表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

不思議な世界

ここは一体どこなのだろう、と思いながら結は固い木の実を石で割り、水分の抜けたライチのような中身を口に運んだ。


現在座り込んでいる大木は大きな丸い葉をしているが、この木の実は針葉樹に似た木の下にたくさん落ちていた。それだけならまだしも、その木は葉も幹もうっすらと銀色に輝いていて、その美しい木を見た途端に結は一つの結論にたどり着いた。


ここは、自分のいた世界ではないのではないか、という。


実は、その考えは見知った神社で途切れた意識が見知らぬ森の中で戻った際にふっと湧き出ていた。しかしその確証はない。目を覚ましてすぐは謎の倦怠感のために起き上がることもままならかったため薬でも使われたのかな、などと考えていた。


しかし動けるようになってからあたりを探索してみたところ、件の銀色の木を発見し、異世界というファンタジックな結論に至ったのだった。


勿論判断材料はこれだけではなかった。疎らな木々の間から垣間見た鹿に似た動物は白銀の体毛を持ち、額に真っ白な角が一本生えていた。まさかのユニコーンであった。違ってくれとは思ったものの、地球に生息する野生動物にあんなものはいないとわかり切っていた。


不思議な木と生き物に気力をごっそり持っていかれた結は、暗くなる前に銀色の木から落ちたと思しき木の実を採集し、木の実を割るための手頃な石を拾って大きな広葉樹に似た木の根元に座り、そこで夜を明かしたのだった。なぜか月は二つ上っていた。



***


次の日、肌寒さを覚えた結が目を覚ますと、ちょうど太陽が真正面から昇ってくるところだった。美しい朝焼けの空を堪能したのち立ち上がり、体をほぐしてから残りの木の実で腹ごしらえを済ませた。今日は、日暮れまで歩く予定である。



結果として、結はほとんど見た目の変わらない森の中で二回目の野宿をすることになった。一応、朝日の上ってきた方向にまっすぐ歩いたのだが、規模が広いのか森の外に出ることはかなわなかった。道中では前日の銀の木のほかに、真っ黒な葉に赤い実のなった低木を見かけたが、結は直感的にこの実は食べられないと判断した。


その一方葉は何枚か採取し、ハンカチにくるんで制服のポケットに入れていた。靴擦れの手当用だった。



***



結は、昔から勘がよかった。むしろ勘以上のものだった。幼いころ、祖父の採ってきた茸をなぜか食べなかったことがあった。それを訝しみながらその茸を食べた家族は、全員腹を下してトイレにこもることになった。


その延長なのか、初めて見る木の実や植物が有毒なのか食べられるものか、どんな効能があるのかまで、理由はわからないが確信をもって判別できていた。そのおかげで食料も薬も確保でき、今後いつまで続くかわからないサバイバル生活にも少しだけ安心できていた。



二日目の夜も同じように木の根元で体を休めたが、この日の夜空には月はなく、かわりに月よりも小ぶりな桃色の天体がきらめいていた。




その日の夜、結は不思議な夢を見ていた。

特に何が起こるというわけではなく、ただただ心配そうな、やや緊迫した声が延々聞こえてくる、夢と形容してよいものかわからないものだった。そしてなぜか、結には彼らが自分を探しているのだとわかった。

これが持ち前の勘の良さによるものかはわからないが、とりあえずそう断じた結はそっと、しかししっかりと言葉を紡いだ。私はここにいるよ、と。



***


サバイバル生活三日目、結の寝起きは最悪だった。


全身を覆う疲労感は指一本動かせないのではと思うほどで、以前経験したことのある金縛りの感覚によく似ていた。

きっと二日間の疲れが出たのだろうと、結は動こうとするのをあきらめ、再び瞼を閉じた。



そして結が再び目覚めた時には、日はかなり傾いていた。

これでは移動は無理だろうと踏んで、すぐ近くにあった銀色の木の身を拾ってきて同じ木の根元で夜明かしをすることにした。


しかし、昼間よく眠ったためか、月(今日は見慣れた形のものが一つ)が中天を過ぎてもなかなか眠ることができなかった。眠れないからと言って、夜の森など何があるかわからないため移動するわけにもいかない。

手持ちぶたさな時間を過ごしていた結だったが、次の瞬間うなじのあたりがぞわりとし、思わず立ち上がって体を抱きしめ、あたりを注意深く見まわした。


黒い人影を木々の間に認めた時には、その人物はすでに結の眼前に居り、次の瞬間にはマントに隠されるように覆いかぶさられていた。


何が起こっているのか、頭での処理が追いつかない結をよそに、覆いかぶさっている人物は顔をあげずにあたりを警戒していた。ばさり、という大きな羽音が結の耳にも届いた。はっとして身じろぎをすると、そのままじっとしていろと耳元で囁かれ、結はそのまま硬直している他なかった。

やがて羽音が遠ざかり、完全に聞こえなくなってからも周りを警戒してほとんど動かなかったが、ようやく安全だと判断したのか黒マントが体を離したときには結はほとんど完全に冷静さを取り戻していた。


「俺と一緒に来い」


「何故ですか」


黒マントの人物は深くかぶったフードのせいで顔は見えないが、声と体つきで若い男と判断できた。しかし、いきなり現れた上にかばうためとはいえ体をかなり近づけていたこの男を信頼する理由は無いに等しく、警戒心もあらわに見つめ返せば男はゆっくりとフードを外した。



「わかるだろう、お前なら。俺が安全だということも、さっきの鳥が危険だということも」



月明かりに照らされた男の顔はなかなか整っているが、苛ついているのかはたまた元来の性格からなのか、眉間にしわが寄っていた。それを勿体ないなと思いつつも、結は男の発言に不信感を募らせた。この言葉通りなら、彼は結の奇妙なほどの勘の良さを知っていることになる。


確かに男の言う通り、結が危険を感じたのは上空からで、男にかばわれている間は驚くほどの安心感に包まれていた。


しかし、この男は一体どこでそれを知ったのだろう。このことは、友人どころか家族にも話したことがないのだ。



結果的に一層警戒心を強めた結に、男は内心ほぞを噛んだ。やはり慣れないことはするものではない。さてこの少女を連れて行くにはどうすればよいかと思案した。


そして結局、説得のための言葉が思い浮かばなかった男は、こちらの保護下に置ければよいと結論を下して強硬策に出た。


すなわち、結にとっては拉致である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ