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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
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閑話・人間帝国皇帝ガイウスノオオキミ

これからしばらくの間は一週間に一回というペースを崩させていただきます。速くなるかもしれませんし、遅くなるかもしれません。

 現人間帝国皇帝ガイウスノオオキミはバテレンを大いに評価していた。それは決してアリスのハニートラップに引っかかったわけでもバテレンに薬漬けにされたわけでもなく、ましてや話術でちょろまかされているのでもない。彼ら皇帝一家だけはバテレンの術を遠ざけつつじっくりと彼を観察していたのである。

 で、あるから、

「『勇者パーティ』の僧侶の務めは順当に神祇長官たるバテレン殿にお任せするべきではないかと」

と、アリスの呪いによって毎晩淫夢に落とされ、生来の気骨を豚の軟骨のようなゼラチン質になるまで破壊され尽くしてしまったナルビナらが毎回毎回唱えても、ガイウスノオオキミは容易にはそれを容認しなかった。そもそも『勇者パーティ』の選出はそれこそ人間界の命運を左右する重大決定である。怠れば人間界が魔物に蹂躙される未来を招くことになる。

(バテレンよ、ナルビナを骨抜きにしてまで言いたいことがあるならば直接言えばよかろうに)

と、じわりじわりと要人たちを陥落させるその妙術に半ば驚嘆しつつも訝しみ、頻繁に魔界へ出入りする彼の動向を凝視している。

 さて、ここで皇帝がバテレンの謀反や魔物の干渉を疑わなかったのは、単にバテレンの目的が皇帝の座に収まらない代物であるような気がしてならなかったためである。バテレンは椅子の取り合いに必死になるような男には見えなかった、そういう印象を強く持っていたのだから皇帝は政治面において最もバテレンを見抜いていたと言ってもいい。

 何故バテレンが直接皇帝に口利きをしないかと言えば、政治におけるテクニックの一つとして「自分から発言をしない」というものがある。公の場での発言とは常にリスクを伴う物である(現代地球のネットワーク社会では特に顕著)。しかし、発言力というのは発言の場に出向くまでの陰の舞台においても十分に行使され得るものであり、うまく用いれば波風を立てず相槌を打つだけで場を制することも不可能ではない。バテレンは会議などの公の場においてはしれっと人に同調するようなことばかり言っているのだが、その裏で彼はそうそうたる面々を支配し、捜査することに長けていた。気付けば仲間内で風邪が伝染するようにバテレンの勢力圏は広まり、その気になれば朝議を乗っ取ることも可能の域にまで達していることに皇帝は感づいていた。

(いずれにせよ意地でも彼の術中にははまりたくないものだ。朕だけでも渡り合わねば)

 皇帝は直属の飛び切り優秀な術師を集めてはバテレンの術から身を守る防御壁を築いて身と心を守った。とは言っても防御壁は物理的なバリアーではなく、薬物や超音波の様な不可視の干渉への対処、ひいてはアリスらによる精神的な干渉に対してメンタルカウンセリングを行うなどの防備の徹底のことである。そして、バテレンの術は驚くべきことにそれと知ってきちんと対処すれば何ということは無かった。

 皇帝は予想を超える効果に自ら驚いていた。

(ほう、ここまでやれば術でさえも届かんのか)

皇帝はバテレンの術の網をを周到な用意で既に打ち破りつつあった。つまり、皇帝はバテレンを政治的に潰そうと思えばいくらか手はあったのである。

 しかし皇帝は決して防御以上の手を打たなかった。ここが悔やまれるところであるが、バテレンという奇怪な術師が人間界をどう調理するのか見てみたいと考え始めていたためである。

(こんなものではないはずだ。見せてくれ、どこからともなく現れたお前の真の価値を……)

 皇帝はバテレンが悠々とクルセイダーを編成し、悠々と勇者を洗脳し、悠々と力をつけていくのを同じく悠々とほくそ笑みながら傍観していた。術を破りながらこの体たらくなのであるから、そういう意味ではこの世界で最大のバテレンの共犯者と言ってもいい。若しくは、既に皇帝もバテレンに何らかの形で毒されきっていたのかもしれない。


 さて、それは大黒天の館からバテレン達が逃げ帰ってから一週間の後の事であった。バテレンは体調不良と称して例の帝国教会に籠りっきりになっていたのでついに朝議は正常に戻るかと思いきや、

「皇帝陛下、『勇者パーティ』僧侶役はクルセイダーの医烏(イガラス)に任じるべきかと」

と、今までバテレンを勇者パーティに推薦し続けてきたナルビナが突如主張を変じた。イガラスとはクルセイダーの新入隊員でありながら神妙なる医術で一躍名を挙げた謎の男である。しかも魔物のスパイだという線すら噂されるほどに胡散臭い喋り方をし、しかもバテレンの一番弟子という立場をとっている。つまり、物凄く怪しい。

「ナルビナよ、朕の記憶が正しければお主は僧侶にバテレンを推してきたはずだが、どういう風の吹き回しだ?」

皇帝は当然の質問をした。すると、

「はて、私は一貫して「僧侶役には医烏」と申し上げてきたはずでございましたが?」

と、ナルビナはけろりとした表情で答えた。

 一同はどよめいた。いきなり何言っとんじゃいこの馬鹿は、という吹き出しがそれぞれの頭から浮かんで来そうである。現代日本でもたまに会議などで見られる光景であるが、軍人がこうなるのは稀なケースである。

 どうやら、記憶が見事に捻じ曲がっているらしい。バテレンはこんなこともできるのか、と皇帝は内心面白がりながらも、

(バテレンは本当に『体調不良』なのか? まさか、あれほど根回ししてまで欲していた僧侶の座を今になって辞退するとは……)

と、目の前の操り人形そっちのけで考え込んだ。群臣たちもナルビナの健忘振りに何か空恐ろしいものを感じていたようで、ざわめきは収まらない。

「陛下、どこかお具合でも悪いので?」

と問われると皇帝は愉快そうながらも疲れた溜息を吐いて、

「いや、何でもない。それよりナルビナよ、お主の意見を汲み取ろう。僧侶役はその医烏とかいうのに任せる」

と大真面目に答えた。

 もちろん群臣たちは皇帝のこの独断にああだこうだと諫言を呈するわけだが、事実としてずば抜けた治療能力を持つバテレンとイガラスの二者を超える回復系の術師はいなかったのである。僧侶を決めるうえで最も必要なのはいわゆる衛生兵としての回復能力ただ一つであり、魔界のスパイか何かでない限りは出来るだけ能力の高い者が選ばれるべきという道理に結局だれも逆らいきれなかった。

 この時すでに勇者パーティの四つの椅子、『勇者』『戦士』『魔法使い』『僧侶』のうち『魔法使い』を除いた三つは確定していた。人間帝国は魔界侵攻の準備をもうすぐ終えようとしていた。

 次回予告

 バアキを後にするイゾウとククリ、その向かう先とは?

 次回『魔王の懐刀』第九十四回、『予定は未定』。次回もどうぞよろしく

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