第十五話 嫌な予感。
難産でした。
客室に集まった五名、魔王、戦士、賢者、魔法使い、メイド長。五人は誰も喋らず、魔王は壁に背中を預け、メイド長は黙ってニコニコしてる。戦士はどっしりと椅子に座り、魔法使いは黙って座っている。唯一、賢者だけがそわそわしているが、静寂がこの部屋を包み、時計の音がいつもより大きく聞こえる。
落ち着いたことを見計らうと、メイド長のアリスは紅茶を入れ始めた。このような雰囲気に包まれても全く動じない。全員に配り終わえたちょうどその時、扉が開き、亮二がやってきた。アリスは亮二にも紅茶を渡し、部屋を出ようとした。
「ああ。アリスもここに残ってくれ」
「?あ、はい」
亮二はアリスを引き止め、全員を椅子に座らせた。隼人も渋々ながら椅子に腰をかけ、紅茶に手をつけた。
「では、隼人君。お願いでいるかな」
「・・・ああ。まずはどこから・・」
「ここだね!隼人君!あれから私たち先生に言い訳を言うのに大変だったんだ・・・よ?」
「お、お嬢様!そこ・・は?」
魔王が話を始めようとした瞬間、学校から帰ってきたであろう詩織と沙苗が扉を勢いよく開け、魔王に文句を言おうとしたが、周りの雰囲気から気まずくなり、扉をゆっくりと締めながら後退した。
「し、失礼しました~・・・」
「あ、詩織と沙苗ちゃんも入ってきて」
「っ!?あの二人にも話すのか?」
「ここまで来ちゃったらね。どうする?」
「・・・・分かった」
まずい空気だと思い出抵抗とした二人を亮二が止め、部屋に入れる。ただ、魔王はあまり言いたくはないようだった。しかし、ここの家主が決めたことなので逆らうことはできなかった。二人は入っていいかどうか迷ったが、許可が出たので入ることにする。
「えっと、何の話だったかな?」
「俺だよ。・・そうだな。まずはみんなに言っておこう。正確にはそこのアリスさん、詩織ちゃん、沙苗ちゃんだな。俺は・・・魔王だ」
「「へ?」」
「あらまぁ」
詩織と沙苗は素っ頓狂な声を出し、アリスに至っては口に手を当てニコニコしながら笑っているだけだ。しかし、アリスも少し驚いたようだ。
「ま、魔王?隼人、君が?」
「そう。まぁ突拍子もないことだけどね。っと、それよりもお前たちだ。六十回目」
なんとか復活した詩織は隼人に尋ねる。魔王はそれに少し答え、本題の方に移った。話を振られた三人は魔王に述べたことを話す。それを聞いた亮二は頷き、
「なら君たちはどうするんだい?」
「魔力が戻ったら帰る。それまでお願い」
「うん。いいよ」
亮二は快く許可を出し、ここに住むことを提案した。
「・・・ちょっと待て。魔法使い。お前呪文はなんて唱えた?まず誓い」
「え?確か【ここに誓う。虚は偽りを持って成り立つ。偽りの夢はいつしか真に成りん。我が道筋は真とはかけ離れり、これより我は偽りを創り出す」
「そこはいいな。・・・後ろは?」
「【偽りは虚と成し、真の道は一筋の道筋となり、開かれる。新たなる道よ。我の前に姿を表せ】・・・だったはず?」
それを聞いた瞬間、魔王は顔に手を覆い、天井を仰ぎ、呆れた顔で魔法使いを見る。
「下の句が間違っている。・・・それ片道切符用だぜ?通りでお前のレベルでこの世界に来れる筈だ。なるほど。呪文はそのレベルに合わせて変わるのか」
それを聞いた魔法使い達三人は唖然となり、思考が停止し、魔王に問い詰めた。
「え?え?そ、それってどういうことですかぁ!?」
「お前は・・・賢者か。ああ。言ったとおりだよ」
「そ、そんなぁ・・・」
賢者はがっくりと机に倒れる。魔王はこんな奴いたかなぁと思う。
「と、とにかく、元気出して。帰れるまでここにいていいから。アリス。あの子達を案内してあげて」
「はい」
アリスは三人を空いている部屋に一人ずつ連れて行き、亮二は部屋に戻った。残ったのは三人。詩織が魔王に声をかける。
「あの人たちはただのメイドさんたちじゃなかったんだね。それより、隼人君!魔王なんだよね!?」
「お、おう」
「あれやってみてよ!手からビーム!」
「はい?」
詩織から出た意味がよくわからない言葉に魔王は首を傾げる。見かねた詩織は部屋からある漫画を持って来て、魔王に見せる。
「・・・これが?手からビーム?」
「そう!出来る?」
「う~ん・・・?」
魔王は出来るかどうか分からなかったが、時間もあるし、せっかくなのでやってみようかと思い、沙苗に許可をもらった。
「ダメですよ・・・と言ってもお嬢様は諦めないでしょう。あまり派手にやりすぎないようにお願いします」
「あ~・・・ならやってみようかな」
三人は庭へ出て、周りに被害が出ないか確認した。魔王は上に撃つから大丈夫だと言い、漫画で見たような格好をし、手に魔力を溜め込む。
「えっと・・・こう、かな?」
充分溜め込んだ魔力を上に向けて放つ。しかし、漫画で見たようなビームではなく、黒い魔力の塊が飛んでいった。
「・・・・ゴメンね?」
「おぉ・・・」
魔王は期待に応えられなく申し訳ないと思い、詩織に謝るが、考えていた姿と違い、目を輝かせていた。喜んでくれたみたいで良かったと思い、隣で呆けていた沙苗に声をかけ、自室へと向かう。途中、戦士と鉢合わせした。
「あ、魔王・・・」
「・・・なんだ?」
戦士と鉢合わせした魔王はさっきとは打って変わって不機嫌な表情になった。それはそうだ。魔王と戦士たちは殺しあった仲。馴れ合うことはないだろう。
「今回の件は済まなかった」
「・・・別に気にしてない」
魔王はそう言うと、そのまま戦士の横を通り自室へと戻った。戦士は止めようとしたが、これ以上何も言うことがなく、そのまま見送った。しかし、魔王は足を止め、戦士の方へ体を向けた。
「・・・一つ聞きたいことがあったんだが、お前達は魔物を全て倒し、住民を避難させたんだよな?」
「あ、ああ」
「それは城に襲ってきた魔物だけか?」
「そ、そうだが・・・なにか問題があったか?」
戦士の一言により魔王は呆れた表情になる。
「それで人間どもは助かるとでも思ったのか?」
「え?」
「・・・はぁ。頭悪いお前に分かりやすく言うとだな。所詮一部しか攻めてない魔物をすべて殲滅したとしても、次の第二波がないわけがないだろ?ましてや魔物を従えている王が殺られてないなら。それらしきものを殺したか?」
「い、いや・・・」
「殺したとしても・・・今度は勇者が王になってるかもしれないけどな」
「ちょ、ちょっと待て!王はお前じゃないのか!?」
「あ?俺がいつ魔物を率いているといった?」
その言葉で戦士の頭はこんがらがった。魔王が魔物を従えていない?おかしい。自分達は王に魔物を支配しているのは魔王と言われ、討伐に向かったはずだ。なら何故?まさか・・・と戦士は思考に陥った時、
「騙された。いや、お前らは真実を王に聞かされていなかったのか。一番の被害者はお前らかもな」
その言葉には哀れみが込められていると感じ、魔王に言葉を返そうと顔を見てみると、まるで見下しているような笑みを浮かべていた。
「何が言いたい?」
「いや?別に。ただ、やはり人間なんだなと思っただけだよ。上が言ったことは絶対に信じる。まるで人形じゃないか!ここの世界で言うと機械だな。ありがとう。今年一番に笑わせてもらったよ」
魔王は大笑いしながら部屋に戻った。残った戦士は悔しさに手を握り締める。魔王の言っていた通りだ。自分たちは上から言われたことは何も疑わず従うだけ。・・・人形だ。
「隼人君?ちょっといいかな?」
「ん?亮二か。どうぞ」
戦士と遭遇し、部屋に戻ってきて数分後、急に亮二が部屋を訪ねてきた。内容はこれからのことだ。この世界に来た三人はどうするのか。
「あの子達を学校に通わせるのはいいんだけど、どうだい?君の意見は」
「亮二が決めてくれ。俺はなんでもいい」
「う~ん・・・あ、まず聞きたいのは、あの子達はどうやったらあの世界に帰れるんだい?」
「え?もう一度同じ呪文を読めばいいんだよ。まぁ魔本がなければ出来な・・・い、あれ?魔本?」
ふと、魔王は魔本というキーワードが頭によぎった。自分は二十三回目の魔法使いから奪った魔本で来た。なら今回の魔法使いはなんの本で来たのか?嫌な予感がする。
「すまん。亮二。魔法使いをここに呼んでくる」
魔王はこの家の中にいる魔法使いを探しに部屋を出た。運がいいことに一階にアリスと立っていた。
「おい。メガネ」
「・・・?魔王」
「あら。隼人さん。こんにちは」
「アリスさん。こいつ借りていきますが、いいですか?」
「ええ」
「よし。来い」
いきなり来た魔王になされるまま部屋へと連行された。部屋に着き、魔王は一番聞きたいことを問い詰めた。
「単刀直入に言う。ここに来るときに魔本を使ったな?」
「魔本?・・・ううん。使ってない」
「なんだって?」
「魔王の城から若干変な魔力が漂っていて、それを師匠に調べてもらってみたら、超上級魔法の呪文だった」
「それはそうだ。世界を超えるんだからな」
「城に攻めてきた魔物を討伐して、市民の安全を確保した後。魔王が行ったであろう世界にその呪文で来たわけ」
予想と大きく違い、魔王の嫌な予感が的中した。魔本できたならまだ自分が魔力を注ぎ込み、向こうの世界へと飛ばせたが、魔法使いが言うには、解析した呪文をそのまま使ったという。
「・・・向こうの世界に変える方法は頭になかったのか?」
「残念ながら」
魔本の場合、移動するときの呪文は確実に出てくるが、解析だけの場合、行きは簡単だが、帰りもまた呪文を解析しなくてはならない。所謂片道切符と電子マネーのような感じだ。魔王は仕方なく自分の呪文で返そうと考えたが、ある嫌な予感がまた頭をよぎる。
「・・・おい。お前らここに来たとき、いや、来る瞬間でもいい。外側から魔法陣を破壊したか?」
そう言った瞬間、魔法使いの顔が青くなっていき、終いには震えてきた。
「その反応はやってないんだな。それと、結末はわかっているんだな?」
魔法使いは頷く。魔王は余裕そうに喋っているが、内心焦っていた。そのままにしていて、仮にも知能が高い魔物に見つかればこの世界に魔物が溢れてしまう。魔王はすぐに魔法使いと現場へ行こうとした。
「なんとなくだけど、僕でも想像はつくよ。こっちはやれることだけやるから君たちは頑張ってきてね」
魔王は頷き、魔法使いとともに外へ飛んでいく。目指す場所は路地裏だ。
「・・・・・くそっ、面倒くさいことになった」
「ゴメン、なさい・・・」
「謝る暇があるならもっと速度を上げろ!」
空中を跳んでいく青年とメイド。二人は目にも止まらぬ速さで現場に向かう。
・・・・・・
「ここだな」
無事路地裏につき、魔法陣があるかどうか見てみると、魔法陣は消えていた。それに安堵する魔法使い。
「何安心しているんだ?」
逆に魔王はものすごく焦っていた。額には若干冷や汗が伝っていた。魔法陣があったであろう場所に手を置き、魔力を探知する。確かに魔力は消えていたが、破壊していないということは、
「・・・コピーされたな」
「コピー?」
「破壊されていたらこの辺りに魔力の残骸が残っているはずだ。しかし、それがない。で、魔法陣が消えている。考えられることは一つ。向こうの誰かがこの魔法陣をコピーしたということだ」
事の重大さが魔法使いに伝わったのか、力なく地面に座った。魔王はとりあえず現状を亮二に報告した。これから何が起こるのか。魔王は考えたが、別になんでもいいやと切り捨てた。ただ、自分の平穏を脅かすなら容赦はしない。そう心に決めて。
不定期ですが、これからもよろしくお願いします。




