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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
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黒騎士登場

 ククリの先走りは問題の無い程度に想定外であったが、ネクロは乗じた。コントンが弾丸を頭で弾き返した(!?)のをかろうじて視認し、こんな攻撃で何とかなると思っているイゾウ達を一刻も早く逃がさなければと律儀にも考えた。

 輸送員たちに魔力のこもった指令を送りこんで急発進させる。死体たちはけたたましく出発した。

「奴はこの程度では死なないようです、荷をお願いします」

 共に戦う所存のイゾウ達もこうなってはネクロに従って先を急ぐしかなかった。力の差を察したイゾウは情けなくも渋るククリを促す。

「お気をつけて!」

イゾウが目に(単純で)熱い涙を湛えて走り出した。同時にククリは走り出したゾンビ馬車の一つに滑り込んで弾薬を補充、イゾウの援護にまわる態勢を整えた。

 恐らく、ここからしばらくの間はコントンの部下たちが待ち伏せていて、遠巻きに攻撃してくる。コントンの実力を全く量れていないイゾウ達にはネクロと自分たちとどちらの負担の方が大きいかわからなかったが、賊を引き付けたうえで荷を守り切り、少しでもネクロの助けになろうという戦いへの意志は固かった。

「守るだけではだめだ。少しでも賊の数を減らさなければネクロ殿が危ない」

格の違うネクロとコントンの戦いに対して見当違いも甚だしい見立てであったが、置き去りにしてしまったネクロに対しての義理人情の深さだけは評価にできるだろう。イゾウは生前にもこういった任侠根性を持ち合わせていたが、それが活かされたのが幕府関係者に対する憎悪を(『あのお方』に操作されて)身の内に溜め込む時のみであったのが彼の不幸である。道が違えればヤクザ、もしくは盗賊の大親分になっていたに違いないと作者は思う。

 それはさておき、こうして盗賊との戦いはイゾウとククリによる荷を守りながらの逃亡戦とネクロ対コントンの対決との二つに分かれた。まずは、ゾンビたちを発進させた直後から始まったネクロの方の戦いについて述べようかと思う。

 さて、ネクロを残し、憎めない邪魔者二人は先に行った。ネクロはこれ以上賊に対して手加減をする理由がなかったし、する余裕もなかった。コントンの奇怪な魔力がひしひしと感じられる。

「荷と一緒に護衛が逃げて雇い主が残っちまうとは変な奴らだ。俺の相手の方が楽だと思ったか?」

コントンが心底不思議そうな顔をして立ち上がると次の瞬間、彼の周囲の地面が堆く盛り上がり、体長三メートルほどの巨人となった。

「死体奴隷使いの根暗野郎にしては豪快な術だな」

巨人がコントンを叩き潰そうとその巨大な腕を高く振り上げるが、コントンは動かない。コントンにはこの手の術に効果てきめんの返し手を持っていた。

「自由結界」

 バグを瀕死にまで追い込んだ外法、自由結界である。薄い光の幕がコントンの周りを包んだ。

「奴隷は自由を得て使役者を食い殺す。驕る術師は死んじまえ」

自由結界の中に入ったものは強烈な自我を発生させ、自分を縛る魔法や契約などから無理矢理逃れようと

するようになる。。結界の境目に触れた途端に巨人は踵を返して今度はネクロに襲い掛かる。

「そいつを殺せばお前はもっと自由だ」

 魔法使いの大半は奴隷を使う。使い魔や召喚、ネクロマンシー等に留まらず、自分以外の何かに指令をして使役する術というのは知的生命体にとって本質的な術である。極論すれば知性の初歩である言語自体が元来強力な使役術であるといってもいい。言葉とは神や魔物に訴えかける力そのものの子孫であり、使役系統の魔法は言葉の持つその力を暗示や薬物や制御システム、魔力で強化した結果と言える。

 そして、その全ての因果を断ち切る自由結界はこう見えてかなり物事の根源に迫る強力でテクニカルな術であった。

 巨人の腕がネクロに対して振り下ろされ、地面に衝撃が走る。土埃が舞い上がり、ネクロの消息を覆い隠した。しかもその埃はわずかに血の赤を含んでいる。

 自分で行った仕打ちでありながらもコントンは嘆いた。

「骨のある奴かと思ったが、骨も残らなかったか……」

魔法使いにとって自らのシステムが逆に利用されることは致命的である。どんなに強い僕を従えていてもその上下関係そのものを破壊するこの術にかかればイチコロであり、実際にこの術によって多くの術師が命を散らせた。なんとも呆気ない、ネクロその一例に過ぎなかったのか。

 そう思われた瞬間、

「そんなことはない」

ネクロの声が響いたのと共に土埃は赤みを増す。と同時に巨人が膝をついた。

 どうやら、衝撃に身を砕かれて血を吹き出したのは巨人の方であったらしい。土くれの岩肌に亀裂が走り、その奥に通っていた血液が滴っている。

「この姿を見せたからには……」

血の霧の中にネクロの者らしき異形の姿が浮かび上がる。

「おおっ!」

これを見たコントンはむしろ喜んでいた。彼の奥深くで疼く戦闘欲求を満たすには、こんな術でくたばる相手では不十分なのである(だったら奇奇怪怪とずっと遊んでいればいいのに)。

 血の霧が薄れるとともに巨人が崩れ落ち、その背骨にあたる部分からは悪魔的なデザインを持つ一本の長槍が突き出ていた。そして、それを引き抜き構えたネクロの姿は、

「待てよ、あれは……」

 コントンは驚愕した。漆黒、漆黒の鎧姿である。商人に扮した物腰の柔らかな姿からは想像もできない、鋭利な印象を与えるその姿はネクロの抱える最大級の秘密の一つであった。

「これは懐かしい。いや、見事。いや、マズイ!」

コントンは山賊として襲い掛かった相手がどれほどの相手であったのかを初めて知り、感嘆の声を上げた。

 最初期の時代に人間でありながら当時の勇者と道を違え、単独で魔王に戦いを挑んだ男がいたという。今となってはその名すら伝わっておらず、その装備品である漆黒の鎧と長槍から『黒騎士』と言う通り名が残っているのみであるが、彼が残した武具が人魔を問わず優れた武人に連綿と受け継がれており、その後の歴史の表舞台にも何度か『黒騎士』は現れたという。コントンが先程の発言において一体何を懐かしがっていたかは不明だが、彼の目の前にいるのがその伝説の防具を受け継ぐに足る力を持った武人であることは疑いようがなかった。

 どうやら、先程の巨人召喚の真意はその体内に安置していた装備品の回収にあったらしいとコントンは見抜いた。カモフラージュとして召喚使役獣(今回の場合はゴーレム)の中にアイテムを隠しておく戦法は物を隠す魔法の中で基本に近い裏ワザである。

 変貌を遂げたネクロがその槍を振るうと崩れかけであった巨人が跡形もなく吹き飛ばされた。まるで人体が大砲を受けて弾け飛んだかのような衝撃、恐ろしい怪力である。

「先程までの私と思うな」

ネクロは商人の雰囲気を完全に消し去っており、山賊に襲われる商人という立場を完全に逆転したようなことを言った。ネクロは自身の強さを今までセーブしていたためか少しばかり興奮しているようだった。

 しかし、そういう事を言われると同調して根性が燃え上がってしまうコントンである(奇奇怪怪と同じ)。先程焼かれたり撃たれたりした部下の無念や略奪のことなどどこかに忘れ、喜々として自由結界を解いた。本気の勝負にこんな術は無粋でしかない。

「いいぜぇ黒騎士野郎、だったら俺もいいもん見せてやる!」

そう言ってコントンが掌をクルリと返すと手品のように長剣の一振りが現れた。ただ、それだけで済めばよかったのだが、コントンがにやけ面で腕をひらひらとさせるのに合せてその度に剣が一本、二本、三本、四本……。その一本一本が見事に鍛えられたであろう剛健な光を放っている。その見事な宝剣たるや、一目でネクロが表情を変えるほどの一品が揃っている。

(山賊風情がこんな物を持っている訳がない……こいつにも何か秘密が?)

由緒ある宝槍を手に持つネクロですら一目置くような宝剣が手品用のコインのようにホイホイ出てくる。驚きを禁じえないネクロの様子に満足したのか、コントンは両手に余るほどの剣を抜いた所でその一本を除いて地面に突き刺すと、そのうだつの上がらない風貌に反した鮮やかな跳躍を決めてネクロに斬りかかった。

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