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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
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コントン再び

「積み荷の半分を置いて行けば見逃してやろう」

 なぜコントンがこんなところにいるのか? このことを考えるにはベクトルの館、ダンカ、バアキ、そして奇奇怪怪の拠点である雨傘山の位置関係と周辺の地理的状況について詳しく考察しなければならないのであるが、そんなことはしない。詰まる所は「盗賊だから」の一言に尽きる。コントンは奇奇怪怪の資金源確保のために魔界を東奔西走しており(時にはふらっと出て行った奇奇怪怪を回収したりもする)、運び屋に護衛に略奪などといったどこぞの暴力団のような手広さで働いていた。現代風に言えば、コントンはヤクザのインテリ幹部のようなものである。奇奇怪怪と一緒で、コントンも神出鬼没であった。

 しかし、

「ククリ殿、あいつを知ってるか?」

「いえ……」

そう言えば、コントンがベクトルの屋敷に現れたときには既に二人とも気を失っていた。コントンがこちらの姿を見知っていようともイゾウ達には何がなんだか分からない。初対面である。

 が、

(「燃やした」?)

最近燃えた物といえばベクトルの屋敷(と周辺のエルフの森)ぐらいである。さらに、ククリはこの不敵さとクレイジーな感じ(奇襲時の山賊のテンション)に覚えがあった。

 ククリはそっとイゾウに耳打ちする。

「イゾウさん、屋敷を襲撃したあの化け物の仲間ですよ、たぶん」

奇奇怪怪は二人にとってまだ温もりの残った恐怖の存在であった。加えて、思えばこうして二人が日銭稼ぎの流離いの旅をしているのも屋敷とベクトルの財産を燃やし尽くした奇奇怪怪一派のせいであり、本当に奴の仲間ならば難を逃れるどころか少し〆てしまってもいいくらいであるとも思われた。

 しかし、奇奇怪怪の右腕というだけあってコントンも屈指の強者である。彼らには知る由もないが、バグを再起不能にせんとばかりにしたのはこのコントンであり、バグに蟲一匹であしらわれたイゾウの敵う相手ではないと考えるのが当然だろう。

 ククリは冷や汗を吹き出しながらも改造拳銃に弾を込めた。ベクトルが人間界から盗んできたのはフリントロック式、つまり火打石を用いた発射機構を持つものであったが、一流魔導師の手にかかれば諸性能が魔法で強化するのも訳はない。奪った二丁の拳銃の内ククリの持つ物は素人にも扱えるようにかなり丁寧にチューンナップされており、攻撃の意思を持ち手が持っていなければ引き金を引いても発射されない(小さなお子様のいる家庭でも安全安心の)制御装置や衝撃を吸収して魔力として持ち手に還元する機構などの妙に凝った機能を搭載している。ククリは旅の合間にこのリロードの作業の鍛錬を積んできており、速度は十五秒に一発といったところである。

 イゾウはというと、鎌鼬を再び放つために力を貯めていた。ククリの銃撃に比べれば多少見劣りはするかもしれないが、もともと高いレベルの身体能力と剣術を持つイゾウの方が総合的な攻撃力は高かった。

 しかし、二人を置いてネクロとコントンが何やら睨み合って術の戦い特有の緊張感を以て場を包んでおり、イゾウとククリは蚊帳の外にいるような感覚を味わった。

 ネクロは鏃に合った仕掛けと傷にふらつきながらも鋭くコントンを睨む。すると、優れた術師二人である彼らの間に不思議な雰囲気が満たされた。術師は相手を自らの術の範疇に引きずり込む算段を反射的かつ的確に展開するシステムを持つ陰険な生き物であり、武芸に秀でた者同士の戦いにおける一瞬の間に無数の読み合いに似た事を彼らも行うのである。

(商人にしてはできそうな奴だな)

(盗賊にしては手強そうだ)

月並みの感想の中に言葉で言い尽くせない無数の読みと思考が隠されていることは疑いようもない。

 ネクロは死体を扱うだけの凡庸な術師では決してなかったが、実はこの状態、お手上げであった。商品と自らの身に害が及ぶ可能性はゼロと断言する自信があったが、イゾウ達の身をかばい切れるかどうかが怪しい。ネクロの術は性質上、何よりも単独戦闘が好ましいのである。

(良い手が思いつかない。彼らを巻き込むのは忍びないが……)

 平静の顔を崩さずにネクロは頭を回転させた。ネクロからしてみればイゾウもククリもひよっこであり、上位術者には簡単に手玉に取られてしまうことがわかりきっていた。もちろん、そんなことを言えるのは彼がその上位術者のうちの一人であるからなのだが。

 さて、今まで何度かほのめかしたが、ネクロはイゾウ達に対して自らの正体を偽っている。もちろん伊達や酔狂でやっていたわけではない。彼の偽装はいわゆる任務に連なる行動であり、その真意ではイゾウ達を隊商を指揮する商人という身分を演出とのダシに使うつもりで雇ったのである。

 この状況で商人らしからぬ秘術のいくつかを用いてこの場を凌ぐことは造作も無いが、さすれば目撃者となったイゾウ達に何らかの口封じを施さねばならない。この点がネクロの頭を悩ませていた。身分に何らかの偽りがあることがわかっていたが、イゾウとククリという二人の魔物を、ネクロはどうにも憎めないでいたのである。役を演じるという行為が呪術的儀式の血を引くものであることは言うまでもないが、その効果にネクロ自身が少なからず心動かされるとは思いもよらなかった。素朴なコンビに情が移ったのである。

(私は甘いな)

とネクロは心の中で自嘲した。元はと言えば自分が賊を挑発したのがいけなかった、と、強者ゆえの傲慢をも自ら悔いた。ただの賊ならば肩を射抜かれようと逃亡にも戦闘にも何ら問題はなかったが、目の前のあの首領格らしき坊主頭相手ではそれも不可能に近い。ネクロにとってでさえ、コントンは得体の知られぬ互角の相手であった。そんな相手に出会って初めて人(魔物も)は自らの愚かさに気が付くのである。

 そして、こういう非常時に生命体の真価は問われると思う。畜生だろうとウイルスだろうと人間だろうと魔物だろうと、絶体絶命のピンチにおいて機転を利かせ、我を通し生き残っ(て子孫繁栄し)た奴が一番偉いのである。その点、ネクロは下策をとったが潔かった。

 ククリとイゾウに向かって、ネクロはため息をついて命じた。

「お二方は先にどうぞ。そこの男が居なければ残りの賊は何とかなるでしょう。降伏も考えましたが(大嘘)残念ながら、危険があろうとこの荷は賊に渡せないのです。」

突然の申し出に、

「ネクロ殿お待ちください! 我々も加わって」

イゾウとククリがほぼ同時に似たようなことを小さく叫んだが、ネクロは朗らかな笑顔でそれを封じる。

「賊の力を見誤った私の責ですから。いいですか、もし私が戻らずともこの道に沿って進んでください。あと一日程でバアキへと着きますので、そこで大黒同盟と連絡を取って荷を引き渡してくださいね」

そういってネクロが渡したのは石でできた小箱とその中に入った印鑑であった。商人が自らの印を人に渡すというのは余程のことである。死ぬつもりだったのか。

 しかし、イゾウ達もそこで黙って逃げるような連中ではない。ククリが素早く拳銃を構えて吠えた。

「ネクロ殿、あんな奴はこれで」

ククリの放った弾丸がコントンへ目がけて飛んでいき、頭部に見事に直撃した。

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