黒の三人(ブラック・トリニティ)
「お世話になりました」
「いいのよ」
何かあったら呼んで頂戴、と笑顔で言うフェイスに頷くと、結はジェラルドとともに、フェイスの転送術によって黒檀城に移動した。
襲撃を受けてはや三日。体調が戻ったジェラルドと、それをからかうフェイスの漫才のような会話になじんできたところだった。しかし入城は早い方が良いだろうということになり、ジェラルドの師匠でもあるフェイスの術で、移動することになったのだった。
二人の掛け合いは面白く、ジェラルドは度々大声を出したり苛ついたりしていたが、互いをよく理解し信頼しているのが感じられ、結は暖かな気持ちで体を休めることができた。
ゆえに、結はすぐに移動するのを内心嫌がったが、さすがにこれ以上迷惑をかけるわけにも、すでに黒檀城にいる黒の王と僧侶を待たせるわけにもいかないと思い、二人の決定に従うことにしたのだった。
***
「やっぱり広いな」
「わ……」
数秒の不思議な感覚の後、ゆっくりと目を開いた結は、玄関ホールのような広い空間に思わず変な声を出してしまった。
磨き上げられた床に、重厚な柱。装飾はそれほど華美ではないが、上等なものであるのが結にもわかった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
近付いてきた案内人に頷いたジェラルドに続いて、結は城の廊下を進んでいった。
通り掛けに何人か、エプロンをつけた女性とすれ違ったが、二人を視界に入れた途端、ふわりと笑顔を浮かべて礼をとったのが結にはむずがゆく感じられた。
何度か廊下を曲がり、ようやくたどり着いた扉は他の部屋のものより重厚なもので、結は少しだけ萎縮した。
それに気付いたのか、軽く笑いを浮かべたジェラルドは結の頭をぽんとたたくと、特に気負うことなくノックをし、大きく扉を開いた。
「いらっしゃい、黒の騎士。ようこそ黒檀城に」
部屋にいたのは二人の男性。声をかけてきたのは長髪を一つにくくった優しげな笑顔の男で、ソファーから立ち上がっていた。もう一人は椅子に座ったままこちらを値踏みするような視線を向けている。
二人とも、つややかな黒髪だった。
「……どうも」
意図せず固まってしまった結はそれきり何も言えずに立ち尽くしていた。
「こいつがユイ。わかっているだろうが、黒の騎士だ。
ユイ、こっちの長髪が僧侶のエリアス、あっちが王のウィルフレッドだ」
ジェラルドの紹介に、何だその言い方はと鼻を鳴らすウィルフレッドだったが、エリアスの笑顔にびくりと肩を揺らして気まずげに顔をそむけた。
一瞬で彼らの力関係が垣間見られ、思わずふっと笑った結に、内心心配していた三人は、互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
***
とりあえずは話でも、ということで、侍女の運んできた香り高い茶と茶請けの菓子を口に運びながら、主にジェラルドがこの一月の出来事を二人に話して聞かせた。
「……そうでしたか」
それは大変でしたね、と言うエリアスにゆるりと首を振って、結は口を開いた。
「確かに突拍子もない出来事だらけでしたけど、いろいろな人が助けてくれましたから」
結の迷い無いまっすぐな目に、向かいのソファーに座るエリアスと、一人掛けの椅子に座るウィルフレッドは驚いたが、それを表には出さずにそっと息を吐いた。
彼女をこちらに連れ戻すことになったのは半年ほど前のこと。白の王が黒の騎士を探し続けているということが判明し、これくらい成長していれば魔力の制御もしやすいだろうということで、急いで結を探し始めて見つけ出したのが二月前。
そして、城にいる精鋭の魔術師に加え、稀代の女魔術師フェイス、結の血縁者のジェラルドを動員し、白の王に気付かれないように慎重に結をこちらの世界に転移させたところまでは良かった。
しかし、もともと切れかかっていたのか、結の魔力の封印が解けたせいで大幅に到着地点がずれ、二日ほど結の行方を捜索することになったのだった。
「あなたは、怒らないのですね。いきなりこちらに連れてきてしまったことを」
思わず尋ねたエリアスに、結は不思議そうな顔を向けた。
「異世界なんて、コンタクトの取りようが無かったでしょう?まあ確かに早く教えて欲しかったです。特に、自分が何者なのか、というところは」
言葉を切った結がちらりと見上げれば、気まずげにジェラルドは視線を逸らした。
その様子に笑い出した黒髪の青年たちを、笑われた本人は小さく舌打ちをして睨み付けた。
「そこは怒っているんですね」
くすくす笑い続けるエリアスに、クッキーをつまんでいた結は何でもない風に答えた。
「特に理由がないなら隠す必要はないでしょう?」
まだ隠していることがあるみたいですけど、と言ってつんとそっぽを向いた結に、ジェラルドは勘弁してくれと頭をぐしゃりと掻いた。
茶と菓子の香りに満ちた部屋に、楽しげな笑い声が響いた。