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平穏と暗転

異世界で過ごすこと約一か月、こちらでの生活に慣れてきた結は外出の許しを得ると髪をまとめ上げ、薄手のケープのフードをしっかりかぶってから市場へと向かった。


台所を制した結が最初に要求したのは食材の調達だったが、ジェラルドは結自身が買出しに行くことを許さず、しばらくは思うような料理が作れずにずっと結はやきもきしていたのだった。


だが、最近になってほだされてきたのか、徐々にジェラルドの態度が軟化してきたのを見逃さなかった結の説得によって、ついに、髪を隠すことを条件に外出ができるようになったのだった。



「おう、嬢ちゃん。今日は何が入用だ?」


「こんにちは」



初めての市場はかなり活気に満ちており、人ごみに紛れかけたところをジェラルドが腕をつかんで引き戻す、ということを何度も繰り返し、やっとのことで満足のいく買い物を済ませた時には結もジェラルドも、疲労感を隠せないほどだった。


初日だけ一緒に回ったジェラルドは市まで下りるのは珍しいようで、たまに店の人に声をかけられては少女を連れ歩いていることをからかわれていた。

そうして声をかけてくる店主のほとんどにはろくに返事もしないジェラルドだったが、大柄で筋肉質なこの肉屋の店主と、市場に行く前に立ち寄った本屋の店主とは仲が良いのか、結が商品を眺めている間中ずっと話が尽きなかった。


まだ片手で数えられる程度しか市場に来たことがない結であったが、この肉屋の店主は強面な見た目に反してかなり気さくで、結もすぐに慣れていた。



「しっかしあのジェラルドと暮らすんじゃあ大変だろう」


「ええ、まあ……」



結のあいまいな答えにがははと大きく口をあけて笑う店主を見上げると、ぐっと身を乗り出して結の頭をがしりとつかんでぐりぐりと撫でるようにした。



「ま、あれはあれで苦労性だからな。仲良くしてやってくれや」



頷いた結に、店主はまたひとしきり笑うと頼んだ通りの包みを渡し、そうそう…と言って一通の手紙を結に手渡した。



「これをジェラルドに渡してくれるか?古い知り合いからと言えばわかるはずだ」


「わかりました」



受け取った手紙は知識に乏しい結でさえも分かるほど上等な紙を使っていた。思わず店主を見つめ返した結は、思いがけないほど真剣な目とかち合ったことに驚いた。


結が声をかける前に、店主の表情はいつものおおらかさを取り戻した。なるべく早く帰りなという店主の言葉に何も返せずただ頷くと、最低限の買い物を済ませて帰路についた。


そしてもう少しで家に着く、というところで、結は長身の、ひげを生やした男性に声をかけられた。



「すまないが、このあたりで黒髪の女の子を見なかったかね」


「いえ、見ていませんが……。その人が何か?」



即座にこの男性は危険だ、と感じた結は、戸惑った風を装って嘘をつくことにした。結の髪は、背の中ほどまである美しい黒髪だった。



***


人気のやや少ない街角で、顔をフードで画した少女に声をかけてみたはいいものの、自身の外見があまり女子供に受けがよくないのを分かっている身としては、目の前の少女の戸惑ったような、おびえたようなこの反応にも納得がいった。


しかし、長年武をたしなんできた者としての勘が、それは間違いであると告げていたため、簡単にこの少女を家に帰すことを決断できずにいた。



「あの、私預かり物を届けなければいけなくて……」


「え?ああ……しかしな」


「失礼しますっ」



最初の質問の後、結はなぜか引き留めようとする壮年の男に疑いの念が増した。言葉を選んでいるのか、なかなか次の行動に移ろうとしない男から逃れるのは今しかないと踏んで、言い訳をすると脇目も振らずに走り出した。



「おいっ、ちょっと待たんか!」



男が引き留めようと声を張るが、待ってやる義理はない。重い買い物かごを抱えて走る結の足は止まらず、家にたどり着いてしっかりドアの鍵を閉めた後に一気に力が抜け、玄関口で胸を押さえて座り込んでしまった。


籠をキッチンに置き、二階の窓からそっと外を見てみれば、先程の男がうろついているのが見えた。しかし、家までは特定されなかったようで、ジェラルドの家を通り過ぎて次の角を大通り方面に曲がっていった。



「どうした、何があった?」



まだ息が荒い結に気づいたジェラルドが声をかけてきたが、指先から冷えていくような感覚に気を取られていた結がそれに気づくのは、その少し後だった。


しっかり握っていた手紙をジェラルドに手渡し、階段を下りてキッチンでコップ一杯の水を飲み干したが、結の心は晴れず、言い知れない恐怖心と疑問でいっぱいだった。


ぼうっとしている結を、手紙を読み終えたジェラルドは案じながらも周囲への警戒レベルを引き上げた。恐れていた事態が起こったことが、結の様子とこの手紙によって確定したわけではないが、確信できた。



「何があった」



どことなくやさしい声でジェラルドが尋ねれば、結はぽつぽつと、外での出来事を簡潔に話し、ゆっくりと椅子に腰かけた。


内容としてはただ良くしてくれる店主に届け物を頼まれ、帰りに人を探している男性に会っただけであるが、ジェラルドには、それがただの出来事でないことがよく分かっていた。結も、理解せずともそう感じていた。


結が話し終わってもしばらく思案していたジェラルドだったが、床に膝をついて目線を落とし、膝の上の真っ白な手をやさしく握ってゆっくりと口を開いた。



「お前に話さなくてはならないことがある」



ゆるりと顔を上げ、小さく頷いた結の目は真直ぐジェラルドを見返していた

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