あの山を潰そう
連載百回達成!ここまでずるずるとやってこられたのも読んでくださる皆様のおかげです。これからも『魔王の懐刀』をよろしくお願いします。
閑話休題。さあ、魔界の情勢を動かそう。
バアキの夜が明け、薄暗い仄かな光がバアキ周辺を包んだ。ここいら一帯は地中に眠る雷龍の死骸の影響で活発な雷雲が上空に居座っている。町中を走る鉄骨がその雷撃を受け流し生活の糧にする見事なシステムが今日も電流で賑わっているのである。
大黒同盟の幹部たちは夜が明けて街が目を覚ます頃にはすでに散り散りに散って、大黒天もいつの間にやら綺麗さっぱり姿を消しており、不気味な静寂のみが大黒同盟バアキ支部に残されていた。重ね重ね思うに、宴会と言いつつもベクトル達が帰った後は少なくとも十分ぐらいはしっかり作戦会議をしていたのではないか。流石にバテレン一人を討つために、というのはやっぱりおかしかったし、そもそもバテレンが来ること自体がかなりの不確定事項であった。やはり幹部たちを集めて恥ずかしくない用事はあったのだろうという推測はベクトルも立てていたが、どうせ白玉狼との小競り合いの関連なのだろうから特に干渉しようという気にもならなかった。そういった大物たちと事を構えるのはもう少し場が整ってからの方がいい。
「イゾウさん、これからどうします?」
ククリが聞いた。その失われた左眼にはベクトルが急遽取り寄せた義眼が埋め込まれており、定着させるために幾重もの魔法陣の上にさらに結界、これほどまでやるかというぐらい厳重に処置されている。しかしククリの眼を貫く一文字の傷は消えようはずもなく、ククリの端正な顔は調和を失ったかのように見える。この傷の似合うような魔物になるまでにはまだまだ時間がかかることだろう。
イゾウは少し考えてから発言した。
「戦場を見て回ろう。俺はこの世界の戦闘がわからなくなってきた」
異常な戦闘経験を経てきたイゾウにふさわしい言い回しである。
「良いですね。でもホント、僕たちって何も知らないですよねえ」
すなわち、傭兵として各地を回るという事である。どうやらこの世界は強ければ何とかなる類の世界らしい。彼らもようやく魔界というがわかって来たらしい(まだまだ井の中の蛙であるが)。
「よしよし、行ってきなさい」
ベクトルは二つ返事で承諾した。とことん部下の育成に無頓着な男である。
「死なないでいてくれればそのうち私が迎えに行こう。で、どこに顔を出す?」
ベクトルはその日の朝刊を取り出した。『河豚鯛・新聞』である。一面記事にはバアキでの大黒同盟大集合についての記事が早くも報じられており、天狗の地獄耳と大黒同盟の情報管理の甘さ(故意のものか?)がうかがい知れる。
「へえ、昨日のあれはそういう集まりか……」
と、やっと合点のいったククリをよそにベクトルはページをめくる。第二面、そこには魔界の大まかな地図と主たる勢力の分布図、そして彼らの戦闘状況が記されていた。ネクロがかつて見せてくれたものの最新版である。大黒同盟は妖怪の山を筆頭に様々な勢力を一度に相手取っているらしく、地図のあちこちに『大黒』の字のマークが目立つ。当然、ベクトルの名などどこにもない。
「ちなみに言っておくが、昨日から大黒同盟とは商売敵だ。お前らを雇っていたネクロとやらを尋ねても無駄だろう。他を当たりなさい」
というベクトルの言葉にククリはぐっと息を詰まらせた。「自分が寝ている間にこの人はあの場で何をやらかしたんだろう?」と、あらぬ方向に想像が飛躍する。そもそも同じ魔王候補同士、やるかやられるかの関係が基本なのだが、ベクトルはそれ以上に何か恨みを各方面に買っていそうな気がする(気がするだけ)。
「うむ、何処へ行ったものか……戦場なんてどこも一緒だしな」
「あんまり他の勢力とは関わりないですしねえ」
と、奇奇怪怪の勢力との事は無かったことのように振る舞うククリ。新聞上の地図ではバアキから存外近い南方、雨傘山の位置に『奇』と記されており、奇奇怪怪の奇行に関する目撃情報が少なからず書き連ねられている。コントンの手堅い略奪、暗躍にも要注意と書かれている。
ここで、ククリの奇奇怪怪を忌避する心情を察知したのか、ベクトルは言う。
「そうか、奇奇怪怪は嫌か?」
すると、
「嫌ですよ、あんなの」
と、イゾウとククリは声を合わせて言った。普通ならば奇奇怪怪の話なぞここで終わるのだろうが、ベクトルの脳回路に電撃が走った。思いついてしまった。
「ならば、潰そう。命令だ、奇奇怪怪一派に襲撃をかけろ。館の礼をまだしていなかった」
思い出したように言ってのけた。
「げえっ」
イゾウははっきりと嫌そうな顔をした。ククリは思わずそっぽを向いた。
「連中の拠点はここからそう遠くない。馬を用意すれば一日もかからん。手頃だ」
「本気で仰ってます?」
「もちろん私のお付として、だ。お前たちではまだ魔王候補レベルは難しい。それに、聞いた話では今あの山には三人魔王候補がいるらしい。そこにお前たちだけで突っ込んで行っても生還は不可能だ」
「なのにやるんですか?」
「私も行くと言っただろう。死なない限りは大丈夫だ」
……何が大丈夫なのか?
鉄鬼襲撃の時はイゾウも新しい体に高揚していて特に気に留めなかったが、どうしてベクトルは2、3人で防衛の備えのある要塞に襲撃を掛けるという発想ができるのか。イゾウは今更ながら集団というものを相手取ることの恐ろしさを空想していた。コントンの弓兵部隊も強敵だったし。
「今更ビビるなヒヨっこ共。安心しろ、儂も出る。蟲を奪われた恨みがあるからな、あの坊主頭をこの新しい身体で八つ裂きにしてやる」
ずっとニヤニヤしながら傍観していた車椅子の上のバグは、ベクトルの言葉に俄然闘志を燃やしている。改めて観察してみると、やはりその体は全くの異形と化していた。腕は老人のそれから更に細くなったが、かわりに固い漆黒の外殻に補強され、両肩から生えた一本ずつが途中で四本に分かれて先は鉤爪になっている。加えて脚は一本に統一され、蛇の尾のようなしなやかな流線型が腕と同様の強固な外殻に包まれてガチャガチャと音を立てる。どうやら車椅子が必要なのは体を完全に戦闘だけのための物にしてしまったためのようである。確かにあんな形状では地を這うように移動するしかない。彼は戦闘のために余生を犠牲にしたのだ。
そして、そんななりのバグが味方してくれると思うと、どことなく気味の悪い心強さが感じられるのであった。
「まあ、それなら……」
と、バグの怪物性をありありと見つめてイゾウとククリがだましだまし納得しかけたところであった。
しかし、話はこれでは終わらない。話がまとまりかけたと思われた瞬間、突如宿屋の個室の戸がドンと開け放たれた。
「話は聞かせていただきました。その襲撃、我々も一枚噛ませてもらいましょう!」
次回予告
ベクトルたちの滞在する部屋に訪れた男は、ベクトルたちに共同戦線を持ちかけた。奇奇怪怪に手を出すなど気でも違ったか?
次回『魔王の懐刀』第百一回、『奇奇怪怪を殺し隊』。来週も見てね!