ネクロとコントン
忙しくなったらなったで書きたくなってしまうのです。これも現実逃避なんでしょうかねえ
ヘイクロイナと融合したネクロは何が変わったか。もちろん一応は馬に乗ったわけであるから、機動力と相手に対して高い位置に立てるというアドバンテージがある。だが、それだけではなかった。ヘイクロイナが搭載していた魔法によってネクロそのものが強化され、傷だらけの見た目とは段違いに活き活きとしていた。
「死にぞこないめ」
コントンはそこいらに放ってあった宝剣を次々にネクロへ向けて投擲する。ネタの割れているてつはう作戦は当然の事、加えて宝剣が分身したり、大きくなったり、フォークやスライダーにナックルなどの変化球的軌道やジグザグに飛んでみたりと、野球漫画に出てくる魔球のラインナップを見ているようである。『消える魔剣』もあるかもしれないが、消えているのだから見えない。
その全てが爆弾だと思うと避け切るのは至難の業とと思われた。しかし、ネクロはもうその手には乗らなかった。魔球だからと言って打ってしまえば爆発してしまうのは火を見るより明らかで、付き合っていられない。『ヘイクロイナ』部分の鉄馬の脚で高く飛翔してかわしながらネクロに前蹴りを食らわせつつ、槍で突いたり払ったりして攻める。コントンは脇腹や肩に槍を受けながらもククリの弾丸を防いだ謎の防御で受け流しており、装束はボロボロになっているにもかかわらず一切出血していなかった。そして、何が何でも余裕の表情を崩さない。
「へへへ」
ネクロの連撃の隙を突いてコントンは一度に両手から宝剣を一本ずつ出して斬りかかる。しかし、ネクロのその隙はコントンに隙を作るために捏造した囮の隙であった。大振りな二斬撃をかわして飛び退きながら上半身をひねって一閃、中途半端に前につんのめったコントンの喉元をトッと突いた。
「え」
黒槍はコントンの首の斜め前から水平に突き刺さって食道部分を突き抜けていたコントンは全くもって不意の致命傷に思わず表情を失くした。
槍の神髄とは、防御が難しく威力が一点に集中したこの突きなのである。多少無理をしてでも突きの軌道さえ確保してしまえばそれで敵はお終い、そして長い間合いがその一撃必殺ぶりをさらに高めているのが槍のベストセラー武器たる所以である。
「お前の防御はこの槍には通じない。黒騎士の槍は全てを突き通す」
黒騎士由来のこの魔槍も様々な魔法で強化されている。弾丸すら弾いたコントンの防御であっても隙さえ突けば通せた、その鋭さはそれ故である。
「ぐぅおぅ」
流石のコントンも首をまともに突き通されては致命的である。激しく咳き込むようにしながらその場に倒れこみ呻いている。今度は出血もあり、死ぬのも時間の問題であった。
ネクロはヘイクロイナとの融合を解いてうずくまっているコントンの傍らに立った。ヘイクロイナとの融合の作用で傷の方はだいぶ良くなっていた。ここにおいてネクロの勝利は確定した。あとは……、
「呻くな、今楽にしてやる」
ネクロは槍を振り上げた。とどめを刺すというよりは苦しむ相手の介錯を自ら任じたという心境に近かった。思えばイゾウとククリを先に行かせた先程の行動もその騎士道(武士道?)精神の発露であった。
魔力を込めると先端の刃は更に鋭さを増し、一刀のもとにコントンの首を両断するに充分となる。しかし、ネクロは何かを見つけるととどめを刺さずに槍を下した。ネクロは誰に問うでもなく漏らした。
「死ぬ気はないのか」
見れば、コントンが自ら首を抑えている手から治癒魔術特有の回復光が漏れ出している。もはや声も出せないでいるコントンは苦しみ悶える振りをしながら必死に手でその光を手で覆い隠し、どうにか生きる手を模索していたのである。
もちろん、魔術と言えどこのような致命傷を回復しきるには相当の時間が要るし、成功するとも限らない。邪魔の一つでも入ればそこまで、コントンの生命はいまだにネクロの手の内にあった。
「ぐうぅ」
コントンは必死であった。どうにか相手の意識を首の傷から逸らそうと全てをかけて呻いていた。
「……」
自身を著しく傷つけた盗賊とはいえ、その姿はあまりにも憐れであった。当然コントンもこの時ネクロが自分の回復に気付いていることを察して絶望していたが、それでもなお回復の手を止めなかった。自分が諦めて手を止めることだけは有り得なかった。絶望しても、希望という機関は止まらないことはある。
さて、ネクロはどうするか。
苦しむ敵(時には味方)に引導を渡すという行為は相手を生かさず殺さず死ぬまでいじくり倒して弄ぶ行為と並んで長い間各地の戦場で行われてきた。これらは敵を倒して利益を得るという戦争の原義から足を半分他所に出しているようなもので、あくまで自己満足の域を出ない。その行為によってその闘争の勝ち負けは変わらないのである。そして、勝ち負けを超えて戦場ではあらゆる決断が迫られるわけだが、まさにその最中で生まれたのが『騎士道』や『武士道』などのロマンなのである。つまり何が言いたいかと言えば、ネクロはこういう時には見逃してしまう質の宗派(?)だという事なのであるが、その一見非合理的な判断を我々は笑うことはできない、と作者は思っている。神話や故事にそういう逸話が残されていると思わず馬鹿にしてしまう人もいるようだが、彼らの哲学は彼らの世界のものであり、合理をモットーとする世界で生きる我々がどうこう言っても仕方がない。まあもちろん、魔界にも人間界にも、彼らのスピリットを下らないと吐き捨てる者は大勢いるわけなのだが。
ネクロは槍を収め、コントンに背を向けた。
「さて、先に行ったククリ君(とその手下のイゾウ君)の方の加勢に行くか。だいぶ離されてしまったが……」
わざとコントンに聞こえるようにネクロは独り言を呟いた。暗に見逃してやると言っているようなものである。
コントンは回復の手を休めなかったが、ヘイクロイナと合体し直して走り去っていくネクロの後姿をしっかりと見つめていた。殺さずとも人質に取るなり何なりとできたには違いないが、それをしなかったのはネクロの甘さというか、情けである。巨大な借りができた。
しかし、やっぱり、今更だが、ネクロのその後ろ姿はちょっとシュールであった(やはりケンタウロスにはすべきでなかったか?)。
ちなみにネクロはこの時持ち合わせていた魔石に回復魔法を保存して(専用の魔石を使うとそういう事もできる。電池のようなもの)何も言わずに置いて行ってやったのだが、悲しいことにコントンには気付かれず無視されてしまったという。蛇足な話であるが、世の中にはそういう事もあるのだ。