襲撃
黒髪の少女をかばうようにして立つ青年が、焦ってはいるものの自分を恐れてはいないことに気付き、男――セーファスはわずかに目を瞠った。
自分の見立てと噂が正しければ、この青年はかなりの魔術の使い手だ。頭も良い。自分が何をしようとしているのかだけでなく、何者であるかも、彼には分っているはずだった。
しかし、自身をじっと睨むようにしている青年の目からは突然のことに対する感情しか読み取れず、むしろ闘志さえ感じるほどだった。
これは面白い。セーファスは心の中でそうごちるとおもむろに口を開いたが、言葉を発す前に何者かに抜身の剣を突き付けられ、ゆっくりと振り返ることとなった。
「動くなよ、白の騎士セーファス。このタイミングで死にたくはないだろう」
耳に入った知り合いの声に、結は思わず目を見開いた。しかし、見知っているとはいえ彼の、肉屋の店主の鋭い殺気のために声をかけることは憚られた。
「すまぬが、私はお前を知らんのだがな」
「残念ながら、俺はよく知っている。そいつの……ジェラルドの師匠もな」
言葉が終わるとともに剣を抜き放って肉屋に向かい合うセーファスだったが、その瞬間周りの風景が一変したのに気を取られ、ジェラルドから意識を逸らしてしまった。
それは時間にしてほんの数秒だった。しかし何が起こったのか理解したセーファスが錯乱術を解除し、ジェラルドに向き直った時にはもう、ドアの前にいた二人は姿を消していた。そこにはあったはずのドアさえなく、ただの廊下の行き止まりになっていた。
「これはこれは、若者に一本取られるとはな」
笑いながら言うセーファスに、苦々しげに肉屋の店主は吐き捨てた。
「で、あんたは俺と戦う気はあるのか」
「無い。あの娘を、もう追うことはできまいよ」
「何だ、ようやく分かったのか」
からかうような店主の言葉には何も返さず、ただの壁になったところをじっと見つめてから、セーファスは踵を返した。
逃げられてしまったら仕方がない。あの名高い魔術師のもとに囲われたのなら、長年鍛錬を怠ったことのないセーファスでさえも太刀打ちできないのだ。
「フェイス……お前が目をかけただけあるな。良い魔術師になった」
誰に聞かせるわけでもなくそう呟くと、セーファスは転移術を使ってジェラルドの家を後にした。