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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
99/128

妖怪参道長階段前の屍闘

 『明日の来客』、来る。

「出て来んかい幻術野郎!」

 やくざ者めいた怒鳴り声を張り上げながら鎧に身を包んだ大男が山全体に睨みを利かせ、突き進んでいた。

 奇奇怪怪の根城である雨傘山の麓には大きな鳥居が立っている。山に進入する上でそこを通らないルートは全て奇奇怪怪の幻術のかかった夢幻の路へとつながっており、それを避けた進入者はまるで神社の参道を通って奇奇怪怪という邪神にお参りをするかのような形で山腹の砦へ向かう事になる。雨傘山に常に降りかかる薄暗い雨も相まって、山賊のアジトにしては妙に神妙な気分にさせられる場の設計である。この雰囲気が奇奇怪怪のさらに幻術効果を高めているのである。

 盗賊共は幻術と呪術の併用による超回復で快癒したコントンの指揮下で迎撃態勢を取り、奇奇怪怪によって蘇生された弓兵部隊と進入者との衝突が参道で始まっていた。鵺の予知によればこの進入者は転じて味方となるべき者らしいから適度に試し、殺してでも留めよという作戦方針である。

「我が名はパライゾウ、出て来い奇奇怪怪。邪気だ、この山に居る事はわかっているのだ、感じるのだぁ!」

そして、その進入者とは誕生から間もないはずのパライゾウであった。

 バアキの夜での誕生からほんの数日、彼は一度は支配しかけたはずの死神の身体への統率を早くも失いかけていた。内側からこみ上げるような分裂願望(?)で体が千切れそうなのである。丁度良いと思った肉体のはずがとんだじゃじゃ馬である。

「ああぁ、また死ぬのは嫌だぁ。嫌だぁ」

 せっかく手に入れた強靭な体であるが、中に住まう『彼ら』との体の奪い合いの末肉体が崩壊しかけ、所々筋肉や臓器がグズグズになっている。もちろん、パライゾウの本体は今や体液となって体を駆け巡る黒い液状精神体に他ならないので、死神神官の身体がどうなろうと基本的に彼に死は有り得ないのであるが、苦痛と弱体化は免れ得ないだろう。そして何より、肉体を失う事を彼は本能的に極端に恐れていたのである。

「出て来い、殺しゃしねぇからよぉ!」

 そしてそんな恐怖の中思い出されたのが、かつてイゾウと共にあった頃の自分を地獄の幻術世界に叩き落した張本人、奇奇怪怪の存在であった。自分の魂をいくつにも分裂させて部下や死体を犯し、それでもなお彼らに対して一心同体に近い統率力を保っている化け物ならば、もう一度この訳の分からぬ死神の身体を掌握するのに何らかの助けになるはずだとグズグズの脳味噌で思い立ったのである。しかし、傍から見れば藁どころか悪魔にしがみつく愚行である。

「殺して構わん、どうせ頭領殿が蘇生して兵隊にしなさる!」

参道の脇道からは横殴りな矢の雨が吹きつけるが、パライゾウの肉体はそれらを受け止めてなお止まらない。体液が自分の意志を持って運動する限り、弓矢如きでは生命を止めることはできないのである。魔法矢の効果もいまいちである。

「三下はすっこんでろぉ!」

 パライゾウは矢の突き刺さったハリネズミの様な姿で死神神官から身体ごとネコババした改造鎖鎌を振るった。すると鎖に繋がれた刃の部分が勢いよく柄を離れて飛燕のように林を飛び交い、バサバサと樹木や首を薙ぎ、刈り取っては勢いを増す。普通の物体ならば運動中に他の静止物体と接触するとその勢いを落とすものだが、彼の鎖鎌はその真逆であった。パライゾウが魔力を込める限りは際限なく加速し、彼を中心とした半径十メートルの領域が斬撃に包まれた結界となる(裏を返せばあっという間に魔力を食い尽くす諸刃の刃でもある)。そして、その一振りと同時に体中の矢が勢いよく抜け落ちる。

「弱い、岩鬼より弱い!」

 死神の身体と怨念のハイブリッドは陰湿な魔力を無限に噴出し、瞬く間に参道は血と魔力によって満たされた。その凶暴性はネクロがかつて倒した死神とは段違いである。

「お前らあの時の賊だろ、どうして弱くなってんだよ!?」

 パライゾウは曲がりくねった参道を向う見ずにもガンガンいこうとしたが、砦に続く長階段の下に辿り着いたその時、白い閃光が落雷のようにパライゾウの前に落ち、その中心に影を結んだ。

「貴様、パライゾウとか申したな」

「おうよ、貴様が奇奇怪怪か?」

デタラメな質問に閃光は高らかに笑う。

「否、拙者の名は狗夜叉。縁あって奇奇怪怪に仕える魔剣士なり。慮外者め、頭領に会いたくばここで首になってからだ!」


 さて、狗夜叉。奇奇怪怪に幻術を掛けられ、なす術もなく自らの身体をバラバラに切り裂いた憐れな狗夜叉、揚句無理矢理蘇生され奇奇怪怪の端末と化した狗夜叉、どこかで聞いたような名前の狗夜叉、である。典型的な奇奇怪怪の犠牲者とも言うべきこの男であるが、腐っても元魔王候補、得体の知れない力を身に着け増長しているパライゾウすら翻弄する、圧倒的な実力の魔剣士であることがこれからわかる。

 先に攻撃したのパライゾウである。例の鎖鎌を小さく振るとその勢いで刃が柄を離れ円運動しながらの滞空状態となり、続く二振り目によって直線的な軌道で狗夜叉に襲い掛かる。しかし、

「ワオウゥ、遅い!」

狗夜叉は瞬間的に身を屈めて重力によって下向きに加速し、着地と同時にばねの様な足遣いで横に滑って参道を挟む林へと飛び込む。その瞬間、音もなく狗夜叉の白い体は薄暗い闇と雨に融けた。

 一撃目を外したパライゾウは鎖鎌の伸びた勢いを転じてそのまま第二撃目を狗夜叉が飛び込んだ辺りに叩き込む。バッサリと気持ちの良い感触がパライゾウの手に甘痒く響く。しかし、肉の手応えはない。

 言うまでもないが、この鎖鎌を用いた戦闘法は一撃の後の隙が大きい。例えば相手が動く能を持たない木偶人形、もしくは機動力の低い集団だったならば勢いに任せて爽快な斬撃を楽しむことができるが、素早い相手には……

「なんだ、まるで当たらんなあ」

いつの間にか狗夜叉はパライゾウの背後の林から飛び出し金属でできた端子の様なものを鎧の隙間を縫い、パライゾウの脇腹に突き刺す。

「ぐぇ」

パライゾウは反射的に端子を抜き取ろうとするが、返り針が引っ掛かって容易には抜けない。抜いてしまうと腕一本通るほどの穴が開いてしまいそうである。

狗夜叉はパライゾウの反撃も待たずにさっと再び林に飛び込んだ。

(これで先ずは良し。が、矢を喰らってハリネズミのようになろうとも死なぬという事は、奴もまた不死身よな。ならば、上に上げる前に軽く料理してくれよう)

パライゾウは呻きながら第三撃目を再び狗夜叉が潜った林の方へと振るう。薪を割ったような乾いた音と共に十本ほど樹が薙ぎ倒されるも、やはり狗夜叉を捉えられていない。

 雨のせいで視界が覚束ない事もあり、パライゾウは容易に狗夜叉を見失ってしまう。林に挟まれた参道で、パライゾウは完全に狗夜叉に翻弄されるがままである。

(ええい、ちょこまかと)

 パライゾウがデタラメに再び鎌を振るおうとした瞬間、パライゾウの目前に再び落雷の如き閃光が炸裂して目前に狗夜叉の顔が現れる。

「ワフゥ、閃光と化し、一日で千里を行く拙者の速さについてこれないようだな!」

そう言って狗夜叉は鼻高々にパライゾウを見下す。

 「閃光と化す」とは比喩のようだが実は彼の言う通り、狗夜叉の得意とする魔法剣術は自らを短時間だけ魔導的電磁波に変換して脅威的な移動速度を獲得する『走狗剣』である。厳密に言えば炸裂する閃光は自身の変換の際に発生する魔力の残骸であって狗夜叉本体ではないのだが、それでも彼の剣はほとんど光となることと同義である。結局電磁波なのだから。

 狗夜叉は閃光に目がくらんだパライゾウの目前で大笑する。

「ワォウワォウ、ワォウ。お前の様な鈍まに奇奇怪怪に会う資格はないなぁ」

挑発である。ただでさえ異常な状態のパライゾウの精神に狗夜叉は火を付けた。

「ふん、四つん這いの狗風情が。いいだろう、だったら鈍まのこの俺を止めてみんかい!」

 そう言ってパライゾウはおもむろに「あ゛ーあ゛ー!」と絶叫しながら階段を駆け上がり始めた。狗夜叉との戦闘を放棄した上、この場を支配していた奇奇怪怪の神的雰囲気をぶち壊したのである。

「お、おい待て待て」

狗夜叉が追う。さあ、狗夜叉の戦いは一方的な翻弄から打って変わりパライゾウが砦の本殿に辿り着くまでに彼をどう痛めつけ(て満足でき)るか、という奇妙な競技へと変貌した。後を追い、再び狗夜叉が光の世界へと飛び込む。

 ……それにしてもパライゾウ、身体が崩れそうだと恐れている割にどうしてそんなに活発に動くんだ?

次回予告

 階段を疾走しながら剣を交える狗夜叉とパライゾウ。予定調和染みた死闘に終止符を打ったのはもちろん奇奇怪怪であった。

 次回『魔王の懐刀』第百四回、『喜々快々』。来週も見てね!


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