096=〇九六=ネクロ
コントンを倒した今でも他の盗賊たちは今もイゾウやククリを攻撃していることだろう。コントンを脅して無理やり退却させてもよかったが、生きると死ぬの瀬戸際を彷徨う相手に対してネクロはそういった発想ができないのであった。下手に動かすことのできない重症者であったため、連れて行って部下たちに突っ返してやることもできない。よってネクロの算段では彼らに追いついてコントンが負傷していることを伝えて退散させる心づもりであった。統率のとれた彼らが頭領を見殺しにするはずもなし、腕の立つ頭領を倒したネクロを相手取ろうとするはずももっとなかった。
ネクロは戦いをほぼ終わらせる見込みがついて一息をついたが、イゾウ達の身がいまだに危ないのは承知していたため足を速めた。鉄馬の脚は合体中、ランニング程度の気持ちで時速四〇キロメートル毎秒程の速さを実現する優れものである。馬車馬ゾンビたちに供給していた魔力からして結構な速さで向こうも進んでいるだろうが、それでも一、二時間で追いつけるものと踏んでいた。
地に伏して回復しているコントンをあとにネクロは走り出した。
しかし、走り始めて数分が経とうという時のこと、
「九六よ、久しぶりだな」
虚空に響いたクククという作りっぽい笑い声と共に悪寒がネクロの全身を走る。九六というかつての名を呼ばれることは久しく、そして、その名を知る相手は絶対にろくな相手ではない。その声には覚えがあった。
「まさか……」
ネクロは槍を咄嗟に構えてヘイクロイナの足を止めて辺りを見回すが、誰もいない。しかし、ネクロの記憶が正しければ、その最悪の相手は姿を消す技術を持っている。
声は響いた。
「黒騎士の装備はまだ大事にしていたのだな。私を裏切って逃げ出したお前にしては律儀なことだ」
その言葉と共にピシリと乾いた音が弾け、目の前の空間が歪むようになりながらそこに声の主の姿が沈殿し始めた。
その姿はネクロの予感の的中を告げていた。ネクロは思わずその名を口に出した。
「バテレンっ……」
その通り、そこに現れたのは人間界人間帝国神祇長官にしてクルセイダー総指揮官、バテレンであった。その傍らには部下である四六と、全身を不気味な装飾で覆い隠した鎧武者、そして三怪人が一人であるアリスが控えていた。今まで姿を消していたのは四六が携帯していたステルス結界発生装置の作用によるものと思われる。
バテレンは相変わらず意地の悪い笑みをちらつかせている。ネクロには心底不愉快であった。彼らに浅からぬ因縁があることは明白であった。だが、なぜ?
バテレンはわざとらしく声を作って言う。
「おや四六よ、お前の旧友だった九六じゃないか、何か言ってやらんか」
その言葉に四六はギョッとしてバテレンの方を向くが、チロリと冷たい視線を放つバテレンと目を合わせてしまい、咄嗟に視線を落として弁明する。
「旦那ぁ、勘弁してください。俺には何も言えません」
何か余計なことを言っていたら次の瞬間にはバテレンに殺されていただろうことは容易に予想がついた。仮にネクロに友好的な言葉をかければ魔物に通じる非人間として、冷たい態度を取れば仲間に対して冷淡な非人間として、例の術の餌食になるのである。バテレンはそうして人を試し殺すのが趣味の残忍な男である。四六はそう確信していたのである。
「どうか、勘弁してください」
四六は重ね重ね卑屈に頭を下げた。それはバテレンに向けて下げたようにもネクロに対して下げたようにも見えた。
バテレンはその様子に目もくれずに再びネクロの方を向いた。
「四六は人間を、帝国を、クルセイダーを、そして何より私を裏切ったお前とはもう話もしたくないそうだ。どんな気持ちかね、かつての仲間に邪険にされるのは」
ネクロはコントンとの戦いでかなり消耗していたのでバテレンとは間違っても事を構えたくはなかったが(そもそも会いたくなどなかったが)、四六を使った挑発はかなりこたえた。
「消え失せろバテレン。お前の言う『裏切り者』の九六は死んだ、俺は大黒同盟のネクロだ」
ネクロは目をいからせてバテレンを睨みつける。しかしバテレンは、ネクロの睨みなど虚仮脅しにも劣るかのように涼やかに流した。そして四六と鎧武者の傍らから数歩前に出てからクルリと背をネクロに向け、指をパチンと鳴らした。
「ほう、大黒同盟! それはそれは結構なことだ。よし、用事のついでにここで殺すつもりだったが……」
バテレンの指の音に反応して鎧武者が帯刀していた曲刀を鞘から抜き放ち、手に持っていた杖と共に鎌のような武器を組み上げ、構えた。
「痛めつけるだけにしろ、殺すな」
指令を受けた鎧武者が鎌を振り上げると曲刀の部分が勢い良く宙に舞いあがる。よく見れば曲刀と鎌は鎖で連結されてあり、機械仕掛けによって伸縮自在となっているらしい。
鎧武者の駆るその鎖鎌(仮)は遠心力によってその勢いを増し、杖の動きに連動してネクロに襲いかかった。その動きは大蛇の如し。
薄幸のネクロ、悪夢の第三回戦である。