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1933年11月 中千島、新知島にて(2)

 拝啓 チハヤ・ミヤモトへ


 手紙の返信、遅れてしまい申し訳なく思う。

 どうやら1万マイルも距離が離れていると、手紙の郵送だけで数カ月はかかってしまうものらしい。

 スプリングについての質問を、フォールに答えるというのはどうにもちぐはぐに感じてしまうな。

 それで質問についての答えだが、俺は四六時中カーチスで飛ぶ毎日だった。

 改良されたカーチスの性能に関しては、こちらの航空雑誌を読んでくれ。手紙と一緒に送っておく。


 そう言えば、最近は会社カンパニーの方で長距離冒険飛行にも興味を向けているらしく、近いうちに太平洋横断飛行の機会がやってくるかもしれない。

 そうしたら日本にも一度行ってみたいものだと思っている。

 ワシントンのポトマック川には日本産のチェリー・ブロッサムが植えられているんだ。

 あれは本当にそこらじゅうに生えているものなのか? 兄さんがいた中国も気になっていたが、日本も一度くらいは見てみたいと思う。


 エドワード・ショート





 アメリカ中部、セントルイスの秋は湿気の少ない内陸部であることが影響してか、透き通るように空が高い。

 肌をくすぐる涼気も実に心地よく感じられ、とりわけエドワードがカーチス・ライト社に宛がわれた私室の窓際は別格の心地よさを誇っていた。


 ミシシッピ川の水の香りと、何処かで焼いているハロウィンに向けたカボチャパイの香りを感じながら、エドワードが知人に宛てた手紙をしたためていた時のことだ。

 突如、入り口のドアが威勢良く開けられて、仕事仲間の航空技士が鼻歌交じりに入ってきた。


「やったぞ、エディ! 長距離冒険飛行計画に我が社も参入できそうなんだ。これで予算がまた増えるかもしれない」

 唾を飛ばしながら熱く語るこの男はセントルイス航空機部門の設計士、スコットであった。

 常々予算不足悩んでいた彼だから、その喜びようは尋常ではない。

 無論、雇われパイロットたるエドワードとしても冒険飛行の機会が得られるのは望むところであった。

 冒険飛行は全米が注目する。

 故に成功者には富と名声、そして何よりも貴重な飛行経験をもたらしてくれるのだ。


「ふうん、単独飛行なのか?」

 イスの背もたれに腕を乗せて問う。

 すると、エドワードにとっては幾分か残念な答えが返ってきた。

「いいや、イアハート女史の大陸横断飛行を先導する役でだね。今や冒険飛行の花形はロッキード社だから」

「……"ミス・リンディ"が相手か。そりゃあ分が悪い」

 はあ、と頬杖をつき、新聞の1面を飾る常連者の顔を思い浮かべた。

 アメリア・イアハートは昨年に大西洋を単独で横断した初の女性冒険航空士だ。

 その偉業から、リンドバーグになぞらえて"ミス・リンディ"などと称されている。

 となると、満足のいく名声は得られまい。契約通りの給金と、飛行時間の足しになれば御の字といった程度だろう。

 失望を覚えたが、興奮しきりのスコットはそんなエドワードの様子に気づかなかったようで、大げさな身振り手振りで喜びを表現していた。


「とにかく、ロッキード社と共同出資でプロジェクトを運営できるというのは大きいんだ。これであちらのノウハウが学べる。君のおかげだよ、エディ!」

「俺の? 何でさ」

「先方からのオファーだったんだよ。姫様の先導役にはこの上ない腕利きのタフガイを。そうしたらトンプソン・カップ優勝者の君が候補に挙がったわけさ」

「……腕利き、ね」

 エドワードは苦いものを感じて、目を伏せた。

 この1年で空を飛ぶ技術も大分上昇した自覚はある。

 しかし、空を飛ぶたびにちらつくのだ。

 翼の生えたオレンジ色の卵形が。


 イタリアで邂逅したあの日本人航空士は、エドワードでには到底真似できないような人外じみた飛行を易々とこなしていた。

 彼は間違いなくエース・パイロットだ。ならば、彼が絶対強者と認めているエドワードの兄もまたエースに相違あるまい。

 翻って、自分はどうか?

 彼や兄に認められるエース・パイロットになり得るのだろうか。

 自分はあの頂までたどり着くことができるのだろうか。

 エドワードは不安を払うように頭を振る。

 そんな仕草がスコットの目には奇妙に映ったようで、水をかけられたように静かになった。


「浮かない顔をしているなあ……。おや、その手紙は誰宛だい?」

「日本の知人に宛てたものだ」

「ジャップに? 君がっ?」

日本人ジャパニーズだ。……まあ、色々あったのさ」

 いい加減鬱陶しくなったので、うんざりとしつつも若干棘を込めて答える。

 スコットは、信じられないものを見たかのような顔をしていた。


「日本人は兄さんの仇だって言っていたのに……。一体どういう風の吹き回しなんだい?」

「日本人が悪い訳じゃない。悪いのは戦争だ。そう、思い直すことにしたんだよ」

「へえ……、まるで東洋のブッダだね。まさしく、ニルヴァーナだ」

 極東に今まで興味のなかったエドワードにとって、ブッダだのニルヴァーナだのと言う言葉は全く意味の分からないものだった。

 そもそもチェリーブロッサムの件についてだって、帰国してから恩師ドーリットルに聞いて知ったのだ。

 どうせだから、手紙にてその旨も質問してみようかと思いついた。


「しかし、日本も大変だね」

「何がだ」

 思い出したかのように呟いたスコットに問いかける。

 スコットは知らないのか? とばかりに呆れた顔をした。


「ラジオの国際チャンネルを聞いていないのかい? 日本とソビエトが戦端を開いたんだ。小規模に治まるか大規模に拡大するかは分からないが、双方にかなりの被害がでているって聞いたぜ」

「……その話は本当か?」

 思わず腰を浮かせる。

 エドワードの知人も軍人であった。もしかすると、戦闘に関わっているのかもしれない。


「ああ。恐らく国連の設立以来、列強国同士の戦闘はこれが初めてになるだろうからね。何処のニュースもこの話で持ちきりさ。最新鋭機同士の航空戦闘まで勃発したらしい。アジア利権の独占を狙っていた日本が急に満州問題で譲歩したかと思えば……、ウィルソンの開いた国際協調の時代はやはり終わりなのかねえ」

 思わず西の空を見た。

 今も知人は、極東の空で敵国人と戦っているのだろうか。

 まだ頂きに顔を見せるまで絶対に死んでくれるなよ、と。

 エドワードは自分のためにも、ほんの少しばかり芽生えた友情のためにも、極東にいるであろう知人の武運を内心祈った。




 時化が止み、2番艦"竜宮たつみや"の乗員に「総員艦首最上甲板」の号令がかかった。

 艦の周囲では漂流物の入り混じった白く濁った海がざわざわと揺らいでいる。

 昨晩まで唸りをあげていた海面はすっかりなりを潜めており、まったく静かなものであった。


「総員、傾注」

 肌を突き刺す寒風が艦首旗竿にさされた日章旗と軍艦旗の双方をたなびかせる中、珍しく勲章をつけ礼装に身をつつんだ士官と海兵が整列した。


 台に乗った渋谷艦長が、普段のくだけた表情を引き締め、乗員たちと一人一人目を合わせていく。

「護民艦隊総司令部より発せられた命令を伝達する。我が艦隊はこれより南方を航行する陸軍輸送船団を護衛するため、ソビエト艦隊と一時接触、牽制行動をとることになった。非正規戦闘も起こり得るため、諸子は各自の配置で全力で任務に臨むように」

 ついに来るべき時がやってきたのだ。

 海軍出の者は目を見開き、あるいは静かに瞑想し、商船出の者は血気盛んに歯を剥き、あるいは顔をひきつらせた。


「次っ、軍人勅諭は……、うちらがやるもんじゃないか。ええと、軍歌は……。商船出がいるじゃねえか。おいっ、シナッパチ!」

 頭をがしがし掻きむしり、渋谷が補充士官として乗り込んでいた通信士を呼んだ。

「はい!」

「お前、まずは商船の歌を歌え! その後、軍歌を歌う。それで軍民おあいこだ!」

「分かりました!」

 主計士が一歩前にでて、聞き慣れない歌を歌い始める。


「霞める御空に消え残る――」

 どうやら商船学校の寮歌であるようであった。

 一度通しで歌わせた後、それを真似て乗員が合唱する。

 一度では声が揃わず、慣れるまで何度か同じ歌詞を歌い続けた。

 ようやく声が揃ってくると、乗員に不思議な連帯感と高揚感が生まれ始める。


「次、決死隊。ミヤチ、手本を示せ!」

「分かりました」

 続いて千早が軍歌を歌う。


「君と国とに尽くすべく――」

 元軍人出の乗組員と商船出の乗組員が共に歌を持ち寄り合唱する。

 総員の感情は歌を重ねるたびに高まっていき、喉が枯れるほどの大声で歌い終えた時には自然と軍民の別なく、互いの肩を叩き合っていた。


「よし、抜錨する! 総員持ち場へ移れ!」

 渋谷の号令に応じて千早も部下を連れて、持ち場へと向かう。

 航空士の持ち場は当然、航空機の操縦席であった。

 整備士が甲板に置かれていた航空機のほろを剥がしていくと、海鳥のごとき湾曲した翼を持った、白い水上機が姿を見せる。


 海上護衛1型哨戒機――。ポーランドのPZL社よりライセンス生産を許されたP.11を水上機仕様に改装した新鋭航空機である。

 機体下部に単フロートを一基、両翼にサブフロートを一基ずつ取り付けており、運動性能は落ちてしまったものの、飛行艇に劣らない水上離陸性能を持つ。

 更に両翼にはイタリアのプレダ社が試験的に開発したブローニングM1919重機関銃が各翼1門ずつ備え付けられており、弾数こそ少ないものの、世界屈指の高火力を確保することに成功していた。


 だが、一番の特徴は何よりも機体を構成する素材にある。

 開発担当者のユーリが日本の伝統技術に"かぶれてしまった"ために、その素材の全面にわたって桐の古木や孟宗もうそうの古竹材が用いられているのだ。

 操縦席近辺は薄い鉄板を仕込んであるとは言え、防御性能に関しては、元のP.11よりもかなりお寒い状況となっている。

 だがその反面、空力性能に関しては格段の向上を見せていた。


 風防と継ぎ目なしの構造が影響してか、下駄付きだというのに最高時速は330kmを優に越える。

 その上、上昇中の失速も少なく、既存の三式艦上戦闘機をあらゆる点で上回る良性能を確保していた。

 意外なほどに良くまとまった航空機……、というのが千早と生田が共通して抱いた感想だ。

 護民総隊では、その海鳥に似た形状から"海猫"などとあだ名されていた。


「宮本分隊長、御武運を!」

「おう、まあ何事もないのが一番だけどな」

 操縦席に手早く乗り込む。

 計器の類はすべて日本式に直されており、背もたれの竹材以外は三式艦戦の乗り心地とさほど変わるところがない。


「発動機回せ、デリック動かせーっ」

宜候ヨーソロー

 "竜宮"に据え付けられたデリックのワイヤーが巻き上げられ、"海猫"が宙に吊り上がる。

 一番落ち着かない瞬間だ。

 翼でないもので宙に浮いているというのは、信用が置けなく気を使う。

 フロートが着水したところで、ほっと息を吐く。

 エンジン出力を徐々にあげていき、プロペラの回転を開始させる。

 フラップは下ろし、トリムタブも予め調整。

 やがて、"海猫"が海面を滑り出した。


「帽振れーっ」

 "竜宮"の乗員に見守られる中、千早の駆る"海猫"の1番機が空へと舞い上がる。

 千早を追うようにして2番機、3番機が後に続く。

 "浦島"の方を見やれば、やはり生田隊が順調に空へと飛び上がっていた。


先任隊長セタに合流する』

 手信号で僚機に合図を送り、生田隊へと合流する。

『進路、1時の方向』

 6機編隊となった護民艦隊航空部隊は、雲一つないオホーツクの空を飛び、ソビエト艦隊の待ち受ける海域へと機首を向けた。




 北西に向かって100km程の地点で、先頭を飛ぶ生田機が翼を斜めに傾けた。

 この仕草は俗に"バンクを振る"などと言われ、細かく伝えるまでもない意志疎通を図る際に良く用いられる。

 今回の場合は、『敵艦隊の発見』を意味していた。

 生田につられて水平線すれすれへ目を凝らす。

 複数の黒煙が見えた。

 先日の偵察結果と違わず、その内の2隻はオルフェイ級駆逐艦で、残る2隻は軍用哨戒艇である。

 艦隊は単縦陣を取りながら、前方を駆逐艦2隻が、後方に哨戒艇が随伴する形で航行していた。


『まずは領海外への退去を信号する。各機は高度を維持するように。戦闘指揮は宮本に従え』

 指示を終えた生田機が高度を下げていく。

 生田機をはじめとする"浦島"から飛び立った3機は、白く塗られたマッキを駆っていた。

 海上護衛2型哨戒機――。対潜哨戒を視野に入れ、低速でも安定した飛行を可能にした単翼機である。

 "海猫"に合わせて"カモメ"などというあだ名が付けられたようだが、生田のマッキ贔屓からあまり使われていない。


 ガル翼と楕円翼の違いから、一見して"海猫"との区別は容易につくが、実のところ一番の違いは下方の視認性にあった。

 操縦席の足元に大きな覗き窓がついているのだ。

 生田は"キンタマ冷やし"などと笑っていたが、これがあることにより、海面の哨戒能力は格段に向上していることは確かであった。


 ソビエト艦隊の近辺にまで寄った生田機が高度を下げていく。

 通信は光による英会話によって行われた。

『ここは日本の領海内なり。貴艦隊には速やかなる退去を求む』

 警告は3度、4度と繰り返し続けられたが、通信に対する返事はなかった。

 なしのつぶてである。

 千早は操縦席に取り付けられた時計へと目を落とした。

 黙々と7時の方位へと航行を続けるソビエト艦隊と、護民艦隊がかちあうまで最早時間がない。

 砲雷撃戦では総合火力で勝っている方が絶対的に有利になる。

 このまま両艦隊を正面対決させてしまうわけにはいかない。

 千早は風防を開けると、拳銃で信号弾を一発撃ちあげた。

『全機、戦闘用意』の合図である。


 生田が機首を返して艦隊から距離を取るのを見守ってから、機関銃の試射を行う。

 タッ、タッ、と軽快な音とともに7,7mmの弾丸が機首の向こう側へと飛んでいった。

 照準の類は取りつけられていない。風防に遮られ、既存の望遠鏡型照準器が取り付けられなかったのだ。

 そのため各機は自らの感性に従い、風防の一部に十字型の照準を墨書きすることで命中率の向上を図っていた。


 突如、生田機へ向けてソビエト艦隊より曳光弾が飛来した。

 こちらの試射に対する挑発なのかもしれない。

 幸い生田が回避行動を取ったため大事には至らなかったが、間違いなく撃墜するために放った弾丸であった。

 まだ互いに被害は出ていないが、これ以上の睨み合いは不用であろう。

 千早は2発目の信号弾を打ち上げた。

『全機、戦闘開始』の合図である。


 千早が背面飛行の姿勢を取り、逆落としの要領で敵艦隊目がけて降下すると、僚機がそれに続いていく。

 日露、欧州大戦の戦訓から、駆逐艦の装甲に小口径機銃が通じないことは分かっていた。

 まずは狙いを哨戒艇に絞ることとする。

 敵艦隊から高射砲と機関銃の対空射撃が撃ち上がるが、門数が少ないためか、弾幕というほどではない。

 高度500m。哨戒艇を十分な射程圏内に収めた。

 狙いは銃手だ。薄いとはいえ、対空射撃を封じ込めなければ、僚機に無用な犠牲が出る。

 両翼のブローニングが火を噴いた。

 7.7mm弾を撃ち込まれた銃手が力なく崩れ落ち、千早は心の内で念仏を唱える。

 その後も僚機による射撃が続き、哨戒艇の艦壁は見る見る内に蜂の巣状にとささくれ立った。

 見たところ、重要区画まで銃弾が貫通しているとは思えない。

 やはり、機銃で艦を無力化することは難しそうだ。


 射撃を終えた各機が上空へ舞い戻り、さらに降下突撃を繰り返す。

 まるで海面の魚を狙う海鳥の群れのような挙動であった。

 4度の攻撃で機関銃はほぼ無力化に成功したが、艦載砲ばかりはどうにもならない。

 更に厄介なことに僚機の無駄撃ちしすぎた連中が、弾切れを訴え始めた。

 千早は歯噛みする。

 砲雷撃戦で脅威となるのはあくまでも艦載砲と魚雷なのだ。

 航空戦力では、結局護民艦隊の不利を覆すことはできないのか。


『護民艦隊、視認』

 僚機の合図に焦燥感が募る。

 間もなく砲雷撃戦が始まってしまう。

 せめて敵艦隊の火力密度を減らすためにできることはないかと考えを巡らせ、

『各機、高度を維持し旋回を続けろ』

 指示を送って、合流した生田機に並ぶ。

 生田機は攻撃参加が遅れたため、まだ十分な火力を残していた。


『2機が高度を下げて、艦載砲を引きつけましょう』

 必死に考えた末、思いついた案がこれであった。

 生田は笑って、『任せろ』と返してくる。

 千早と生田の駆る2機が散開し、各駆逐艦へ狙いを定めた。

 軟降下の体勢に入り、出力を徐々に上げていく。

 高射砲の1門でも良いから、こちらを狙ってもらう必要がある。

 敵艦の目に留まりやすいようにと、機体の挙動は限りなく素直なものにした。


 高射砲の光が見えたら、方向舵ラダーを調整して寸でで避ける――、寸でで避ける。

 敵がこちらを無視するようなら、7.7mmを用いて無理矢理こちらへ注意を向けさせる。

 肝の冷える繰り返しであったが、仲間が死ぬより大分ましだ。


 と、オルフェイ級の艦載砲が火を噴いた。

 狙いは航空機ではなく、護民艦隊。砲雷撃戦が始まったのだ。

 初弾は"竜宮"から離れたところに水柱を建てるだけに終わった。遠弾だ。

 これから弾着修正を重ねて挟叉きょうさの状態にまで持っていくのだろうが、そんな悠長な弾着計算をさせるわけにはいかなかった。

 千早は海面を滑るように飛行しながら、オルフェイ級の1隻を凝視した。

 装甲は堅く、生半可な攻撃ではこちらへ注意を引くことも難しい。

 何か、手はないものか。

 忌まわしげに艦の兵装を睨み回し、あるものに気がついた。


 魚雷発射管である。

 参謀の大井が『3連装魚雷発射管』と呼んでいたそれは、日清戦争の時には既に実用化され、日露の日本海海戦では、両陣営ともに猛威をふるった兵装であった。

 だが、欧州大戦以降は長射程を確保できる巡洋艦以上の軍用艦から次々に取り外されていってしまう。

 誘爆を恐れるためであった。


 ――可燃物を狙えば、こちらを無視することもできなくなるのではないか?

 その推測を実証すべく、千早は風防に描かれた十字に目標を収めた。

 集中射撃。

 そして衝撃に"海猫"が激しく揺れた。

 被弾したわけではない。爆発の衝撃が予想外に大きかったのだ。

 激しい勢いで誘爆を繰り返す一隻の駆逐艦を見て、千早は自分の推測が正しかったことを知った。


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