被害者Aの執行
『死刑執行選択制度』
この世界では、死刑判決かどうかの最終的な判断を加害者に一番関わりの人間に任せている。
つまり、死刑判決が出たとしてもその選択権を持った人間が拒否すれば死刑判決が覆る、ということになる。
これは、そんな制度が施工された国において恋人のBさんをCさんに殺されたAさんの物語である。
Cの死刑判決が出てから、どれほどの時間が経っただろうか。
俺は、死刑執行に同意するかしないかを記入する紙を手に持ったまま椅子に座り項垂れていた。
「何故、俺は悩んでいるのだろう?」
判決が出る前、いやもっと前、Bが殺されたあの日、そしてCが捕まったあの日から俺は犯人への、Cへの憎悪に満たされていた。
なのに、今はどうだろう。今、手に持つ紙にサインするだけでCを殺すことが出来るのに、何故それをしないのだろう。
「俺は、どうしたいのだろう」
机と椅子。窓のない殺風景な個室に、俺の生気の無い声が薄く響く。
俺は、Cを憎んでないのか?
いや、そうじゃない。
憎んでたら、俺はそいつを殺すのか?
「殺してなんになる」
目の前の机に置かれたペン。これを使って、紙に名前を書くだけ。それだけで、Cはこの世からいなくなる。
死刑執行の方法はロープによる絞殺。
一瞬では無い。少しの苦しみの後の死。
「それでも、一瞬。始まれば直ぐ」
俺は、Cに苦しんでもらいたいのか?
だから、ただ殺すだけの死刑を拒否するのか?
迷えば迷うほど、時間だけが過ぎていく。精神だけがすり減っていく。
「なんで、俺なんだ……」
Bの両親じゃダメだったのか?
なんで、俺なんだ。
なんで……俺が苦しんでいるんだ。
「人に判決を下す事は、こんなに苦しいことだったのか」
なあ、お前ならどうする?
やっぱり、自分を殺した人間だから死刑を望むのか?
「でも、俺は被害者じゃないんだよ」
頼むから。こんな事、俺に決めさせないでくれ。
時間だけが過ぎていく。
精神だけがすり減っていく。
人を殺した代償は、命。
そこに、自分はいない。
だが、このまま壊れるよりは。
いいのだろう。
数日後、Cの死刑が執行された。
俺の中身の無い選択は、一人の命の終わりを執行し、一人の人生に終わりを宣告した。