てつはう
実力がうまい具合に拮抗した二人の達人が水入らずで戦う機会などそもそもお目にかかれるものではない。当然この小説でもそんな気持ちのいい勝負は簡単に見られたものではなく(そもそも世界最高峰を決めるスポーツ大会がテレビ中継されるような時代の方が異常なのである)、加勢が来たりして大抵お流れになってしまうのだ。思い起こせばイゾウと鉄鬼との戦いに始まり数々の凄惨な殺し合いが繰り広げられてきたが、まともに成り立って決着の着いた勝負など一つも無い。が、そんなものは平和な時代にやっていればいいのである。面白いかどうかは知らないが。
さて、飛びかかりざまに振り下ろされたコントンの剣はネクロにかわされ、地面へと突き刺さった。最小限の動きで槍の間合いにコントンを入れながらネクロは槍を突き出すが、コントンはあっさりと突き刺さった剣を捨てて離れて逃れる。武人のほとんどは武器に愛着もしくはそれ以上の感情を持っているはずだが、コントンのそれは本当にあっさりである。ネクロの見立てでは一端の魔剣のように見えたそれは、見事な装飾がなされていて有用性云々以上にとにかく美しい宝剣であった。盗賊には断じて似合わない。
コントンは黒騎士の連撃をかわしきることができずに突きを受けるが、これもまた手品のように新しく取り出した宝剣を犠牲にして直撃を逃れる。トカゲのしっぽ切りを延々と続けるような戦法である。気付けば十数本もの宝剣がそこらへんに散らばっている。
武器へのぞんざいな扱いに密かに不快感を感じているネクロであるが、コントンはそれすら気にしていない。
「速いなお前!」
などと適当にネクロを褒めながら突きを素早くかわし、もといた岩陰の方へと飛び退いた。そして、最初に出して地面に突き刺しておいた宝剣を二、三本ネクロ目がけて投擲する。コントンは宝剣をそこらへんに転がっている鉄パイプか何かと勘違いしているのではないかと思われた。不良の喧嘩ではあるまいし、武器に対する扱いは一武人としては何とかしてもらいたいのだが。
もちろん、いくら肩に矢傷を負っていたとしても、その程度の雑な攻撃でネクロに攻撃が通るとは到底思えない。ネクロは槍を長く持ってその一振りを豪快に薙ぎ払う。金属でできているはずの槍が竹のようにしなり、回転が加わってブーンと低周波の風切の音が響く。威力を無駄なく引き出す一流の武技である。しかし、コントンにはそんなこと。どうでもよかったのである。
パンッ!
槍が触れた瞬間に宝剣が爆発し、細かい無数の欠片となってネクロに降りかかった。黒騎士の鎧によってダメージは大きく軽減されたようであるが、構造上隙のある関節部分や視界を得る小窓などの弱点部分に少なからず出血があった。砕けても宝剣、その殺傷能力は使い捨てていような物には到底思えず、一欠片がそれぞれ剃刀のように鋭かった。しかし、野球に例えればピッチャーの投げた球がガラスの破片の大量に入った爆弾で、打とうとしたら目の前で爆発したようなものである。想像するだけでも恐ろしい超アウトローなプレイである。フェアプレイ万歳と言わざるを得ない奇策(奇行とも言う)であった。
「ち、鎧なんか着けやがるからなあ。あんなの着けてなければもっとうまくいってたのによぉ」
などとコントンはもちろん悪びれもせずにいる。そもそも盗賊に正々堂々とした勝負など望めるはずがない。ネクロはネクロで甘かった。一対一になったところでせこい戦い方などいくらでもあるのだ。
とんだ不意打ちを食らったネクロであるが、不意を突かれたことやダメージのことよりもコントンの武器の扱い方に一番衝撃を受けた。察するに、コントンは恐らく宝剣に極度に脆くするなりして、小さな衝撃で内部から弾けてしまうように魔法で細工していたのだ。それこそ爆弾の代わりであり、蛇足だが日本史でおなじみの新型兵器『てつはう』のようでもある。元寇時に元軍にボコボコにされた武士諸君の心情は、もしかしたら今のネクロの気持ちに似ているかもしれない。
(だったら初めから爆弾を使わんか!)
ネクロの思ったこともごもっともだが、コントン曰くびっくりさせることが一番の意義らしい(『てつはう』も確かそういうコンセプトで作られたはず)ので大成功である。この時点で既にコントンの思考回路が奇奇怪怪と同様でどこかおかしいことがよくわかるが(決して元軍を馬鹿にしている訳ではない)、あの宝剣一つでしがない一隊商の荷物など買い上げられそうなものであり、それを犠牲にしてまで襲いかかるという行動がそもそも転倒している。
これから先も奇奇怪怪一派は事ある毎に「遊びでやってるならやめてくれ」と各方面に呆れられることになるわけだが、一向に改める気がないのは明らかである。その果てがどこに行きつくかはだいぶ先の話であるが、どうせろくなものではない。
状況は先程の爆発でネクロ劣勢、と言ったところである。