建国神話
「お前は、黒の騎士だ」
聞きなれない言葉に首を傾げた結に、ジェラルドは淡々と述べていく。
「この国のしくみについては前に少しだけ話したな」
今いるジークランド王国は名前の通り王制を敷いている。王城は西と東にあり、それぞれ黒檀城と白鳥城と呼ばれている。黒檀城の主を黒の王、白鳥城の主を白の王と呼ぶ。
王は世襲制ではなく、国民の中からそれとわかる形で誕生したものが次の王になる。王は即位すると、次の王の即位まで不老不死になる。死を恐れた現王が次王になるべき人物を殺してしまうことを防ぐため、王城を国の最も離れた二か所に置き、次王は現王のいない城で即位までの時間を過ごす。
「王の特徴は、髪の色だ。白の王、つまり今の王はごく薄い白金色の髪を持つ。そして、黒の王、次王の髪は……」
一度軽く俯き、再び見上げたジェラルドの射抜くような強い目に、結は、自分が一人ではどうしようもないくらいの大きな流れに巻き込まれていることを確信した。
それと同時に、予想がついていた。
黒の王の髪は、
「黒だ」
ジェラルドのその言葉で、結が髪を隠さなければならなかった理由が半分分かった。命に係わるくらいの重要な特徴である黒髪を、結は持っていた。
しかしもう半分が分からない。なぜなら、今の黒檀城には次王がすでに入っているからだ。
結の疑問を汲み取ったのか、ジェラルドは表情を変えずに口を開いた。
「政治は王だけでは成り立たない。建国神話にある初代の王は、他国に意味なく干渉し軋轢を生じさせ、些細なことで国民を罰し、軍事力でもって国民だけでなく他国までも蹂躙した」
初代王のその行いは天の怒りに触れ、王はほどなくして倒れた。そして焦土と化した国の中心に男が三人現れ、こう言った。”我々は、この地を治めよとの仰せを受けた”と。
三人は年も背格好も違ってはいたが、みんな髪が灰色だった。一人は国の内外のことをよく知り、口がうまかったが同時に真摯な心を持っていた。もう一人は言動こそ苛烈であったが他者を重んじ、弱いものを助け、人々を教え導いた。最後の一人は武勇に優れ、盗賊や魔物から人々を守った。気さくで驕らず、人をよく惹きつけたが一生独身を貫いたという。
この三人の指示の下、国は整えられ、人々の生活も豊かになっていった。
そしてある日三人は、長らく自分たちを支えてくれた人々と酒を酌み交わしてこう言った。”我々の役目は終わった。これからはお前たちでこの国を支えていってくれ”
その言葉に人々は皆驚き、口々に三人を引き留めたが三人は意思を変えなかった。
”我々はもとは天に仕える者。然るに、天に戻らねばならない。”
”しかし、地の民ではうまく国を治めることができないことが分かった。一人のままでは力が強すぎるが、二つに分かれればちょうどよいだろう”
この三人は、下界が荒れる度に天から派遣されていたのだが、あまりにも地上の民が愚かさを改めないことに、いい加減辟易していた。そのため、天の民として戻ることをせず、己の力を二つに割いて、片方に地の民として新しい命を与え、自分自身も地の民となってこの国を支えることにしたのであった。
「命を与えられた方は美しい白金色の髪を持ち、元の三人は漆黒の髪となり、白金色の髪の三人が国の要になったのち、黒髪の三人は穏やかな死を迎えた。その後50年ほどして、国内で黒髪の子供が三人生まれた。三人は、体にそれぞれ王冠、天秤、剣の形のあざを持っていたという」
これが建国神話だ、とジェラルドは結び、ソファーに移動して結を手招いた。
隣に座った結の頭をなでながら、ジェラルドの話は続いた。
「建国神話のプラチナブロンドと黒髪の三人組は、国としてまとまる際にそれぞれ外交と内政を掌る王、裁判と法を司る僧侶、軍を率いる騎士となり、現在のジークランド王国を立ち上げた」
ここまで言われればもう、結にも理解できた。
「王は政治、僧侶は司法、騎士は軍事力……面白いくらいできた世界ですね」
あっちでも似たような権力分散の形がありましたが、とつぶやくように結が言えば、ジェラルドは苦笑を浮かべて半開きのカーテンの外を眺めた。
「つまり、あなたは私が何なのか、どういう状況なのか知ったうえで黙っていたということになりますね」
努めて淡々と述べたつもりだったが、結の言葉から怒りを感じ取ったのか、苦笑を深めたジェラルドは素直に謝った。
「黙っているわけにはいかなかったが、もう少し後でもいいと思っていた」
こんなに早く、白の王に感付かれるとはな、とため息を吐き、湯を沸かそうと立ち上がると結もそれに続いて立ち上がった。
***
「じゃあ、私は黒檀城に向かうべきですね」
でもあの人に次会ったらきっと逃げきれない、と結が言えば、ジェラルドに案があるようで、任せておけと言われたので移動方法にいては深く問わないことにして淹れたてのコーヒーを啜った。どうせお得意の魔術でも使うのだろう。
そういえば。
ふと浮かんだ疑問を投げかけようと、窓際にいるジェラルドの方を振り返ったその時、うなじのあたりがぞわりとするのを感じ、足を一歩引いたとほぼ同時にジェラルドにかばわれる形で結は床に押し付けられた。
一拍遅れてした耳をふさぎたくなるほどの衝撃音からして、家中の窓ガラスが割れたようだった。
結をかばったジェラルドは、背中にガラスの破片が当たったのを認識する間もなくすぐに結を立ち上がらせて、周囲を警戒しつつゆっくり移動を始めた。
何が起こったのか理解したらしく、黙ってついてくる結を庇いながら廊下を進み、目的のドアに手を伸ばしたその時、後ろから強烈な威圧感に似た感覚を覚えてジェラルドは勢いよく振り向いた。
「その者を渡せ」
威高々と言ってのけたのはフードを目深にかぶった壮年の男。少し前に、結に声をかけてきた男だ。その気配だけでも、経験も能力も、自分よりはるかに上であることをジェラルドは見抜くまでもなく感じ取っていた。
「断るといったらどうする?」
後ろ手にドアノブをまさぐりながらジェラルドが答えると、男はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「殺しはしない。この襲撃も、私の本意ではない。おとなしくその者を渡せばよし、そうしないなら捕まえるまで追うまでよ」
驚くべきことを泰然として言ってのけたこの男であるが、二人はよく分かっていた。彼を押さえなければ、結を追う間に町が破壊される恐れがある。町の住人すべてが、人質に取られていた。