血の戦い
気付けばイゾウとククリはひどい目にばかり遭っているような気がします。カタルシスはいつになることやら想像もつきません。
イゾウ達がゾンビ戦車を大黒同盟の支部の前まで引いていくと、戦車を覆っていた死肉の群れは役目を終えて停止し、ボタボタと力なく剥がれ落ちた。ネクロがここを目的地として死霊を用いていたことの証拠である。
「ここで合っているようですね」
そう言ってククリは馬車の荷車からドロリと這い出してきた。四六が工面してくれた急ごしらえの眼帯を巻いて様になった風体をしている。衰弱していたが、戦いで眼を失う程の傷を負ったにしてはまだ元気な方であった。バテレンがククリの寝ている間に施した処置が完璧であったのが大きい。なんだかんだできっちり治療してくれる辺り、バテレンのやることは読めない。
「ククリ、無理はするな、もう少し寝てな」
イゾウは優しめに諭そうとしたが、
「馬車を引き渡すんですから、もう降りなければ……」
と、ククリはよろめきながらも馬車を降りた。ククリにしてみれば、さっさとこの件を片付けて一休みしたかったのだろう。
「さあ、行きましょう」
ククリは最初はフラフラとしながらもやがて安定した歩行を取り戻し、イゾウに先立って支部の門から敷地内へと足を踏み入れた。
その時である。館内への扉の横に転がっていた丸い布切れのような物体が立ち上がった。よく見ると、魔物がうずくまるように座っていたのである。ククリが門を潜り抜けたときに何らかの仕掛けが発動し、来客を知らせたのであろう。結界の一種かもしれない。
その男は、身長こそククリとそう変わらない大きさでありながら、その燃え上がるような赤い髪とぎらついた風貌によって1.2倍ほど大きく見えた(イゾウの肌も赤いが、イゾウのそれは暗く、対してこの用心棒のそれは明るい)。
彼らはU字型の館の中庭で対峙した。イゾウたちよりも一瞬早く、用心棒の口が開いた。
「どっちだ、東か、南か?」
用心棒風の男が尋ねた。恐らく大黒同盟の仲間内の間で通じる何らかの暗号か何かなのだろうが、イゾウ達にはもちろん知る由が無い。
ククリはどうだか知らないが、こんなところで物怖じするようなイゾウではない。
「我々はネクロ殿の代理で荷物を運んで来た用心棒。しかし、ネクロ殿とは賊難にあってはぐれてしまった次第なのでござる」
と、イゾウは誤解の起きないうちにさっさと言い切ってしまったが、用心棒風の男はイゾウの言葉を信じはしなかった。
「ネクロが盗賊如きに? 馬鹿も休み休み言わんかい」
と、軽めのジャブが飛んでくる。
「いえ、ネクロ殿は盗賊の首領を追って行ってしまったのです」
とククリが苦しくも補足するが、
「ネクロがどうして盗賊など追わねばならんのじゃ?」
という当然の問いに、
「それは……」
と二人は言葉に詰まってしまう。それもそのはず、今思えば彼らの知る事実はバテレンの思いついた適当なデタラメであって、厳密にはそこに道理など通じないのである。
「我々も伝言で伝え聞いたのみで……」
とさらに苦しくククリが弁明するが、
「伝言だと? ますます怪しいのう。その伝言、誰から聞いた?」
とさらに問い詰められる。
「それは、賊に射られて動けなかったのを助けてくださった……あれ?」
不思議なことが起こっていた事に二人は気が付いた。何と、ククリとイゾウの両方が『ネクロの伝言』を誰に伝えられたのか、誰にあの山道で助けられたのか、まるで思い出せなくなってしまったのである。顔も、名前も、彼らの個人情報に関しては全く記憶が失せていたのである。別れたのはついさっきではないか!
一行との別れ際においてバテレンに忘却暗示の話術をかけられていたことなど、彼らには知る術などない(四六とアリスも知らない)。魔力を用いない謎の術、バテレンの扱う術は枚挙に暇がない。
そして、
「誰だっけ?」
とイゾウが素直に呟いた次の瞬間、男は刷いた剣の柄に手を伸ばした。
「おのれら信用ならんな。本当にネクロの用心棒というのならば、その馬車とやらを置いて今日のところはここから立ち去れ」
とかなり敵意を漏らしている。しかし、よく考えてみるとこれが感情に任せた適当な言い草だということが分かる。以上のような無駄な問答は馬車を調べてからでいいはずなのだ。仮に馬車の積荷が本当にネクロが運ぶはずのブツであったのならばこの二人を労ってネクロの代わりに礼金の1つでも払ってやるべきであるし、二人の言うことが嘘だと確認が取れたのならばその場で斬ればいい。そのまま追い返すというのはあまりにも無作法かつ合理的でない。味方であろうと、余程部外者を館に入れたくない理由が何かあるのかもしれない。
ここで、イゾウが反した。
「おい、確認も取らずに帰れたぁ、お手前は何様だよ?」
と軽くメンチを切ると、
「ああん? 今日はこちとら忙しいんじゃあ。どこの馬の骨とも分からんおのれらにかまってる暇などないんじゃい。出直して来いや」
と、用心棒風の男も巻き返す。両方ともかなりのやくざ者であった。
「ふざけろよ三下め、目に物を見せてくれる!」
イゾウは我慢ならなくなって魔剣の柄に手を伸ばした。
「抜くかっ?」
用心棒の方も威嚇のつもりがだんだん本気になってきて、互いに緊張の糸が張った。ククリは戸惑いながらも改造拳銃をホルスターからいつでも取り出せるように備えつつ、
「ちょっと、ちょっとイゾウさん、ここは引きましょう。ネクロさんのお仲間に迷惑かけちゃダメでしょうに」
となだめた。
しかし、イゾウには今まで癇癪によって数多の人間を血祭りにあげてきた狂犬の歴史、もとい上の面子を潰しかけるようなヘマを何度も何度も繰り返してきた道程がある。今更ククリが止めたところでどうにもならない。
「止めるなククリ!」
そう言った次の瞬間には魔剣を抜き放ち、峰で用心棒の胴を薙ごうと剛剣を振るった。
しかし、そう簡単にやられてしまう用心棒でもなかった。用心棒は腰に差していた剣の鞘をぐいと引っ張り上げてイゾウの魔剣を受け止めた。更にイゾウから見えない死角においてもう片方の手で何やら怪しい印を結んでいた。
「抜いたな?」
用心棒の方もこの馬鹿野郎の来客を切り捨てる段へと転じようとしていた。剣を完全に抜き放って片手に構え、そこにもう片方の印を結んだ手が組み合わさって異様な構えが出来上がっていた。どうやら彼は剣術と魔法を並行使用しながら戦う魔剣士のようだ。
双方とも完全に死合いの態勢をとっている。
ククリは心底まずいと思った。ここでイゾウがやられてしまうような気はあまりしなかったが、ここで悶着を起こしたとて何の益もなく、ただ周りに迷惑をかけるのみである。下手をして大黒同盟を敵に回してしまうことだってあり得るわけで、そもそも良いことなど初めから無い。
(仕方ない、この場を収めるには……)
ククリはかなり勇気を奮った。ホルスターの中の改造拳銃を素早く抜き放ち、用心棒、イゾウが反応を示す間もなく発砲したのである。
イゾウめがけて。
次回予告
暴走するイゾウに自ら銃弾を撃ち込んで館から一旦引き上げたククリ。
信頼する仲間を撃った自責の念と無鉄砲なイゾウへの怒りの板挟みに悩むククリのもとに、あの男が現れた。
一方その頃、バテレンは用心棒を倒し、館の中へ……
次回『魔王の懐刀』第87回、『バアキの夜』。来週も見てね!