バアキ
舞台は再びイゾウ一行とバテレンの偽装キャラバンの囲む焚火に戻る。
「クリス殿、先程の話を寝ていたククリにもう一度お聞かせ願えますか?」
クリスという名はバテレンの用いた偽名である。アリスの方は割とありふれた名前だからそのまま名乗らせていたが、バテレンという呼称は珍しい(そもそもバテレンという名前も『宣教師』を指すポルトガル語を日本流に読み変えたものであるから、本名かどうかは疑わしい)。そのまま名乗らないのは当然である。
「ええ、あなた方をお見かけする半日ほど前の事です。我々はあなた方の雇主のネクロ殿にお会いしまして、伝言を預かったのです。『急用ができたので先に目的地へ行って大黒同盟に届け出てくれ』と言う事でしたが、イゾウさんのお話から察すれば、賊の首領とやらを追っていたのではないでしょうか。どうも腕っぷしに自信のあるお方のようでしたし……」
という以上の説明は、バテレンの口から出た全くのデタラメである。自分でネクロに手を下しておきながら、後に出会って物好きにも助けてしまった魔物たちがネクロの用心棒と知り、適当に口裏を合わせたのである。
バテレンはこういうウソを本当らしく吐く事においては天才的であった(常人ならば嘘が巡り巡って自分の首を絞める結果になることが多いものだが、バテレンはその収拾すら神業である)。その裏も表も無さそうな口調にククリは、
「へぇ、よかったぁ」
と、ため息をついて納得してしまった(そもそも、命の恩人に当たるバテレンに対して言葉の節々を疑ってかかるような事の方が彼にとってはあり得ない)。
しかし、ただ一つこのバテレンのデタラメにミスがあるとすれば、それはネクロを「腕っぷしに自信のあるお方」と表現してしまった事である。イゾウ達の知るネクロは商人風の術師であり、武闘派とか腕っぷしとかいう言葉とは無関係の男であった。ネクロの黒騎士武装は門外不出の秘密兵器だという事を勘定に入れ忘れていたのである。加えて、まさかあんな武骨な男が商人に化けて行動していたとは、流石のバテレンも推測が及ばなかったのである。下手をすれば致命的な誤解が互いに及んだであろう。
だが、
「腕に自信? ほぉ……」
イゾウだけが意味ありげに頷いたが、そもそもイゾウはネクロが只者ではないと薄々勘づいていたため「クリス殿もネクロから何かを感じ取ったらしいな」と早合点し、むしろ「強者の気配を感じ取る達人的な俺らってマジすごくね?」という共感と自惚れの感情を抱いて矛盾を素通りしてしまった。イゾウはこういう辺り、少年漫画ばかり読んで大人になった残念なガキンチョのようである。そんなことで一喜一憂するようでいいのか。
(何を嬉しそうにニヤニヤしとるのだ、こいつは?)
と、バテレンですら一瞬そんなイゾウを量り損ねたが、彼にはこういった変な類の輩には長らく関わってきた経験があり、それはバテレンに
「放っておけ」
と命じた。何も考えてなさそうな輩や意味不明の狂人相手ほど、思考を巡らして接することがかえって裏目に出ることが多い。
結果、イゾウの意味不明な満足は誰にも理解されることなく完結した上、バテレンの「ネクロは健在かつ盗賊を追跡中」というデタラメが事実として落ち着いてしまった。ネクロがこの会話を聞いていたならば、歯痒さで自らの歯を毟り取ってしまっていただろう。
飯を済ませた辺りでようやく日が高くなってきた。すると、元々が薄暗い土地だったのでわかりにくかったが、バアキがもう目と鼻の先にあったことにイゾウとククリは気が付いた。山賊たちが闊歩していた岩場のしばらく向こうに見渡す限りの平原が広がっており、そこに異様な様で都市がそびえ立っていたのである。
「もう目と鼻の先ですよ」
とイゾウ達に告げたのは四六である。バテレンにへりくだってばかりで下っ端口調が板についていた彼であるが、まともに話すこともできるらしい。そりゃそうだ。
しばらくの間バテレンとククリによるゾンビ戦車の簡易修理(例の鏃を片っ端から取り除いて魔力を注入すること)の後、息を吹き返したゾンビ戦車と共に一行はバアキへと歩き出した。そして、ネクロが追いついてくることもなかったが、それ以外は何の障害もなく一行はバアキへとたどり着くこととなる。
次回予告
ネクロから預かった荷を大黒同盟へと届け出るイゾウとククリ。
そこで待ち構えていたのは……
次回『魔王の懐刀』第回八五回、『大黒天登場』。来週も見てね!