ゾンビ戦車
ここでイゾウ達に目を移す。まだ商人面していた時のネクロに促されて荷と共にバアキへ向かった彼らは、案の定コントンの部下たちの執拗な追撃を受けていた。同時刻にコントンがネクロに振る舞っているような奇行の類は一切なく、ただただ無駄なく隙なく攻め上げる。何とも相手にしたくない追撃であった。
今の状況をもう少し詳しく述べるにはゾンビたちの細かい動向を述べなければならないので少し。それまでのキャラバンは人数を多く見せるために(隊商であると演出するために)、複数の死体馬車に加えて手運びのゾンビも複数体いたのだが、ネクロの合図によってそのそれぞれが担当の荷物を無理矢理一つの馬車に詰め込み、ある者は馬、ある者は御者、ある者は馬車そのものの一部に姿を変えて強行突破モードへと切り替わった。そのモードへ切り替えなければならないときは商人らしい偽装云々と言っていられない事態であるから、見た目がかなり常識離れした異形の者となっている。例えば死体の一部等は自ら融けて触手のように変形し馬車に巻き付いて応戦したりもしており、死体によってできた戦車と言っても過言ではない(よって、これからはゾンビ戦車と呼ぶ)。
御大層な隊商を守り切るのは難しかったが、編成変更のおかげで防衛戦はぐっと楽になったといえよう。しかしちなみに、ククリの最初に飛び込んだ馬車は動力となる人面馬ゾンビが途中でゾンビ戦車の方に吸収されてしまい、危うくククリがからの荷車と共に置いて行かれそうになったというエピソードもある。未来予知が完全に使い物にならなくなってしまっているのがありありとわかる。
「ククリ殿、援護を!」
イゾウはそう言って遅れたククリを戦車に放り込むと、賊の潜んでいそうな怪しげな場所をゾンビ戦車に並走しながら直感で斬って斬って斬り回った。魔人の肉体の無尽蔵な体力が示される場面である。鉄鬼との対峙の時よりも大幅に体がイゾウに馴染んできており、魔剣の冴えも少しずつ上昇してきているきらいがある。イゾウは生前そうであったように、何かしらのトレーニングを積んで修行するというよりはほんの少しでも実戦の中に居た方が伸びる(元)人間なのである。イゾウは活き活きしながらそこら辺を鎌鼬で攻撃してまわり、ククリはその状況に狙撃という一定のプレッシャーを与えながら馬車に潜んでいた。この二人は何だかんだで戦術的に噛み合ったいいコンビであった。
しかし、これでは圧倒的にイゾウ達が不利となるはず。賊たちは山道を沿って爆進する標的に先回りして攻撃を加え続けて消耗を待てばよいのである。いくら魔人のような体をしていたって半日もそんな状況が続けば圧倒的に有利、コントンの部下たちはそう思っていた。
そんな中、魔剣の精霊がイゾウに囁いた。
「新たな技を授けよう」
単刀直入すぎる提案にイゾウは二度聞きしてしまった。この忙しいときに何を言っているのか。
「え、なんだって?」
「おう、こういう時にぴったりの技が我が剣(つまりわしの事)にはあるのだ」
イゾウにも段々と魔剣の精霊の性格が読めてきていた。やはりちょっと思考がずれているというか、空気が読めない奴なのである。剣の精霊としての自我は他の生物のそれとは根本的に異なるようで、それはヒトとサルの違いというよりは人とロボットとの違いに近い。ロボットチックでプログラム的な頭の固さが爺臭さの裏から漏れ出ているのである。いわゆる痴呆の類ではない。
もちろん、
「忙しいんだ、すっこんでろ」
と、突っ返されるのも仕方がない。が、魔剣の精霊は粘った。
「この技は屋外でしか使えんが、鎌鼬よりも簡単に決まる上に楽ができるぞ」
「何!?」
「ほれ、便利そうじゃろう」
「まあ……」
少しとっかかりを得た途端に精霊は畳み掛ける。
「鬼の坊やに五分稼がせろ。さすれば(馬鹿な)お前でもこの技を極められる。どうだ?」
「むぅ、どうだろう」
ちょっと間抜けだが、イゾウは魔剣の口車に乗せられてククリの元に馳せた。この隙を突いて矢が3本ほどイゾウの胸から肩にかけて貫いていたが、本人はあまり気にならないらしい。どうやら、魔人の肉体は超再生能力に目覚めていたようである。
「ククリ殿、ちょっといいか」
「はい?」
敵の観測に精を出していたククリはノコノコと戻ってきたイゾウに面食らった。このままでは二人纏めて狙い撃ちにされ、何とか生き残れたとしても反撃できず荷を奪われてしまう。早くゾンビ戦車に並走しながらそこら辺をかき乱す作業に戻ってくれ。
「ここに居たら狙い撃ちです、散ってくださいよ。無尽蔵の体力を持った無敵の魔人なんでしょうが?」
「まあ、そのようだが(ベクトル談)。いや、戦わなければいかんというのは本当にそうなんだが…… あの、ククリ殿、何とか五分の間場を持たせてはいただけないか?」
「は?」
「こんな時で申し訳ないが、敵を(たぶん)退散させるのに有効な技の習得に今からやって五分かかるのだ。その間だけ、どうか!」
ククリはイゾウという魔剣士の裏に魔剣の精霊というものが控えていることを知らなかったから、イゾウの言っていることは支離滅裂に聞こえた。だが、ククリはイゾウを信頼してもいた。
「訳がわかりませんよ、もう…… ですが、いいですよ、やってみますよ」
未来予知に変わるものの候補の一つは『信頼』である。少年漫画の主人公が激闘の末掴み取る真理的な何かのようなフレーズであるが、ねじくれている割に聡明で素直なククリは、こんなところでそれを見つけてしまった。予知能力があったころは能力あってこその信頼であったが、それとは別次元の心境にククリはなんだかむずむずしていた。
「よしきた。三分で済ませてやる」
ゾンビ戦車の中に無造作に入ってきたイゾウは奥に転がり込んで瞑想を始めた。魔剣の中の微分的異次元空間道場へと出向いているのである。
「何をやっているんだか。さて、とっ」
安請け合いしたまでは良かったが、ここからは敵がどう打って出てくるか未知数である。賊からしてみれば、敵が勝手に引っ込んでしまったのだから怪しい。罠を疑ってしばらく様子を見てくるかもしれないともククリは思ったが、そういう小手先のハッタリは通用しなかった。定石通りに矢による攻撃が至る所からゾンビ戦車に向けて放たれる。ゾンビの肉の壁がその大半を防いでくれてはいるものの、毒矢や魔法弓相手ではどれだけ保つか定かではない。
「早くしてくださいイゾウさん」
ククリの生まれて初めての単独戦闘はウルトラマンもびっくりの役五分間耐久となったようだが、さてどうなるか。