結の能力
仕切り直しのために淹れ直した、鎮静効果のあるハーブを配合した茶の香りにサイ以外の面々はほっと息を吐いた。
慣れてしまえばどうということのないサイの言動ではあるが、初対面の結に聞かせるには少々きついのではないかとイーディスとエリアスは気を揉んでいたのだ。実際、交流の少ない人物からのサイの評価はかなり低い。才能ある魔術師であると同時に、彼はそういうことに無頓着だった。
「それでねー、」
「……つまり---」
しかし、結は初見の相手でもその人間性までわかってしまう、勘のような察知能力に優れている。そのためか、茶を淹れなおすこの短時間でサイと打ち解け、今では隣の二人など無いもののように、活発な議論に花を咲かせていた。
楽しそうな二人を横目に、イーディスとエリアスは目を合わせると深いため息をついた。普段は他人を振り回したり従えたりすることが多い二人だが、母性(父性)が強いのか、我の強い、子供っぽい人間を相手にするとよく苦労することで知られていた。
この場合は、サイと結がそうである。
喜色満面で喋りまくるサイは、知識が少ないながらも話をよく理解し的確に返してくる結の言葉がとても嬉しいようだ。ここ数年見たことのないほど上機嫌である。
しかし、このままでは話が進まない。そろそろいいですか、とエリアスが声をかけると渋々ながら、サイは話をやめた。
「先程の話からすると、ユイさんは自分の能力についての詳しい話は聞いていないようでしたね」
「はい。私も聞こうと思って結局聞けずにこちらに来てしまいました」
「どうする?フェイスを呼ぶにしたって……」
思案顔の三人をよそに、サイは茶請けのケーキをつつきながら僕が説明するよ、としたり顔で言った。
「君のその能力は確かに勘みたいなものだけど、ちょっと勘がいいくらいの人間なんて、ごまんといるでしょ。でも君は違う」
「確かに、勘だけで薬草の効能までは解りませんよね」
驚くイーディスとエリアスを尻目に、サイはその通り!と手を叩いた。
「そう。君らのは、もはや超能力に近いんだ。僕の魔術でも、人の性格はもちろん、薬草の成分なんかもすぐにはわからないからね」
でなきゃ薬草師や医師の仕事がなくなっちゃうよ、とサイは肩をすくめた。
「僕も師匠も、張本人である僕の兄弟子でさえも、実はよく分かっていない能力なんだ。でも、とても正確性の高いデータが取れてるから、心配しないで自分の感覚に従えばいいと思うよ。
百発百中で毒を見抜いてたし」
「毒って!まさか、致死性のものじゃないだろうね。
というより、ユイの兄があんたの兄弟子?ってことは……」
「うん。ジェラルドが彼女のお兄さん」
さらりと言ってのけた衝撃発言に、隠れ苦労性の二人は硬直した。
会話の内容からうっすらわかってはいたが、結は兄の存在も、その正体も知っているようだった。しかし、本人は名前を出さずにいた。それを何の気もなしにばらしてしまったのだから、固まるのも当然とも言えた。
「それって、言ってよかったのかい?ユイ」
「……本人に、直接言って欲しかったですけどね」
わかっていたので、特に問題はないですと言ったものの、結は少し残念そうだった。
それを見て、イーディスがサイに咎めるような視線を向けたが、本人は全く意に介さずに茶を啜っていた。
「だからあんたは嫌われるんだよ……」
「べっつにー。僕は好かれたくてこの性格になったわけじゃないし、好かれるために性格を変えようとも思わないよ」
まさに糠に釘である。額に手を当てたイーディスに同情しつつ、エリアスは話を戻すために口を開いた。
「つまり、ユイさんの能力は勘でもなく、魔術でもない未知のものではあるものの、かなり信頼できるということですね?」
「そ。だから僕らを警戒する必要も無し。わかったー?黒の騎士殿」
サイの軽い言葉に一つ頷き、結は今までの発言を反芻した。
彼の言うことが正しいなら、この力は結の大きな助けになるだろう。今までもそうであったように。しかし、魔力の次は超能力か、と思うと苦いものがこみあげてくるようだった。
「ユイ?ちょっと顔色が悪いみたいだけど」
「んー?寝不足か何か?」
「え?いや……」
それが顔に出ていたのだろうか、斜向かいにいたイーディスに心配された結が答えに迷っているうちに、エリアスがさっと立ち上がって結に手を差し出した。
「今日はたくさん移動したので、疲れてしまったのでしょうね。この下に医務室がありますから、そちらに寄りましょう。それで今日の案内はお仕舞いにしましょう」
柔らかく笑うエリアスに引っ張られて立ち上がると、すでに移動していたイーディスとサイが扉を開いて待っていた。
前を歩くイーディスとサイの話し声を聞きながら、結は城に到着してからやっと、緊張の糸が緩んでいくのを感じていた。
それを知ってか知らずか、結をエスコートするエリアスも、いつもの温和な表情を浮かべていた。