山賊の狩場
河豚鯛・新聞を読みながらククリは死体輸送員の健康調査を手伝っていた。
ネクロの死体キャラバンと行動を共にして早五日が経ったが、未だ盗賊らしい盗賊は現れず、対処を間違えなければそうは苦労しない程度の魔獣が二、三匹飛び出してイゾウにぶった切られたのみとなった(ちなみに、今はネクロに改造されて隊列を守る番犬ゾンビとなっている)。
ネクロ曰く、
「今のところは運がいい」
らしい。ゾンビ数十匹の輸送力で運ぶのに相当する積荷であるから、盗賊たちにしてみればいいカモのはずである。ククリはネクロにさらりと聞いてみると、
「イゾウさんが道中で魔獣を何匹か斬っていたでしょう? あの魔獣らは恐らく山賊たちの使役獣で、当て馬に使われたのだと思います。エルフ交易(中世的なエルフを媒介にした人間界との細々とした交易)によってもたらされた品は時によって目が飛び出るほどの価値が付きますし、計算高く慎重に襲うつもりなのでしょう。まあ、まだ襲ってこないところを見るとイゾウさんとやり合うのは危険だと踏んで帰ったか、相応の準備をしているかでしょうね」
と、ネクロは盗賊が全く怖くないかのように言っていた。
ククリはそんな事には思いもよらなかったのでほんの少し肝を冷やしたが、ネクロはともかくとして近くでそれを聞いていたイゾウも揺らがない。慣れっこなのであろう。
「来るとしたらいくらぐらいだろうか?」
「二、三十の賊に加えて先程の魔獣と同程度の物が四、五匹というのが妥当でしょう。それ以上で取れないような相手には奴ら、決して襲い掛かりませんし」
イゾウとネクロの間に急に回り始めた護衛トークに、ククリは緊張を高めた。この時一行は高山地帯ぶった岩肌の道を進んでおり賊の隠れる場所などあまりなさそうに見えたが、労力と術を尽くせばいくらでも隠れようがあるようにも思える。ククリは疑り深く辺りを見回し、同時に使う機会に未だ恵まれていない改造拳銃をいつでも取り出せるよう、ホルスターの留め金を外した。ちょっと神経質すぎるかとククリ自身感じていたが、まあ、用心するに越したことはないだろう。
律儀なククリに対してイゾウはお気楽であった。岩鬼の巣で大暴れした事もあるからか、イゾウは盗賊を完全になめてかかっている。ククリには、イゾウのこういう所は何だかんだで頼りがいがあるように見えた。
そんな思考に一喜一憂するククリを(ついつい)苛めたくなってしまったのか、ネクロはわざとらしくよく通る声で(余計なことを)言った。
「ククリさん、そんなに警戒なさると賊を刺激しちゃいますよー」
ネクロのわざとらしく間の抜けた声(と、密かに発した「わかっているぞ」的な力のこもった視線)が辺りに響くと、同時にガサゴソと気配を隠す気のない乱雑な移動の音が漂う。まだ姿は見えないが、そこらの岩陰やその他の死角に彼らが大勢いることが聞いて取れる音である。ククリは滝のように冷や汗を流す。
(やっぱりいたのか……)
ネクロは鎌をかけたつもりだったようだが、それと知った向こうも威嚇してきているのだろう。戦闘になるかは半々と言ったところである。イゾウは一週間ぶりの戦闘の予感に魔剣と一緒に心躍らせていたが、はてさて本当に襲ってくるかは分からない。自分から打って出たい気もしたが、クライアントの意向というものがある。生前もそこらへんに関しては割と従順(な犬)だったイゾウは、ウズウズしつつもネクロの判断を待っている。
これはやばいと思ったククリは、そろそろとネクロの傍らに寄っていき、小さな声で訴える。
「なんで賊を刺激しちゃうんですか。イゾウさんは大丈夫でも荷や私たちの身は無事じゃ済まないでしょうにっ!」
それを聞いてネクロは(懲りずに)またククリを苛めたくなったのかどうかは知らないが、
「だって、このままじゃ報酬が勿体ないでしょう? 護衛として雇ったんですからしっかり働いてくださいね」
ネクロはそう言って莞爾と笑うと、先程作った番犬ゾンビ三体を近くに呼び寄せて何やら術を施した。
「ククリさん、この死体はたった今戦闘用に(魔法を)書き直しました。あなたの傍について戦うようにしましたので、盾にでも何なりと使っていただいてかまいません」
と、言い終わる頃には既に別の術で手頃な岩場の影に火炎を放射していた。ささやかな断末魔が火炎の燃え盛る音の隙間に二、三聞こえた。ああ、殺ってしまった。それと同時に甲高い笛の音が鳴り響く。ここで、積み荷を守りながら多数の敵に対する不利な防衛戦の勃発が確定してしまった。
クライアントの粋な計らいに喜ぶイゾウ、泣きそうな顔になるククリ。それににこやかな笑顔を崩さないネクロを加えて三者三様であった。しかし、一番戦いたがっていたのはネクロだったのかもしれない。