賊の段取り
これから忙しくなるので更新がどうなるかはその時次第という形になります。何だかんだで週一話のペースを保つかもしれませんし、突然一カ月程空いたりするかもしれません。ですが色々と頑張りますのでどうか待っていてください。
フィクションにおいて盗賊は、(第一話辺りで)主人公に数頼みで襲いかかってボコボコに打ちのめされる(ひどい時は殺されてしまう)という敗北の星の下に生まれた悲しい存在である。非主要キャラの使い捨てとの相乗効果により、討伐されるためだけに登場して二度と出て来ないなどという事もよくある。人生一期一会、そんなどうでもいい奴らが二度と物語に関わらなくてもいいではないかとも思われるが、使い捨て要員として便利なことには変わりない。可哀そうな奴らである。
しかし、盗賊は本来ゲリラ戦術の祖とも言うべき知恵と技術を有している。小数でさらなる小数を襲撃、少ないリスクで略奪を行うことに関して彼らの右に出る者はいないだろうし、彼らはしぶとく、討伐は長い間全国の官軍の手を煩わせてきた難事業でもある。
余談ではあるが、現代地球にもその遺伝子は(不本意ながらも)脈々と受け継がれている。海賊や窃盗団、空き巣などはギルドが成立するほどに幅を利かせているし、ヤクザや暴力団も盗賊の家系の中における一つの進化形態である。長い間曲がりなりにも『侠』の精神の温床となっていたこともあって、実は無為に見過ごすことのできない連中であると作者は考えている(絶対になりたくはないが、人として)。
しかも、ここは魔界である。盗賊がどうでもいい、弱い存在なわけがない。
ネクロは火炎放射魔法でそんな盗賊を早速焼いてしまったわけであるが、当然それに対する返し手が即座に打たれた。
「矢」
賊のリーダーらしき魔物の声がどこからか低く響くと、同時に六、七人の射手が岩場の各所から躍り出て、奇妙な鏃を搭載した矢をネクロ目がけて一斉に放った。よく訓練されているようで、その流れは流麗そのものである。流石のネクロも狙われながら目を見張った。
その攻撃に対して真っ先に動いたのはイゾウであった。隊列の先頭にいたネクロの前に現れたかと思うと魔剣の一振りで矢を三本、さらに脇腹を器用に使って一本の矢を無理矢理止めた。残りの矢もネクロが咄嗟に張った魔法障壁によって速度と威力が減殺されてネクロの衣服をかすめる程度で済んだ。
問題はイゾウが脇腹で受け止めた矢であるかと思われたが、一瞬の攻防の後のささやかな静寂の間に刺さった矢が泡を出して融け失せ、十数秒後には傷も塞がってしまっていた。身体を巡る血液が魔王水だからだろう。今更ながらとんだ化け物である。
しかし、賊も抜かりがない。ネクロたちの目を躍り出た射手へと向けた隙に、後方に潜んでいた射手の第二撃がネクロは左肩を後ろから射抜いた。強力な魔法の使用が確認されたネクロを執拗に狙った攻撃が実を結んだ結果となる。この時、ネクロから見て左正面に肩を貫通した鏃が飛び出ていることになるのだが、その鏃を見た途端ネクロは血相を変え、何を恐れてか力任せに矢を引き抜いた。出血のことを考えると抜かない方が良いはずであるが、毒などの仕掛けが施されていたと予測される。これについては後述する。
そして、ネクロの負傷に反応したイゾウがカバーにまわってネクロの防御に専念するのだが、これ以上は無駄と思ったかネクロを狙う攻撃は止み、イゾウがネクロから離れない隙を突いて後方に待機していた他の賊どもが死体輸送員の荷物を強奪しにかかる。番犬ゾンビが善戦するも所詮はとろい死体人形でしかない。積み荷に多少の被害が出ようかという瞬間、その時である。
ズドン。
番犬ゾンビの相手をしていた賊の首に深い抉り傷が刻まれる。その賊は当然その場に倒れ伏せ、そのまま絶命した。
「鉄砲か!」
元々の世界で銃という兵器を知っていたイゾウだけがその時何が起きたかを理解できた。
言うまでもなく、それは我々のよく知るところの『銃撃』である。ククリが改造拳銃を発射したのであった。我々にとってはそれはただの弾丸の一発であるが、その音速と発射音は盗賊たちの軍隊並みに揃った足並みを崩し、下手をすればククリを大魔術師か何かと勘違いさせたかもしれない。
盗賊のリーダー格も未知の兵器とそれによって浮き足立った部下を見て旗色が悪いと思ったのか、早くも退却の合図らしき笛の音が響かせた。奇襲はテンポが非常に重要で、出鼻を挫かれたときや計算違いがあったとき、多少損しようとも退却するのが一番得であると彼らは経験から知っていたのだろう。
すると、不思議な光景だが、怒涛のごとく押し寄せた強奪者はすっと岩陰に隠れたかと思うと消え失せ、射手も初めから居なかったかのように消失した。静かな静かな静寂が死体と一緒に残された。
彼らは引き際も見事であった。
しかし、イゾウはゲリラ戦術にも少なからず通じていたので、この退却らしき動きをブラフとして自分たちを油断させ、その隙を突いて最悪のタイミング(とどのつまり今すぐ)に賊が再び襲い掛かってくるのではないかと身構えていた。この戦術は戦術書のバイブルである『孫子』に取り上げられるほどメジャーなものであるし、何より、イゾウは経験から知っていた。
左肩の傷を押さえたネクロが、
「大丈夫です、彼らは本当に退却しました」
とイゾウに訴えるが、イゾウは構えた魔剣を収めなかった。後述するが、この時普段は精密を極めるネクロの索敵魔法が様々な要因にジャミングされており、真なる情報を与えてはくれなかったのである。むしろ、気配を野性的直感によって察知するイゾウの方が正しい情報を得ていた。
「そこ!」
イゾウが魔剣を鋭く振ると、切っ先の先にあった岩に亀裂が走る。一刀両断とまではいかずとも『斬る』操作が『飛んだ』。最近の創作物ではよく見かける現象であるが、実際に見てみると格好いい。
(これぞ、東方妖怪流剣術の初歩『鎌鼬』の技術である)
と、魔剣は嬉しそうに説明するが、その声はイゾウにしか聞こえていない。ここで少々解説を加えておくと、魔剣士が用いる遠隔斬撃には方法が色々とある。前にも述べた魔剣に魔法で装着させた水や空気を局所的に硬質化させて斬る方法に加えて『真空波』と呼ばれるような真空の薄い層を魔法によって高速で飛ばす方法などがメジャーだが、魔剣の精霊がイゾウに伝授したやり方はそれらとは異なるらしい。
ではどうやっているのか、と聞いてみたいところであるが、
(秘密じゃ)
だと言う。有名手品のトリックと同じで、遠隔斬撃という同じ魔法を起こすのにも無数の手法が開発され続けているわけなのだが、シンプルであるが故に深淵、その大体は秘伝とされているのである。魔法は随所で手品に近い(当たり前)。
まあ鎌鼬の秘密はともかくとして、岩が切れた先に確かに何かがいると直感したからイゾウはかまいたった(動詞)のである。斬撃は岩を貫通しなかったが、威嚇としては十分。敵はこれで姿を現すはずであった。
「おやおやおや、いつぞや燃やした魔人と鬼の子じゃねえか」
ビバ盗賊の頭領、と言わんばかりの悪い顔で岩の横から出てきたのは奇奇怪怪の右腕コントンであった。