序章
魔法と科学が発展した世界で、魔法と信仰の国『サンドレイク』は広大な土地を有し、農耕を中心に発展してきた。モンスターの生息するエリアに囲まれながらも、積極的な親交と貿易で多くの国と同盟を結び、平和を維持していた。
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晴れやかな青空の下、大勢の人々を眼下に見る、サンドレイク城のバルコニーに少女が現れた。
と、同時に歓声が響き渡る。
そして、少女が話し始めると辺りは静寂に包まれ、少女の発する声だけが世界を彩っていた。
少女の名は、『マリアーナ』。王女でありながら、身分の分け隔てなく接し民の声に耳を傾ける姿と、年不相応な落ち着いた立ち振る舞いや美しさから、十六歳にして『慈愛の女神』と称され、国の繁栄と平和の象徴となっていた。
風がマリアーナの髪を揺らす。美しく銀色に煌く髪が再びその肩に降りたとき、言葉を紡ぎ終えた彼女は微笑み一礼する。それに呼応するように歓声があがり、マリアーナは城の中へと姿を消した。
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自室の扉を閉めたマリアーナは、ベッドにダイブすると仰向けになり、ため息をつく。
「はしたないですよ、マリアーナ様」
白い甲冑に身を包んだ青年が「やれやれ」といった表情で注意を促す。
『シリウス』は、マリアーナ付きの騎士として彼女が幼少の頃より側にいて、年の離れた幼馴染でもある。現在は『千年防壁』の二つ名と聖騎士長の位をもち、国の防衛と平和を担う四天王の一人だ。
「自分の部屋なんだから大目にみてよ、シリウス」
「城内では王女としての自覚を持ってください」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
過去、何度も繰り返された会話が長い沈黙に変わる。
「『ミランダ殿』に報告しますか?」
「・・・卑怯者」
メイド長のミランダには、幼い頃に厳しく躾けられたトラウマからか成長した現在も、つい萎縮してしまう。
メイド長の名前を出されたマリアーナは、納得いかないという顔を隠そうともせず立ち上がると、深呼吸して微笑む。
「これでよろしいですか?シリウス様」
さっきまでの口調から一転、雰囲気までが変わったマリアーナが問いかける。
明朗快活、自由奔放、おてんば娘。生来の彼女は、そんな言葉が似合う。だが、多くの民や家臣たち、なにより王である父のために王女としての、もう一人の自分を演じる道を選んだのだ。
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陽が沈み、静まり返った城内。
マリアーナの部屋の前でシリウスが立ち止り、軽くノックをしながら声をかける。しばらく待っても返事がないことに、ため息をつきつつ扉を開けると、薄明かりの中で窓に向かって佇むマリアーナがいた。
「今夜もですか?カレン」
問われた彼女が振り向くと、マリアーナの姿が消え、代わりにメイド服の少女が現れる。
「・・・ハイ」
苦笑いしつつ答える彼女の姿に(しょうがないな)と思いながらも、ため息が止まらなかった。