釣鐘落とし
次回予告通りにいかないことはよくあることです
ククリは左目を押さえて悶絶していた。左目から走る傷はククリの視界を半分にして、じわじわと赤みを増す。
ここで一つ思い出しておきたいのは、ククリが眼を用いた予知術の天才だったという事である。当然目という媒体を失くしてはこの術は発動しない(実は絶対に無理とまではいかないのだが、そのためには無いはずの自分の目の存在を実感するレベルの強い暗示が必要となり、少なくともククリの意志で術を使用することは叶わない)。『神の目』とまで呼ばれた未来への扉の半分をククリはここで不意に閉ざしてしまったのである。奇奇怪怪の一件から使用不可能になってはいたが、さらに回復を難航させる不運であった。
「目がぁ、目がぁ……」
それにしても可哀そうなククリ。どうして作者は彼の左目をつぶすなどと惨いことを唐突に思いついてしまったのか。ちょっとは勘弁してあげたりもしたい。しかし作者は(意味もなく)容赦しないし、そこに付け込まない賊でもない。パンパンとやかましく恐ろしい鉄砲玉が止んだため、賊たちはいよいよ囮でなくゾンビ戦車の暴走を本気で止めにかかった。
使われる獲物は幻の火矢や毒矢から、魔法妨害の例の矢に切り替えられた。ネクロの肩に刺さったアレである。ネクロは出血を恐れずにアレをすぐに引き抜いたのでまだ良かった方なのだが、あの鏃には魔力の流れを吸収する魔石に更にその流れをかき乱す悪質な呪法が施されてあり、一度魔力を持つ物質に刺されば電子部品に水をぶっかけたような効果を発揮する代物である。失血のリスクなどを気にしてそれを取らずに放置しておくと弱い魔物は魔力を搾り取られ、逆に強い者は魔力のショートに苦しむという大変よくできた装置である。
余談ではあるが、この場で展開されている、遠巻きに魔法の矢で攻めたてる戦法はコントンが開発したと言われている。勢力基盤が全くできていなかった頃の彼が少ない部下たちを訓練して鍛え上げる過程で生まれたとも伝えられており、それを初めて真っ向から打ち破ったのが奇奇怪怪であるというのは有名な話である。あれは同業者同士の小競り合いから発展した形の魔王候補闘争であったが、毒矢と例の魔法妨害矢によってハリネズミのようになってゲロゲロと血や内臓を吐き出しながら、それでも迫ってくる奇奇怪怪にコントンは参ってしまったらしい(自分をそんな目に遭わせた相手を兄弟分にしてしまうあたり、奇奇怪怪はやはり意味が分からない)。
今までは狙撃手への威嚇で魔法妨害に関しては効果の低い矢を射かけていたところを急に指向を持たせて魔法そのものを攻撃したものだから、ゾンビ戦車は驚くべき速さでその勢いを失っていった。原料となったそれぞれの死体兵が独立した回路によって動いていたのがまだ不幸中の幸いといったところだったが、そうこうしている内に彼らにとっての絶好のチャンスの時間が終わろうとしていた。
「中にはもう一人魔剣士が居るはずだ。出てきたところをハリネズミにしてくれるわ」
この賊隊のコントンに次ぐ副官とも言うべき男は、一際な強弓を構えて部下に注意を促した。一見意味不明な行動をとる相手というのは得てして恐ろしいことが多いと知っていたのである(奇奇怪怪を見ていたから)。
そして、ついにゾンビ戦車はその走行を文字通り「壊れたように」やめた。終えてみると実に矢を数百本も咥えこんだのであるから、対処されてしまったにしろ大した戦車であった。
射手のバックアップを受けながらまた下っ端の足軽取り手たちがゾンビ戦車に向かっていく。十人ほどの足軽が停止したゾンビ戦車を取り囲み、いよいよ略奪が始まろうという時、
「ク、ククリ殿ーっ!」
目覚めてみたら目の前に頭から血を流して弟分が倒れているのを見つけたかのような、間抜けた迫真の悲鳴が開けっ広げに響いた。驚くのが二、三分遅いのではないかと心の中で疑問に思いながらも近づいていく足軽たちであったが、そのうちの一人が馬車部分に手を掛けた瞬間、
「お前かあっ!」
という叫びと共に鎌鼬が捕り手の胸を突き抜けていた。
刀すらが姿を見せない一撃に緊張が走ったのも束の間、イゾウは馬車正面から飛び出して一人を切り裂き、そのまま続けて馬車の周りを一周走り抜けるようにして足軽どもを一掃した。驚くべきことだが一瞬で足軽は壊滅してしまった。可哀そうなことであるが、暴力団の下っ端の背負う宿命である(『この盗賊たちは強キャラに対する当て馬ではない』と言っておきながらこの始末であった)。
射手たちはこれはやばいと思いながらもイゾウに矢を射かけた。ネクロさえも戦かせた魔法妨害の矢である。イゾウの体も魔人である以上は魔力によって大きく左右される肉体なので、射手たちはこれをイゾウに当てきればまだ勝機はあったかもしれない。
しかし、この瞬間、この状況のための技を得るためにイゾウは(ククリを放置して)動かなかったのである。
同時多発的かつ多方向から迫る矢に向かって、イゾウはゴルフのスイングの前動作のように魔剣を振り上げて構えた。そして、
「釣鐘落とし!」
技名を叫びながら(恥ずかしい)腰を捻って回転し、向かってきた矢を下から上のスイングで弾いた。勢いよく弾かれた矢は物理法則に従って上へ打ち上げられたが、また三本ほど捌ききれずに腰に刺さった。
賊たちは、イゾウが技名をわざわざ叫んだにも関わらずそれを気に留めず、イゾウの体を突き抜ける矢を見て安堵の表情を見せるのみであった。
何故か。それは、何も起こっていないからである。イゾウは再び傷を負い、仲間の射手共にも何の変化も見られない。叫んだところでくたばり損ないにいったい何ができようか、という安堵である。三つの鏃がイゾウの体内に埋め込まれたとき、彼らは勝利を確信していた。酸であろうとあの鏃は融けず、むしろ活性化してイゾウの魔力を奪い去ることだろう。
しかし、確かにイゾウの『釣鐘落とし』は発動していた。誰にも悟られず、その証拠は彼らの上空に確固として存在していたのである。
次回予告
イゾウの新たな魔剣術『釣鐘落とし』とはいかなる技なのか。停止したゾンビ戦車、負傷したククリ、イゾウの腰を貫いた鏃の罠……絶体絶命の状況をイゾウはどう斬りぬけるのか?
そして、彼らの後に迫り来る影とは?
次回『魔王の懐刀』第八十一回、『後ろからバテレン』。来週もまた見てね!