に傾いた。

 ギシリと艦が悲鳴をあげ、新見は加速に耐えるようにして右足に体重をかける。


 "竜宮"も旗艦を追うようにして左へ転舵。

 護民艦隊とソビエト艦隊の進路が、扇を開くようにして離れて行った。

 退き際にも砲撃の第3射目を残していく。

 これは精確さを求めた射撃ではなく、当然ながら遠弾に終わった。

 だが挑発には十分であったようで、敵艦隊は護民艦隊を追跡する進路を取り、護民艦隊が先に抜けた同航の形になる。

 老将の狙いがピタリとはまった。

 後は、形ばかりの砲戦を繰り返しながら、航空戦力による逆転を待つばかりだ。

 新見が航空部隊に望みを託し、空を見上げたところで――、高空に違和を感じ取った。


「……航空機の数が多い?」

 正しくは護民艦隊航空部隊のさらに上を悠然と飛行する編隊があったのだ。

 その数10機。

 正体不明の編隊は、海上の戦いには目もくれずにただひたすら南西を目指している。

 新見は脳裏でオホーツクの海図を広げ、編隊の向かう先に何があるのかを即座に理解した。


「奴ら、陸の船団を航空攻撃で叩くつもりなのか!」

 まるでこちらの動きが筒抜けであるかのような一手であった。

 新見は混乱しつつも、優先順位を脳内で組み直していく。

 最優先で守るべきは、当初の予定通り輸送船団だ。

 これは護民艦隊の性質上、絶対に見捨ててはならない護衛対象である。

 ならば、ここで敵編隊を見逃すわけにはいくまい。


「対空射撃は……、遠すぎる! 航空部隊に信号を送れッ。輸送船団の上空掩護じょうくうえんごが先決だ。急げッ!」

 火がついたように艦内が慌ただしくなる中で、甲板に据え付けられた光信号機によって航空部隊へと信号が発せられる。

 航空部隊も異常を察知したらしく、攻撃を止めて南西へと進路を変えた。

 だが、後手に回り過ぎている感が強い。

 悪い予感が増していった。


「クソッ!」

 歯ぎしりする新見に追い打ちをかけるように、通信士より凶報が伝えられる。

「陸軍より通信ありました! 我ら、択捉えとろふ南西にて流氷に遮られ、満足な航行できず。早急なる掩護を求む。繰り返します――」

 目の前が真っ白になったかのようであった。

 ぎょっとしながら、左舷を睨む。

 薄らと海面に見える白く、おぞましい漂流物がこちらへと迫ってきていた。


 ――時化の後には流氷がやって来る。

 反時計回りの海流に乗って、シベリア沿岸よりやって来る。

 北洋を経験した元漁師から聞いていた情報であったが、まさかここまで早いとは……。

 新見は呆然として、佐藤へと向き直る。

 佐藤は険しい顔で、次なる命を下した。


「航空部隊の着艦補給は……、この状況下では難しかろう。無補給のまま、援護に向かわせるより手はない」

「では艦隊は――」

「……当初の予定通り、遅滞戦術を取る。流氷を避けながらになるが、致し方あるまい。心眼で、前方を見張れ」




 千早は下唇を噛み、上空を睨んだ。

 ソビエトの10機編隊――。

 恐らくは新型の複葉機だろう。上翼はガル形状になっており、下翼はかなり小さめに作られている。

 まるで単葉機と複葉機の相の子だ。そのシルエットから、設計者の空気抵抗削減へのこだわりがひしひしと感じられる。

 さらに注目すべきは下翼に取り付けられた航空爆弾だ。

 その形状は帝国の5番(50kg)に良く似ており、もし海上船舶に投下されてしまえば重大な被害をもたらされることは明らかであった。


「……くっ」

 スロットルレバーを握る手が震える。

 護民艦隊航空機部隊とソビエト部隊との間には、少なく見積もっても500メートル以上の高度差があるように見受けられた。

 上を取られている以上、速度で敵部隊に追いつくことはできない。

 高度を上げようとすれば、こちらの行き足が鈍ってしまうし、いざとなったらあちらは高度を下げて速度を増せば良いからだ。

 どれほどの効果があるか分からないが、このまま下を飛び、後ろを取り続け、敵をけん制し続けるしか手はない。


 南へと進むたびに海面に浮かぶ流氷が層を増していく。

 まだ軍用艦艇の航行を妨げる程ではないが、これ以上厚みを増すとまずいかもしれない。

 海流の影響で、流氷はこの海域をすっぽりと包みこむようにして展開している。

 まるで茹で卵にまとわりついた殻のようだ。

 下手に氷の薄い内側へ入り込んでしまえば、海の真ん中に閉じ込められてしまう事態だってあり得るだろう。

 弾切れの僚機を伝令に戻らせるか。いや、今からでは最早間に合わないか――。

 逡巡した直後、ソビエト編隊が海域の外側へと大きく転進した。

 慌ててこちらの部隊も後を追う。


『陸の輸送船団発見せり。択捉の南東にて立ち往生』

 輸送船の数は2隻であった。

 どうやら陸の輸送船団は流氷を逃れるために、海域の外側へと進路を変えたところで流氷に前方を遮られてしまったようだ。

 三井のファンネルマークが描かれた、大正期に作られたであろう輸送船の細長い煙突から、白い煙がむなしく立ち昇っていく。


 まずいことになった。

 択捉に上陸しようにも、元来た海路を戻ろうにも、四方を流氷が囲んでしまっている。

 時間をかければ継ぎ目を縫うようにして航行することもできるだろうが、今は上空に厄介な敵が控えているのだ。

 ソビエト編隊が軟降下の姿勢に入った。


『全機降下。敵を攻撃位置につけさせるな』

 空力特性の関係上、降下時の加速は"海猫"の伸びが良い。

 3機のマッキを引き離し、千早率いる3機の"海猫"がソビエト機と輸送船の間に割り込まんと空を滑り下りた。

 ソビエト機と"海猫"――、先に輸送船の元に辿りついたのは、辛うじて後者であった。

 憎く思っていた500メートルの高度差がここで生きたのだ。


 割り込んだ3機によって、降下突撃をしていたソビエトの4機が転舵する。

 残る6機は食い止めることができず、輸送船へと銃弾と爆弾を浴びせていった。

 硝煙と、火線の雨が降り注ぐ。

 不運にも輸送船の甲板には陸の歩兵が上がっており、歩兵銃を宙に向けていた。

「馬鹿、隠れろっ」

 叫んだところで歩兵に声が届くわけがなく、投下した爆弾こそ直撃しなかったが、ソビエト機の機銃掃射を受けた一部が身体を躍らせ、血飛沫とともに絶命していく。


「――ッ」

 千早は声にならない叫びをあげながら、上昇するソビエトの1機を射程に捉えた。

 ブローニングが火線を宙に描く。

 そして、命中。主翼の一部をもぎ取られた1機は、きりもみ状態で落下していった。


『各機、輸送船上空を旋回。敵機を絶対に近づけさせるな』

 咄嗟の手旗信号を僚機に送るが、この防戦一方の状態では何処までまともに意思が伝達されるか分からない。

 それでも"海猫"3機によるたどたどしいけん制飛行が始まり、生田たちマッキの増援が直ぐに加わった。

 喉のひりつくようなにらみ合いが始まる。

 敵の降下に対してはその進行方向に自機を割り込ませ、敵が様子見に徹するならば、自機の高度を上げていく。

 味方機の内、3機は既に弾切れの状態で飛行している。

 実質的には千早と生田、それにもう一人の航空士のみが頼りであった。

 燃料計に目を落とす。

 既に残り燃料は半分を下回っている。

 持久戦になれば、こちらの負けは明白だ。

 同じことを生田も思ったのだろう。突如、不格好な形でマッキの高度を上げ始めた。


「あっ」

 急に高度を上げれば当然失速する。

 途中でマッキは力を失い、ふらふらと舞い落ちる木の葉のような挙動で落下してしまう。

 当然、それを見逃す敵機ではない。

 自由落下姿勢になったマッキに、敵の3機が食らいついた。


「生田さん……ッ」

 慌てて援護に入ろうとするが、その寸前――。

 捻るような挙動で、生田機が横滑りを始める。

 先ほどの失速は、狙ってやったのだ。

 敵機の機銃を紙一重でかわしながら、生田は更に機体をロールさせ、敵機の後方へとピタリと張りつく。

 息を呑むような神技であった。


 生田機のブローニングが盛大に火を吹き、敵機の一つが炎上する。

 千早も泡を食った2機に張りつき、その内の1機に有効弾を浴びせかけ、姿勢を乱して旋回機動に入ろうとした最後の1機を僚機の航空士が狙う。

 こちらも有効弾。主翼に穴が開いたところを見るに、そう長くは飛べないだろう。


『サンキューな』

 手をひらひらと振る生田の飄々とした姿に、千早はほっと息を吐いた。

 無茶苦茶にも程があったが、これで敵機は無傷が5に手負いが2。

 絶望的な戦力差に、希望の光が差し込んだ。

 ――こうして、一瞬気を緩ませたことが原因であったのかもしれない。


 敵機の中で一際慎重で安定した飛行を見せていた一機が、迅雷の速度で急降下を始めた。

 特別な一機なのか。その機体は全体を真紅に塗りたくられており、まるで砲弾を思わせる速度で輸送船へと迫っていく。

 千早や生田が割り込もうとしたが、真紅の1機は全ての妨害をくぐり抜け、悠々と……、腹に抱えていた航空爆弾を投下した。


 甲板の上で、あくまでも徹底抗戦の体をとっていた陸軍歩兵たちの目が見開かれる。

 そして、直撃。

 轟々と燃え盛る甲板に護衛対象であった者たちの肉片が積み上がった。


「……手前ッッ!」

 激高した千早がスロットルレバーをWEPに押し上げ、上昇体勢に入った"赤色"を追う。

 腹が立つ程に上手い航空士だ。

 こちらの射線に入った瞬間、方向舵や昇降舵を巧みに動かし回避機動をしてくる。

 残り弾数のこともあり、こちらもむやみやたらに撃ちこむことができない以上、純然たる飛行技術の競り合いになることは必然であった。


 敵が樽回り機動(バレルロール)を始めれば、高度を取って突撃(ハイ・ヨー・ヨー)し対抗する。

 下向きUターン(スプリット・S)には、斜め下旋回で横へ回り込むようにして追従する。

 フットバーを蹴り込み、相手の機体を視界内へ捉え、身体にかかる加速の圧力に耐え続ける。

 耐える。追う。

 耐える。追う。

 空戦は、奇しくも蘇州でのそれを思い出すかのような千日手の様相を示した。

 揺らぎを見せない勝敗の天秤を動かしたものは――、


「おい、やめろ――!」

 まだ弾数に余裕のあった僚機の割り込みであった。

 新任とはいえ、訓練でも良好な成績を見せていた彼は、千早の援護をすべく"赤色"の横合いから殴りつけるようにして突撃していく。

 この状況では手旗信号など届かない。

 止めろと声が枯れるまで叫んでも、彼の突撃が止まることはなかった。

 初陣の興奮に、目がくらんでしまっているのだ。

 "赤色"は横からの奇襲に対し、まるで蛇が獲物を締め付けるような旋回機動で、これをあしらう。

 エースに未熟者ジャクは絶対に勝てない。

 隔絶した戦闘経験の差は、にわか兵法で埋められるものでは決してないのだ。

 頼むから避けてくれ――。外してくれ――。

 そんな千早の願いをあざ笑うように"赤色"の翼内機銃が火を吹き、僚機の主翼がもぎ取られた。

 見紛うことなき致命傷だ。


 復帰のできる被害ではない。

 燃料タンクに火がついたのか、機体半ばから炎上を始めている。

「軟着陸しろ! まだ諦めるな!」

 風防を開けて、力いっぱい叫ぶ。

 だが、突然の事態に動揺してしまったのか、僚機の航空士はしがみつくように操縦桿を握ったまま、何もしようとしない。

 最早助けることは不可能であった。

 千早は雄たけびをあげて、身を翻した"赤色"に銃弾の嵐を浴びせ続ける。

 憎しみは百害あって一利なしと分かっていても、怨嗟を銃弾に込めずには居られなかった。

 目暗撃ちも良いところだ。

 "赤色"は巧みな旋回でこれを回避――、いや一部が被弾。尾翼の一部が吹き飛んだ。

 敵とて無限の精神力を持っているわけではない。

 不安定な挙動を"赤色"は力ずくで抑え込み、千早の"海猫"と向かい合う。

 ヘッド・オンによる決戦であった。


 両者の機銃が唸りをあげる。

 "赤色"の下翼、破損。

 "海猫"のフロート、全損。

 互いの機体を削り合い、両者の表情が見える程の位置まで肉薄し、すれ違っていく。

 千早の網膜に焼きついた敵の顔は、飛行帽にゴーグルをかけても良く分かる細面であった。

「待て――ッ」

 流石に戦闘継続は不可能と見たのか、"赤色"は一直線に空域から離脱していく。

 生田が追撃をかけようとするも、敵の僚機のけん制によって、その進路を阻まれてしまった。

 ソビエト編隊の逃げる様を口惜しげに睨みつけ、ハッと思い出したように眼下を見る。


 炎上する輸送船。

 流氷に突き立てられた僚機の残骸。

 千早は拳を風防に叩きつけた。


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