迷いの雨傘山
さて、バアキの夜明けにイゾウ達がネクロと示し合わせたことには、雨傘山一斉襲撃は十日後だという事になった。たったの十日。されど奇奇怪怪は何かをやらかす。
固くて黒くて太いネクロの黒槍でガッツリ首を貫かれたコントンは、それでもなお奇奇怪怪の反則的回復呪術によって傷を快癒し、早くも現場に復帰しつつあった。子飼いの弓兵部隊も狗夜叉と同様にゾンビ的復活を遂げ、既に再配備されている。バアキでの騒ぎも、陰謀も、全てが水面下へと潜って行ってしまった、そんな日。
「見える、視える……おい、誰か早く来いよぉ、見えるって言ってんだろぉ。どうして来てくれねえんだよぉぉぉ」
雨傘山の奥深く、奇奇怪怪の分身『奇奇怪怪=鵺』は低く唸ると、次には大声で喚きたてて幹部たちと本体を呼び寄せた。分裂し放題の奇奇怪怪の魂は、一度他の身体に宿ってしまえばそれが例えこの鵺がそうであったようにバラバラ死体であっても大体の場合は定着し、個体として活動する。それでも大抵の奇奇怪怪の場合は雨傘山に鎮座する本体に吸収されてしまうのだが、鵺の場合は何故だか未だにその個体を守っている。本体の気まぐれだろうか。
「おお、我が分身=鵺よ! どうした!?」
奇奇怪怪本体がコントンと狗夜叉を引き連れて現れる。流石に本体は生まれたての鵺と比べていくらか落ち着いているように見える。
その姿を見つけると鵺は、館の一件でバグに食らわされた蟲を鼻糞のようにほじりながら本体へと這い寄る。
「ああ、奇奇怪怪(自分もだが)来てくれたのか。聞いてくれ、一週間後に、この前の奴らが仕返しに来る、来るんだ、大軍だ。で、今度は勝てねえんだ……」
と言いだして突如泣き出す始末である。まるで実際に見てきたかのように悔しがり方であり、零れ落ちる涙には線状の寄生虫が浮いている。バグのである。
奇奇怪怪とは長い付き合いのコントンもちょっと引いてしまう。だが、奇奇怪怪=鵺のこれは参考になると直感していた。未来予知、と言えばククリであるが、思うに鵺はククリと一体化していた時にこの能力をごっそり奪って来たのではなかろうか。ともすれば、何処までもはた迷惑な奴である。
「この前の奴らだけかい、俺よぉ?」
本体は聞く。自問自答である。
「いやあ、全然違う。もっと、多くて、強い。コントン、あんたをやった騎士もいる。あんたぁ、決着つけるぜぇ、へへへ」
泣きながら笑っている。明らかに館に居た時よりもひどくなっていないか? バグの蟲を喰らって頭が半分蟲にでもなっているのではないか、と言うのは言い過ぎか。
コントンは首をかしげる。
「そうか、大黒同盟も介入してくるのか。そりゃあ参ったなぁ。奇の字よ、こうなったら腹くくるしかあるめぇ。あの館にケンカ売ったのはお前さんで、大黒同盟にケンカを売ったの俺なんだからよ」
「ちっ」
奇奇怪怪は露骨に嫌そうな顔をする。人にちょっかいを出すのは好きだが誰かに出されるのは嫌悪してしまう、盗賊的な思考である。
「だが、魔王候補級がたったの三人じゃあ、戦争にもなりやしないんじゃ?」
狗夜叉は新米幹部らしく口を挟む。
「おい、俺の事も数えろよ。それに、よしんば俺が奇奇怪怪と一人としても、『四人』なんだなあ、これが。へへへ」
鵺が笑う。
それを聞いて、
「何?」
と、コントンがキッと鵺を睨む。こんな場末の山賊砦にいったい誰が味方をしにやってくるというのか。さしもの奇奇怪怪も狗夜叉以外にはまだ蘇生した魔王候補の手駒を握っていない。いつの間にか持ち駒に飛車が一枚加わるような話である。
「誰だ、それは!」
参謀の血が騒ぐコントン。
「おい、熱くなるなよコントン、鵺太郎が可哀そうだろう、けへへ」
奇奇怪怪本体が陰気に笑う。奇奇怪怪はこうして「気にするな」という無責任な一言でコントンから施行を取り上げてしまうのであった(それですんなり言う事を聞く彼も彼だが)。
「あぁ、明日の昼飯ぐれえに、来る。お楽しみにい」
「……」
鵺はそう言うとぱったり倒れていびきをかき始めた。体内に濃厚な寄生虫をたっぷりと飼っているようだから、疲れるのだろう。何だかんだでバグの放った一撃はこうして鵺を苦しめ続けており、ここまで来ると呪いの様なものである。もしかすると、鵺が前にも増して廃人同然なのはバグのせいなのかもしれない。
残った奇奇怪怪、狗夜叉を前にコントンは溜息を吐く。
「さて、どうしたもんかね?一週間後の戦争と明日の来客……」
「どっちもやなこった、逃げようぜ」
それもいい。だが、コントンが思うに、
「いや、もう遠巻きに囲まれてんじゃね?」
「ああ?」
「たぶん、な。……ちょっと見て来い、狗っころ」
「御意」
押しも押されぬ大勢力、大黒同盟の手は周到で執念深い(と、コントンは直感していた)。試しに狗夜叉を物見にやってみるが、確かに既に山の周りに斥候らしき黒い影がちらついている。今手を打たなければ間もなく雨傘山は情報的にも物理的にも、恐らくは魔導的にも孤立してしまうであろう。
「マズイな」
山賊の隊長ではなく、一介の軍師としての脳味噌が先程からコントンの中で回転し始めていた。
「奇の字と一緒にいると思考が鈍くなって困る」
などと言いながら、さび付いていた頭をトントンと自ら小突く。奇奇怪怪はその程度の嫌味、屁でもないような顔をしている。なに、今に始まった事ではない。
「さて、どうしたものか?」
大黒同盟は天下に轟く大勢力、しかしそれゆえに敵も多く、特に妖怪の山との戦いが激化しつつある中こんな盗賊くんだりに回す兵力など最小限に抑えるに決まっている。魔王候補級も多くて精々五、六名だろう(だから、この前の館の連中と組んだのだろう)。
仮にネクロ級の魔物が七、八人攻めてきたとして、勝ち目があるかどうかは五分五分である。奇奇怪怪、そして鵺というジョーカ―札があるものの、彼らは万能ではないどころか下手をすれば自滅しそうな程に脆い。戦いの次元が上がっていけば必ず彼らを打ち倒す者は現れるだろう。よって、奇奇怪怪と鵺の運用にこそ来るべき戦いのカギがあるだろう。
「この前のチャンバラ遊びみてえにはいかねえようだな。死ぬ訳にはいかん、ここはいっちょ本気を出さんとな」
コントンの足元に落ちる灯影が歪む。何だかんだで今までおふざけの様な戦闘をしてきたコントンが、今度は本気を出すらしい。
「まずは、明日の来客か」
次回予告
雨傘山を訪れる『明日の来客』が雨傘山の参道を駆ける。相対するは新米幹部狗夜叉! 彼の魔剣術『走狗剣』が曇天を突き破る!
次回『魔王の懐刀』第百三回、『妖怪参道の疾走決闘』。来週も見てね!