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1932年 9月 トレントにて(2)

「ユーリ!」

 諸手をあげて千早たちの前に現れたのは、緑色の飛行服を着こんだ目元の特徴的な西洋人の男であった。

 はれぼったいまぶたと垂れたまなじりが、何処となく梅雨時のアマガエルを思わせる愛嬌を醸し出しており、飛行服よりも水夫服の方が似合いそうな風貌をしている。

 男は笑みを浮かべてユーリの肩を叩く。気安い態度だ。

 叩かれたユーリは愛想笑いを浮かべながら、彼のことを千早たちに紹介した。


「彼は知人のヴィトルト・ウルバノヴィチと言います。ポーランド空軍の若手パイロットで、何度かPZL社を通じて交流があったです」

「ん、軍人どうぎょうしゃさんが俺たちを呼んだのか?」

「いえ、皆さんを招待されたのは彼の雇い主であるオーストリアの令嬢です。何でもヤポンスキのパイロットに興味が沸いたと……」

「雇い主って……。他国のお嬢様に雇われる軍人ってのもどうなんだ?」

 いまいち日本の常識では図りかねる人間関係に生田は首を傾げていた。

 日本における軍人はあくまでも君主と国家の藩屏であり、予備役でもなければ副業に精を出す暇はない。

 建国して日の浅いポーランドでは事情が異なるのだろうか。

 ユーリは苦笑いを浮かべたままだ。細かい事情を説明する気はないようであった。

 ヴィトルトと呼ばれた男は物珍しそうに千早たち日本人を見回した後、生田に目をつけたようで手を差し伸べてくる。


「ミウォ・ミ。ドブジェ・ジェ・プシイェハーウェシ。ジェンクーイェン」

「ん? おう、宜しくな」

 物怖じしない生田は相変わらずの笑顔でヴィトルトに接する。

 互いに理解できぬ母国語で話しているというのに何処か通じ合うものがあったらしく、二人はにこやかに握手を交わし、肩を叩き合った。


「彼の雇い主、お城の庭園で待ってるみたいです。ヴィトルト氏が案内してくれるそうなので、行ってみましょう」

 元よりこちらは招かれた身である。

 特に異論があるわけでもなく、ヴィトルトの先導に応じて一行は古城へと歩みを進めた。

 道中、生田が何処か面白がるような口調で耳打ちしてくる。


「あいつ、相当出来るぞ」

「ウルバノヴィチ殿がですか?」

「おう。あれは相当な時間数、操縦桿を握った手のひらだった」

 一般に飛行機乗りの腕前は、総飛行時間――。つまりは操縦桿を握った量に比例するものである。

 若手の身で生田に「出来る」と言わしめる程となれば、相当の修羅場をくぐりぬけているに違いない。


「やりあってみたいなあ」

 ヴィトルトの背中に目をやりつつ、歯を見せて生田が笑う。

 性質の悪い戦闘狂だ。

 ただ、気持ちは分からなくもなかった。


 堀にかかった跳ね橋を渡り、古城の中へと足を踏み入れる。 

 四辺形に縄張りされた石造りの要塞だ。

 何処となく中世を感じさせる面影が感じられることから、築造年代も相当に古いのだろう。


「ロッカ要塞です。12世紀にヴェネチア人が築きました。今は図書館兼美術館になってるです」

 ユーリの説明に「道理で」と千早は一人納得する。

 12世紀というと、日本では平安末から源平合戦辺りががそれに当たるはずだ。

 何と700年以上前である。そのような古戦跡が今も形を持って残っていることに驚きを禁じ得ない。


 母国において当時の面影を残す遺跡と言えば、寺か神社くらいであり、古い戦史跡のほとんどは荒れ果てた自然に呑まれてしまっていた。

 国破れて山河あり、つわものどもが夢の跡とは言うものの、こういった史跡が西洋にのみ残されているというのは、少々羨ましい。


「ここ、だそうです」

 草木で作られたアーチをくぐり庭園に出ると、そこにはぶどう酒の香り漂う華やかな茶会の場が設けられていた。

 並べられた白い円卓の上には冷えたグラスが用意され、卓の隙間を給仕たちが行き交っている。

 粗野な笑い声が絶えなかった外とは、比べるべくもない別天地であった。


「あれが他国の飛行機乗りって奴かな」

 生田の呟きにつられて辺りを見回してみると、接待を受けている者の中に飛行服姿をちらほらと見つけることができた。

 そのいずれもが自信に満ちあふれた面構えをしており、徒者ただものでないと一目で分かる。

 恐らくは、千早たちを先導するヴィトルトと同格か、それ以上――。

 少なくとも、未熟者ジャクがこの場にいないことだけは間違いなかった。


「彼らは外の"応募組"と違って、主催者が招いた"招待組"なのだそうです。賭け試合には花形が必要ですから。競技パイロットだけではなく、各国の軍人も混じっています」

 成る程。彼らは確たる実績をもって、この場に招かれた身のようだ。

 それならば、彼らの備える風格にも納得がいく。

 誰が誰だか見分けがつかないが、この中には欧州大戦を生き抜いたベテラン・エースパイロットもいるかも知れない。

 好奇心を刺激された千早は茶会にいる面々を見回し、そして――。絶句した。

 ここにいるはずのない顔を見つけてしまったからである。

 千早は思わず駆けだした。


「ミスター・ショート!」

 なみなみ飲み物が注がれたグラスを手に持ったまま、純白のドレスをめかしこんだ女性の相手を退屈そうに続けていた若者の一人が、急な呼び声に困惑の表情を浮かべる。

 そばかすと、焦げた金色の短髪が目立つ大柄の若者だ。

 恐らく千早と同い年か、それより2、3若いくらいだろうか。


 兵学校卒業者の中でも図抜けた視力を誇っている千早が、一度空で戦った相手の顔を忘れるはずがない。

 彼は……、蘇州で戦死したはずのロバート・ショートそのものであった。

 くすぶっていた未練が、にわかに燃え上がっていく。

 千早はすがるようにして、若者にまくしたてた。


「良かった。ニュースの戦死記事は誤報だったんだ……。あんな終わり方はないと思っていたんです。本当に……。良かった!」

 その剣幕に圧され気味であった若者は、次第に理解の色を見せ始め、

「中国人か?」

「いえ、貴方と戦った日本人です。蘇州の空で、あの時に――」

 千早は最後まで続けることができなかった。

 顔色を変えた若者に、渾身の力で殴り飛ばされたからである。

 視界が反転した。

 円卓が横倒しになり、グラスの破片が散乱する。周囲からいくつもの悲鳴があがった。


「お前が兄さんを――ッ!」

 返り血の付いた拳を怒りで震わせながら、若者は歯をむき出しにして怒り狂う。

 どういうことだ。

 彼はロバート・ショートではないのか。

 やはり、ロバート・ショートは死んだのか。

 決死のフラット・スピンを生き延びて……、だと言うのに、呆気なく死んだのか。彼は。

 混乱する千早に若者が追い打ちをかけようとする寸前、


「……ミスター・エドワード。彼らは、この私がお招きしたのですけれども?」

 先ほどまで若者と歓談していた女性が、眉根を寄せてたしなめた。

 その制止の声を振り払うように腕を振るい、若者は猛然と抗議する。


「こいつらは日本人だ! 日本人は兄さんの仇なんだっ」

 令嬢はしばし思案する素振りを見せたものの、すぐさま首を横に振り、

「それでもここでどうにかするものではありません。貴方はこの会場を戦場にするつもりですか。戦場にして、それで?」

「仇を取る!」

「今回の催しを台無しにしても?」

 うっ、と若者の言葉が詰まった。


「貴方、この催しでなすべきことがあったのではなくて?」

 悔しそうにわなわなと身体を震わせ、千早たちを睨みつけた後、

「糞ジャップ……ッ」

 大股で会場から退出してしまった。

 残された千早たちからしてみれば、何が何だか良く分からない。


「大丈夫か? 宮本。とりあえず、これで顔の血拭いとけ。止血は必要そうか?」

「いえ、多分唇を切っただけで、大丈夫です」

 半ば呆然としながらも立ち上がる。

 殴られた怪我の方は、唇を少し切った程度で大事ない。

 それよりも、かの若者の方が重要であった。


「……弟がいたんですね。あの米国人には」

「そりゃあ、人間なんだから家族くらいいるだろうよ」

 何処か無機質な物言いで生田が返してくる。

 蘇州のあの地で、ロバート・ショートに止めの一撃を与えたのは生田であった。

 あの戦いには、彼なりに思うことがあったのかも知れない。


 ロバート・ショートは紛うことなくエース・パイロットであった。

 その腕前は、練度不足の目立つ国民党軍の中でも特に際だっており、乱戦に次ぐ乱戦の中、瞬く間に味方の機体を葬り去っていく様は、今もなお悪夢として思い出すことができる。

 そんな難敵を相手にしてのことであったが、果たしてエンジンを停止させた機体に追い打ちをかける必要まであったのか。


 胸の痛みがにじみ出す。

 千早の内に、どうしようもなく若者の後を追いかけたいという衝動がわき起こる。

 追いかけて、あの戦いのことを話して、それで……。

 千早は俯く。

 そして、わき起こる衝動をぐっと押さえ込んだ。


 ……追い打ちをかける必要は、間違いなくあった。

 あそこでロバート・ショートを仕留めなければ、再び戦場に舞い戻った彼によって、味方の損害は加速度的に増していったはずである。

 軍人として、同じ釜の飯を食む仲間を守るため、敵に情けをかけなかった生田の行動は、間違いなく正しい。


「軍人なんだから、恨み恨まれもする。ただ、できれば誰かを恨んで空を飛ぶってのしたくねえなあ。空が湿気っちまうよ」

 生田の自らに言い聞かせるような呟きに、千早も静かに頷いた。



「あの、もし? 日本人の方々」

 しばし物思いに耽っていた一行であったが、令嬢の呼びかけによって、現実へと引き戻される。

 そもそも、千早たちは彼女に呼び出されたのであった。


「まずは謝罪を。私の招待者が無礼をしでかしたようで、まことに申し訳なく思いますわ」

 彼女は白い手袋に包まれた指先で純白のドレスの裾をちょこんと摘むと、見事な洋式のお辞儀(カーテシー)をしてみせた。

 腰まで届く、ふわりとした焦げ茶(ブルネット)色の髪が特徴的な女性だ。

 その所作と、英国式の発音は実に板に付いており、その生まれの確かさが容易に読み取れる。

 彼女は形式的な謝罪を終えると口元に指を当て、気まぐれな猫を思わせる――、何処か人を食ったような態度で笑みを浮かべた。


「そして、ごきげんよう。私はアレキサンドリーネ・シャルロッテ。私は自由な市民ですから、初見で姓は名乗らないことにしておりますの。だから、気安くロッテと呼ぶことを許しましょう」

 さあ、握手をしてあげます。と一行の一人一人に握手を求める。


「どうも」

 千早は彼女、ロッテと握手をしながら、彼女の態度に何処か既視を感じていた。

 この、上から目線で人の話を全く聞かなそうな態度には覚えがある。

 彼女は恐らく……、思いつきで散々人を振り回す手合いであろう。

 そして、思いつきに満足した後は反省することもなく、次なる好奇心の矛先を捜し求めるのだ。


「あっ、要か」

「あら、何のこと?」

「ああ、いえ。こちらのことです。お気になさらず」

 鼻筋の通った、端正な顔立ちに疑問符を浮かべる女性版――中地要に対して、千早は慌てて取り繕う。

 まさか、当人に向かってあまり良い性格をしてなさそうだ、などと言えるわけがないではないか。


「先程の米国人も、"招待組"なのですか」

 ごまかしがてらに若者の出ていった方へと目を向けながら問うと、ロッテの吐くため息が聞こえてきた。


「いえ。エドワード・ショート"予備役"少尉……。彼はアメリカの軍人で、"応募組"として今回の催しに参加しておりました。あまりに試合の成績が良いものだから、こちらへとご招待差し上げたのですわ」

 "予備役"の部分が脳裏にこびりついた。

 千早が軍を退いたように、彼にも何か事情があるのだろうか。

 その問いに関しては、エドワードと共にロッテの接待をしていた若者の一人が答えをもたらしてくれた。


「あいつは不名誉騎士みたいなもんだからな。今は」

 気安い口調で男は言う。

 ニヒルな笑みを絶やさない、いかにも欧米人といった手合いの男であった。


「貴方は?」

「ああ、ジョン・サッチだ。合衆国でテストパイロットをやっている。さっき出ていったエディの教官でもあるし、ロバートの友人でもあったよ」

 手をひらひらさせながら、こともなげにジョンが言った事実に千早は驚く。


「あのロバート・ショートと友人だなんて、日本人の前で随分軽く言うもんだな」

 生田の呟きは尤もなものであった。

 何せ、目の前に友人の仇がいるのだ。

 先のエドワード同様の態度をとったとしてもおかしくはない。

 だからこそ、千早はジョンに問いかけた。


「……我々を憎んでいないのですか?」

「いちいち戦場で人を憎んだり恨んだりしているのか? 君は」

「それは……」

 即答で質問に質問を返され、一瞬言い淀んでしまう。

 殺された者、殺した相手によっては、当然憎んでしまうかもしれない。

 だが、少なくとも蘇州の戦いで千早がロバートに対して抱いた感情は、憎しみとは程遠いものであった。

 誰かを恨んで空を飛びたくないという、生田の呟きが思い起こされる。

 千早は素直に思ったことを口に出すことにした。


「憎まないように、したいとは思います」

 その答えに、ジョンは口元を緩める。


「オーケイ。ならば、私も同じ答えを返そう。戦士は戦場のことだけを考えるべきだ。無論、友人の死が惜しくないとは言わないがね」

 海軍士官に好まれる、潮気の効いた受け答えであった。

 生田もこれには好感を持ったようで、ほっとしたような、興味がわいたような、そんな表情を浮かべている。

「何ていうか、器の大きい奴だな。あんた」

「大抵のことには合理的かつ寛容であると自覚しているよ。ああ、戦場で負けることだけは外しておいてくれ。自分が負けるのはすごく、嫌なんだ」

 ウインクをしつつニヒルな微笑みを崩さないジョンの態度に、雪解けのような笑い声が微かにあがった。

 場の空気が若干緩む。

 ジョンは満足げに頷きながら、その瞳に好奇心を覗かせた。 


「私としてはむしろロバートと君らがどう戦ったのか……、そちらの方が気になるところだ。彼は勇敢に戦ったのか?」

 話しても良いか、と千早は生田に目で問うた。

 返ってきた答えは許容。

 ロバート・ショートの友人たる彼には、ことの仔細を知る権利があるだろう。

 生田と共に、蘇州での空戦の模様をこと細かく説明し始める。


「強敵でした」

 彼の飛行が目に浮かぶ。

 全ての機動に意味があるかのような、無駄のない手堅い飛行を彼はしていた。

「……まるで、後ろが見えているかのようなパイロットでした。こちらが狙おうとすれば、すぐに軸をずらしてくる」

「機体の良さもあったが、あいつの強さは間違いなく戦場の位置取りにあったなあ。とにかく、有利な状況を維持し続ける戦い方だった」

 千早たちの説明に合点のいったジョンは、しきりに相づちを打っている。


「まさしくロバートの戦い方そのものだ。君たちの話は、信用に値するね」

「合衆国にはあんなエースばかりいるのか?」

「まさか」

 生田の問いに、ジョンが吹き出した。


「彼はスペシャルだ。同世代では彼とドッグファイトをして勝てる奴なんていなかったさ。彼が"非国民"の烙印を押されたとしても、合衆国随一のエース・パイロットであった事実は揺らがないよ」

「……"非国民"?」

 千早は耳を疑った。

 あれだけの腕前を持つパイロットが、非国民――。つまり、母国にとって害ある者と見なされているというのか。

 そんな、まさか――。

 冗談であると笑い伏そうとしたが、ジョンは更に続けた。


新聞タイムズを見ていないのか? 現在の彼は独断で国の命令を破り、勝手にジャパニーズに喧嘩をふっかけ、無様に負けた無能者として有名になってしまっているんだよ」

「ありえない!」

 思わず、声を荒げてしまう。

 千早が蘇州で戦ったあのアメリカ人は、今までに出会ったパイロットの中でも、五本の指にはいる腕前を持っていた。

 彼の腕を否定することは、彼に撃ち落とされた帝国海軍のパイロットをも否定することになる。

 そんな男が、母国で無能の烙印を押されてしまっているなど……。到底耐えられることではない。


「ありえないのは分かっているがね。残念なことに、これが合衆国なんだよ」

 ジョンは諦観の笑みを浮かべ、グラスを鳴らした。


「ロバートは蘇州での戦いに加わる際、友人に対して参戦の理由を言い残しているんだ。『ジャップがチャイニーズの女子供の乗る列車を爆撃するらしい。俺が空を飛んで、助けてやる』ってね」

「おい、待て。列車なんて攻撃目標になかった。俺らの目標は、あくまでも国民党軍だったぞ」

「誰かが、ロバートをそそのかしたんじゃないか? アメリカ人というのはね、弱者を守るヒーローという図式がひどく好きなんだよ。一度、自分たちが正義の味方であると自覚できれば、何処までも強くなれるものなのさ。ただ……」

 ジョンが深いため息をつく。


「ひとたび正義をかざして負けた者には何処までも辛く、冷淡だ。負けたってことは正義じゃなかったってことでね。つまり、彼は間違っている。何が間違っていたのか。無能だったからだ」

「そんな……」

 受け入れがたい事実であった。

 戦術的視野に立てば、勝負に絶対などありえない。

 いくつもの不確定要素が複雑に絡み合ってくるからだ。

 そんな時の運に左右されるあやふやな基準をもって、人の正義・不正義を断罪するなど……。それこそ絶対に間違っている。

 ジョンもそう思ったのか、少し寂しげな表情で空を見上げた。


「あれはエディの機体だな」

 レシプロ音が上空で高鳴っている。

「彼は……、冷酷な判決を下した世間を見返してやりたいと思っている。だから、軍を退いてまでこうして地中海の賭け試合にまで出向いて名を上げることにしたのさ。自分の名誉は兄の名誉に繋がる。ロバートの汚名をすすぎたいんだ」

 濃紺の機体が陽の光に照らされて、空で煌めく。

 複葉ではあったが、流線型の、とても綺麗な形状をしている。

 敵はのっぺりとした主翼を持つオランダの複葉機――、フォッカーであった。

 巴戦が始まる。

 流石に賭け試合に出るだけあって、両者ともに"分かっている"動きを続けていた。

 無様な失速は起こさないし、旋回中に相手に向けて背や腹を見せることもしない。

 両者ともに譲らぬ戦いが繰り広げられる。

 欧州大戦において大活躍した名機に対して、エドワードの機体は少しも劣らぬ機動性を披露していた。


「良い機体だな、アメリカの新型か?」

「カーチス社の試作機だよ。ミスター・ドーリットルの伝手で貸与されているんだ」

 生田がごくりと唾を飲み込んだ。

「……シュナイダー・トロフィーレースの優勝者じゃねえか。製造元も、後援者も」

 エアレース界の一級品が、雲を引いて旋回する。

 兄の機動を彷彿させる、滑らかな飛び方だ。

 レース仕様のチューニングが施された機体はとかく癖が強いものだが、機体に乗られている感は全くない。

 それだけで、エドワードの操縦技術の高さが良く分かるというものだ。


「カーチスが機首を上げた。吊り上げか?」

 深い角度で2機が高度を上げていく。

 カーチスのエンジン周りから白煙が噴き出した。

 スロットルをWEPにまで引き上げたのだ。

 唸りを上げた高出力エンジンが、エドワードの機体を更に更にと引き上げていく。

 エンジン馬力の差が、勝敗の天秤を大きく揺り動かした。

 あまりの上昇力の違いに旧式のフォッカーでは手も足も出ない。

 フォッカーが失速したところに、機首を転じたカーチスが急接近を行う。

 射撃角度がピタリと合っていた。


 わあ、と城の外から歓声が湧き上がる。

 勝敗を表す色つきの花火が打ち上がり、歓声を一身に受けたカーチスが軟降下の体勢に入る。

「敵も観衆も一顧だにしねえ。まあ、何とも無愛想なもんだな」

 生田が呆れたように言う。

 特に凱旋もせず、淡々と降下を続ける様はまるで敗残者のフォッカーなど、始めからいなかったかのような態度であった。


「身内の弁護は見苦しいものだがね。必死なんだよ、エディも」

 尾翼に塗られた星条旗が、きらりと輝いた。

 星は自ら光を発する時――、自らの身体を熱で焼き焦がすのだと言う。

 千早には尾翼のそれが、パイロットの悲壮なまでの覚悟を強くあらわしているように思えた。


※エドワードやアレキサンドリーネ達は、モデルはいますが架空の人物です。


以下、自分の備忘用も踏まえた今後の予定。

次回で空戦パートひと段落して、幕間に内政パート。

その次が多分海戦です。

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