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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
77/128

死屍累々

自分で書いておいてなんですが、やはり予告というのは当てになりません

 イゾウが魔剣の精霊から伝えられた魔剣術『東方妖怪流』は、その名の通り妖怪の名を冠した必殺技とも言うべき剣技を持っている。もちろんただのかっこつけではない。

 現代地球では合理化に押されてマイナーな部類とされているが、他の生物の動作や行動を手本として自らの技に取り入れるという手法は長らく行われ、これからにおいても有益であり続けると思われる。我々が抱くあらゆるイメージの根本には、動物を含めた様々な自然現象があるためだ。

 例えばそもそもの話、この世に飛行する虫や鳥がいなかったとすれば人類はこんなにも早く空を飛ぶ機械などという大それた物を作れはしなかっただろうとも思う。空を飛ぶという発想すらまだ出てきていないかもしれない(もしくはSF扱いされているか)。

 東方妖怪流は、個性豊かな存在である妖怪を手本としてそれを再現することで、理に適っていながら予測の難しい変幻自在の剣を繰り出す、という稀有なコンセプトの上に成り立っていた。この流派は現在の魔界では古典的とも言われており、他の魔剣士、例えばこの前奇奇怪怪に殺された狗夜叉などはこれとかなり雰囲気の異なる魔剣術を用いている。この辺りについてはイゾウがとある魔剣士との戦いに臨む時にまた詳しく述べようと思う。

 さて、肝心の『釣鐘落とし』であるが、東方妖怪流の流儀が以上のものであるとわかった以上、妖怪の種類の名前であると推測されるだろうが、その通りである。『釣鐘落とし』、現代地球では亜種の関係である『釣瓶落とし』の名前のみが残っているが、それと同様で高いところから急に落ちてきて人を襲うのが主たる特徴である。生首のような丸っこい容貌や火の玉の姿として描かれるが、それらの特徴を守りながら、釣鐘落としはとにかくサイズが大きいらしい(サルカニ合戦に出てくる臼のようなものか)。詳しく知りたいなら『釣瓶落とし』で調べてみればいいと思う。

 そして、魔界の住人である賊たちは当然『釣鐘落とし』が上から降ってくる妖怪だという事を知っている。しかし、何か仕込みをする暇など与えずに射抜いたのだから何の心配もする必要はない、という至極真っ当な論理が彼らの足をすくうことになる。後になって思えば一瞬でも上に気を配ればよかったのにと地団太を踏むに違いない。

 対するイゾウは、腰あたりの高さに刺さった三本の矢が融けて落ちるのを見届けながらも、さっき矢を無効化した時との違和感を感じていた。それもそのはず、例の呪いの籠った鏃がまだイゾウの体内に融けずに残っていて、密かに魔力を食い荒らしているのである。

 イゾウは『釣鐘落とし』を、賊たちは先程の特製鏃をそれぞれ頼りとして勝利の瞬間を今か今かと探り合っていた。必殺の仕掛けを既に互いに展開しきっており、後はそのタイミングの後先の事だけなのである。

 十数秒、互いの戦法の効果が表れるその瞬間まで彼らは睨み合っていた。さて、先に倒れるのはどちらか。

 ……イゾウだった。魔剣の精霊が体内の異変に気づいてイゾウに耳打ちしようかというその直前、イゾウは耐え切れず片膝を突いた。目のかすみ、異様に酸性の強い汗、偏頭痛、吐き気……、魔力欠乏の典型的初期症状に襲われて辛抱が尽きたのである。そして、平衡感覚をすら失ったのだろう。ユラユラとその場に倒れ伏せてしまった。

 この時すでに原因が先程の鏃ではないかと珍しく鋭い勘を働かせた魔剣の精霊であったが、その声はイゾウには届いていなかった。

「よし」

賊の副官がイゾウの無力化を確信して射手たちに略奪開始の合図を送ろうとした時、今度は釣鐘落としが牙をむいた。

 カスン、という音と共に何かが彼らを襲った。

「何だ!?」

矢である。先程自分たちがイゾウに射掛けたはずの矢が突如として上空から降り注いだのであった。

 賊の副隊長は幸いにも矢に狙われずに済んだが、態勢を立て直そうと辺りを見回した時、彼を衝撃が襲った。彼を含む三人の賊を残して、他の射手が全員頭を打ち抜かれて即死していたのである。

「あ、え、うおぉ!」

副隊長はあまりに突然の出来事に茫然自失として意味不明の嘆声を漏らしたが、仮にも隊をあずかる者としての意識が彼をギリギリのところで冷静に繋ぎとめた。

 副隊長はハッとして誰に伝えるわけでもなく呟いた。

「俺らの矢、さっき弾かれた時のだ」

冷静に考えれば何とか推測できるところではある。あの奇怪な魔剣士は矢を魔剣で弾き捨てたように見せかけて、実は魔力を大量に込めて目に見えぬ程の高速で打ち上げていたのだ。そして、落下する矢に対して地面に水平方向に遠隔魔力操作、落下座標を無理矢理ずらし(魔力を込められた物質は術者、もしくはそれに準ずる者の魔力との間に力場を生じる。クーロン力や磁力、重力等の力に対して、この力の事を広義においては『魔力』とも呼ぶ)、あれだけ居た射手を一度に狙い撃ったのだ。それならば、全員で一度に射掛けた矢の内奴の腹にある三本の分、三人が生き延びたという事で計算が合う。

「馬鹿な、そんな……」

三人の賊たちは自分たちが何をされたのかを理解し始めると、そのあまりの一発芸振りに言葉を失った。とても実戦で仕掛ける気にはならない芸であり、悔しいような可笑しいな、そんな顔でイゾウを見るしかなかったのだ。

 そう、『釣鐘落とし』はそうとわかってしまえばなんという事はない、手品であった。射掛けられた矢を、一度に、高速で、打ち上げ、同時操作する、という高度な技術を要求する割には、(わざわざイゾウが叫んだ技名を聞いて)上を見ればすぐばれてしまう重大な欠陥持ちである。本来は魔力のコントロールに習熟するための習作的な技であるが、ここでこれを教えた魔剣の精霊がすごいのか、それとも、大真面目に実行してしまったイゾウがすごいのか。とにかく戦いの場において常人のやることではない。

 何はともあれ、残った三人は息をまいた。

(恐ろしい魔剣の使い手だ、完全にイカレてる)

勝ったと思った矢先の出来事だったので残った三人は気が気でなかったが、流石にこれ以上の反撃はなさそうである。たった一人残ったイゾウは倒れた。複雑ながらも結末としては勝利に違いないと彼らは確信した。

 しかし、ここで悲しいのは彼らが山賊で、この壊滅的な状況から略奪を再開しなければならない点にある。ゾンビ戦車に積まれた荷物を略奪しようにも、たった三人を残して足軽も射手もほとんど死んでしまったのである。人手が圧倒的に足りない。

「どうしましょう?」

残った部下の言葉にまくし立てられる副隊長であるが、誰にも顔向けできないような結果に目を向けたくはなかった。勝利は勝利だが、山賊の仕事としては最低である。もちろん山賊とて情けはある。つるむ仲間を失ってまで略奪に入れ込むようなぶっ飛んだ精神など持ち合わせていなかった。

「そうだな、まずは馬車を近くのアジトに運び込む。人手が足りんから雨傘山まで使い魔飛ばして、それからコントン殿のお戻りを待って、くそ、あと矢も回収だ。ああもう、それに、ええっと……」

副隊長は、静かに大いに荒れていた。

 戦いとは、終わった後にこそ真に煩雑たるその本性を見せる。どんな規模であれ、戦いの後には必ず必要な処理があり、主に勝者がそれを強いられる。搾取、掃討、支配、協定などなど、例えそれが戦争の目的で利益に繋がろうとも、常人には一抹の空しさを感じざるを得ないものである。副隊長はその場を一応の勝利をもぎ取りながらも、その煩わしさや空しさ、そして部下を失った事実でボロボロになっていた。

「ああ、うおぉ」

しかも、コントン直属の射手部隊始まって以来の壊滅的被害であり、責任の追及も考えられる。副隊長の錯乱も頷けるというものだ。顔は青ざめ、毛深い毛皮が心なしか艶を失っているようであった。

「それもこれも」

 副隊長は幽鬼のような目でジトリと倒れているイゾウを睨みつけた。弾丸を飛ばしてくる子鬼なんかよりもこいつを早く潰しておくべきだったと、今になって思われる。

「まずは、奴に止めを」

 怪物じみた治癒力を以てしても首を刎ねられれば一溜りもないだろう。副隊長は忍んでいた岩場の頂から滑り降り、イゾウの傍らに立って短剣を構えた。恐ろしい表情で、

「死ね」

と言い切らない内に短剣を振り上げた副隊長であったが、そこで彼に最期の不幸が訪れた。

 ズドン。

次回予告

 目的地まであともう少しという所で力尽きたイゾウ達。彼らの後に迫るのはネクロか、コントンか、それとも……?

 次回『魔王の懐刀』第八十二回、『バテレンの殺戮、あるいはアリスの手当て』。来週も見てね!


 次回予告ってすごいですよね。アニメや漫画雑誌のそれを見ていると、その思わせぶりな口調に惚れ惚れしてしまうことがたまにあります



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