蜜掛け
次回予告は私の中での予定でもあります。ですが、その通りに一週間後の続きが書けるわけではないのです。そのことを思い知りました。
バアキは巨大な鉄の骨格に覆われていた。網目のように広がった鉄骨の周りに無数の管が蔦の如く絡み付き、その節々から発光する巨大な目玉が垂れている。その眼光が薄暗い鉄の密林を照らして生活可能な光度をかろうじてもたらしていた。その入り口に立つとそれが巨大な生き物のようにすら見える。異様な光景であった。
一行の内イゾウ、ククリ、アリスはこの圧倒的な人工物臭さに危うい印象を受けて尻込みしていた。そこらへんにある骨を一本取り除いただけで崩壊しそうな危うさ、とでも言おうか。
「いやに不気味ですね」
「怪物の腹の中にでも居るような気分だ」
「これが本当に街なのですか?」
と、それぞれ気の進まない感想を漏らさざるを得なかった。
そこで、四六が語った。魔界の潜入回数だけならバテレンに勝っているので、魔界の一般常識に一番明るいのも彼なのである。
「この街の地下奥深くには巨大な雷龍の遺骸が眠っていて、その膨大な魔力を魔鉄の杭を突き刺すことで地上まで吸い上げ、運用しようとした魔物がいたそうです。そのための古代儀式場を目印に魔物が集まって出来た都市と言われています。アリス嬢、恐れる程のモノじゃありませんよ(バテレンの旦那の方が百万倍危険で怖いです)。それに云々……」
と、さも常識のように語る姿は流石に潜入のプロである。実は、「ばれてもいいや」の気持ちで変装や演技をやるバテレンよりも四六の方が偽装技術全般のクオリティは高いのである。何だかんだでその真面目さ(元殺し屋にだって真面目な奴はいる。ちなみに、臆病とも言う)はバテレンに評価されているのだが、四六自身はそれを苛められているとしか感じていない。バテレンの数々の行動を見てきた彼にだからこそ起こり得る勘違いである。
そんな雑談をしている内に都市の中心部へと彼らは進んだのだが、なるほど、地面から突き出した鉄骨に接続された装置が様々ある。現代風に言えば電光掲示板や電灯、電熱を利用した調理器具のようなものも垣間見えた。この都市でしか使えない点では我々の世界のそれに一歩劣るが、それでも素晴らしい技術力である。そして、そのエネルギー供給を死してなお一手に担う雷龍の死体。大したものである。
さて、何度か道を尋ねた上でようやく大黒同盟の支部らしき館を一行は見つけることができた。しかし、館が目の前という所で、
「用事ができました、ここでお別れです」
と突如バテレンが切り出した。それまでは大黒同盟を目的地としているかのような口振りだった男がいきなりてんで別なことを言い出したのである。不自然極まりない。
「ではまたどこかで」
と矢継ぎ早に続いたバテレンの言葉にまくし立てられるようにイゾウとククリは、深く礼を述べながらも、そのままバテレンに連れられたアリスと四六の三人を見送るしかなかった。かなり素っ気なく、気味の悪い別れ方である。いくら能天気な二人と言えど、わけありの匂いを感じたことは言うまでもない。
バテレンは四六とアリスを連れてとりあえず近場にあった茶屋に入った。腰を下ろすと四六はすぐに尋ねた。
「よろしかったのですかい、彼らについていけば怪しまれずに忍び込めたのでは?」
前触れもなく目的地から離れようと言い出したバテレンの考えが読めなかった。当初の計画ではあのまま大黒同盟に潜り込み、そこに居るであろうとある男に会うはずであった。四六の目で探っても尾行されている様子もなく、イゾウ達の用事に紛れて事を成すには絶好のチャンスであった。これでは棒に振ったようなものである。
バテレンもこの時はからかいを抜きに密やかな声で四六に囁いた。
「洩れている」
「え?」
「先ほどの館、罠が仕掛けられてあった。我々を取り殺すための罠だ」
「まさか」
思わず四六は館の方を振り返った。見た目も普通であったし、何か特別な魔力が働いていたようにも感じられなかった。多少の伏兵なら有り得るかもしれないが、それしきならバテレンの恐れる所ではない。ならば一体如何なる罠が待ち受けているというのか?
「そんな馬鹿な事……」
と、半信半疑ながらも四六は重い唾を飲み込んだ。だが、バテレンの感覚は四六のそれよりも頼るべきものであった。
バテレンは急な動きで乱れた頭巾を直して
「あの密偵は果たして釣り餌だったな」
と、自嘲気味に言った。バテレンが何を考えているかはよく分からないが、要はしてやられたのだそうだ。
『あの密偵』とは、人間帝国のとある筋で捕らえられた魔物の密偵のことである。間抜けにも帝国の魔導師に容易く発見されたうえに隠し持っていた大黒同盟の割符を没収され、さらにバテレンの拷問術にあっさり嵌って雇い主である大黒天(超大物)に報告する日時や場所まで綺麗に吐いてさっくり死んだ、そんな間抜けな奴が居たのである。そして、その日時と場所というのが今日この日、このバアキの大黒同盟支部においてなのだという。
魔界の有力者である大黒天に接触する機会があるならば、出さない手はない。特にバテレンは大師匠の一件以来ベクトル=モリアを血眼になって探し続けており(イゾウとククリがその直属の部下で、さらに既に本人と教会で接触していたなどという事は夢にも思っていないのは皮肉である)、得意の話術でそのあたりの情報を大黒同盟から引き出そうといろいろ策を練って魔界に来ていたのである。隙あらば大黒天を大師匠の時と同じように殺してもよかった。
だが、その発端たる『間抜けなスパイ』が『優秀な囮』であったならば話は逆転してしまう。そもそも今までは戦時下でないときに魔物が組織ぐるみでスパイを飛ばしてくること自体が稀な上、囮など以ての外であった。戦術には聡いが戦略には疎い、そんな魔物どもに謀られたとあらば沽券に係わるのである。
実際、バテレンは魔物を甘く見過ぎていたとかなり後悔していた。必殺の罠は回避したにせよ、このまま引き下がっては完全な無駄足である(ネクロの件は本当に物のついでだったので数えない)。もちろん、向こう側がどういう意図で密偵を放ったにせよ、放っておくわけにもいかない。
バテレンは続けた。
「まあ、とりあえずあの二人をぶつけてみれば済む話。聞けば奴ら、ダンカにてネクロに即興で雇われたと聞く。そんな部外者に等しい者共がこのタイミングで館に入っていけば、罠は彼らに炸裂するだろうよ……」
ほんの少し投げやりな感じもしたが、バテレンは常の嫌味な笑顔を取り戻した。恐らくこの間にも代替策を練っているのだろう。
四六はなお疑いの目を以て館の方を見つめていたが、依然として館は活発で陰気な街の雰囲気に溶け込んでいた。
「旦那、別に今回は無駄足でも構わないんじゃねえですかい? このまま行っても戦闘は免れず、しかも今はアリス嬢もいらっしゃる。動くにしてもせめて死神が戻ってきてからでも……」
「うむ……」
大人二人は物思いに沈黙した。アリスはこの時本当に子どものようで、蜜掛けの焼き菓子を食べながら二人の顔を申し訳なさそうに交互に見ていた。
この時バテレンはほんの一瞬だけ「ここにいるアリスが強く淫らな方のアリスであったなら」等と、彼らしくもないとんでもないことを思いつきもしたが、すぐに押し殺した。淫魔アリスを一時的に封じるだけでもチャンスを見計らわなければならなかったのを、今更自分の手で呼び起こすなど以ての外である。そして、それは同時に自身の娘であるアリスを再び深い眠りに就かせることでもあった。
しばらく茶を啜った後、バテレンが言った。
「こうなるとお前らは足手まといだ、大黒同盟へは私一人で行く。四六よ、アリスを連れて都市見物にでも行って来い」
言い終わるか否かという頃にはバテレンの姿はきれいに消え去っており、三人が囲んでいた卓の上にはいくつか小汚い財布が少々乱暴に残されていた。バテレンはスリの名手でもあった。
「実は結構行き当たりばったりな方なんだよなあ……」
と、既にバテレンはいないものと思った四六が呟くと、
「知らなかったの四六さん?」
と、アリスはさも当然の事のように尋ねた。成程、怪人バテレンに付いて暮していれば結構やばい目にも遭ってきているのだろう(そもそも、今こうして魔界にいることだって人間の子供にとっては異常な経験である)。肝っ玉の大きさならばこの時点で四六に勝っているかもしれなかった。
(あんたらには敵わねえよ、全く……)
四六は深くため息をついた。だが、今に始まったことではない。
「お嬢、旦那からの小遣いもあることですし、そこいらを歩いて回りましょう」
「そうですね」
四六とアリスは席を立った。
こうして、バテレンは単身で再び館へ、四六とアリスはバアキ見物へと向かったのであるが、遡ること十数分前、何も知らないまま大黒同盟バアキ支部へと入っていったイゾウとククリはどうなったのか。
次回予告
大黒同盟バアキ支部は真っ赤に燃えている!
誤解が解けるのが先か、イゾウ達がくたばるのが先か!
次回『魔王の懐刀』第八十六回、『血の戦い』。来週も見てね!