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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
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河豚鯛・新聞

 イゾウとククリの無知ぶりを見せつけられてネクロは敵対心を失ってしまい、三人はいつの間にか打ち解けていたと言ってもいい。

 次の話に入ろうとしたあたりでネクロはハッとして指をパチンと鳴らした。頭から飛び出る電球マークの代わりであった(電球は魔界ではかなり希少な技術なので)。

「あ、そうでした。これを差し上げましょう」

そういってネクロがイゾウ達に手渡したのは、驚いたことに新聞であった。『河豚鯛・(ふぐたいてん)新聞』と題された(ふざけた名前の)新聞は、何でできているかよくわからない謎の紙に印刷らしい文字が並んでいて一見して中々立派であったが、残念ながら絵のみで写真は掲載されていなかった。あと、魔法世界の新聞だからと言って、挿絵が動いたり文字が移動したり指でタッチして拡大縮小したりもできない。いわば、ただの新聞である。

「天狗の下っ端共が最近作っている同人新聞です。弱小貧弱な新聞ですが、情報の有用性は確かです」

 ネクロの話では、昨今の魔界の大手マスコミは派閥や珍奇に走りすぎていて読むに堪えないものばかりらしい。そうして弱小魔王候補のこき下ろしやら何やらを好き放題やっているうちに、各所で「清く正しく美しい」新聞を謳う同人新聞のブームが始まり、立場を危ぶめているのだそうだ。

「いやあ、天狗っていうのは割と派閥や権力、癒着が好きな連中だったんですけど最近の若い世代は些かマシのようで」

合理的革新を謳う大黒同盟会員の立場からはなかなかよくできているらしい。天狗は妖怪の山側の勢力ではあったが、イデオロギーに似通う点があれば受け入れる、それは魔界では新しい思想である。

 魔界文字を既にイゾウは習得していたし(実はすごいこと)、イゾウとククリは顔を突き合わせて新聞を読んでみた。

 ……が、二人揃ってよくわからなかった。そもそも新聞とは読解ができても背骨にあたる知識や情報、背景を知らなければ意味のない書物である。極端な例ではあるが、日本語のわかる宇宙人が急に現代の日本の新聞を読んだとしても、『TPP』が何の略かもわからず、交渉の背景にある貿易事情や日米関係、引いてはその基となった戦争についても知らず、結果として表層の事のみを知ることしかできないだろうという事と同じである。まあ、最近は本国育ちの若者ですらそういった時代に関する認識を「オレ理系だし」とか「いつ使うかわからないし」等と言いながら切り捨てているらしく、街頭の世論調査(らしき何か)などで浅ましい回答をひり出して世論操作の道具に用いられているのをよく見かける。今を生きすぎだよ。

 何かと気の利くネクロは、二人が眉間にしわを寄せているのを見てそれとなくフォローっぽい助け舟を出した。

「まあ、そんなに褒めちぎるほどの物でもないんですけどね。でも、魔王候補の勢力関係に関しては大した考察が成されています。一週間前の奴だったんですけどそれに感心してとっておいたんです。一通りは読みましたし、よろしければどうぞ」

 ページをいくらかめくるとネクロの言う魔王候補勢力に関する特集記事が見つかった。魔界全体を左右する魔王候補戦争の記事が一面記事でないのは現代の新聞に慣れた我々には不自然に感じられるかもしれないが、製作者の天狗たちはそういう仕様にしたらしい(ちなみに、一面には人気コーナー「昨日使っておけばよかった奴隷調教術」と「魔力が切れても困らない初級暗殺術」が掲載されていた。意味不明)。

 それはさておき、なるほど。魔王候補特集ページは見開き3ページもの大掛かりなものとなっていたが、わかりやすい。それぞれの勢力が妖怪の山と大黒同盟を中心に相関図でまとめられ、勢力を台頭する候補と組織の特徴、編集部の考察が事細かに記述されてあり、ご丁寧にオッズまで解説付きで掲載されている。天下に興味あらば心をくすぐられること間違いなしの素晴らしいエンターテイメントであった。

 ネクロの目から見れば他の記事もまあまあ秀逸だったようだが、この特集記事はイゾウ達の食いつきが半端ではなかった。しかし皮肉なことに、後にこの魅力的な特集記事を書いた才能あふれる天狗記者によってイゾウ達がボコボコに(面白おかしく)書き下されることとなる。結果として空前の『三股のイゾウ事件』はその見出しの通りの呼び方で歴史に残ってしまうが、それもその記者の才能によるものだったのかもしれない。詳しくは話がそこまで到達した時に。

 ネクロは新聞の一点を指して言う。

「お二方見てください。この異様に説明の少ない勢力なんですが、私はこの勢力を一番危険視しているのです」

「へえ、あ、本当だ、記述が少ない」

と、ククリは自然と首をかしげた。

「謎だらけの魔術教団で名前すら不明なのですが、やる事為す事まったく訳が分からない」

「と、言いますと?」

今度はイゾウが首をかしげる。

「貴族の子弟に向けたものすごく良質な魔術書を無償で出版したり、(ハーメルンの笛吹きよろしく)農村から何の前触れもなく子供を拉致したり、歴代魔王軍の戦士たちの墓を暴いて死体を持ち去ったり、ポンと我々商人に超巨額の取引を持ちかけてみたり……」

 ネクロ自身、ちょっと口にするのが嫌そうな素振りであった。もっと変なこともしているのだろう。

 知的な営みの後ろに見え隠れする狂気。よくあるちょっと気の違った黒魔術教団(フランスの大変態ジルドレ一味とか)ならよくやりそうなことに見えなくもないが、魔界ですらそれはきっちりアブノーマル、異常行動である。気味が悪いとイゾウ達は思った。

 前に魔術は魔界でかなりメジャーだとは述べたが、実は、不便で敵の多い黒魔術(生贄とか呪いとか)はかなりマイナーだったりする。身体的にも精神的にも健康に悪いし。精々用いたとしてもネクロのように輸送などに死体をローリスクな方法で使う程度であり、奇奇怪怪やベクトルのやり方は一般的な魔物にとって明らかにおかしいものなのであった。慣れてしまってはそこまでである。

 ネクロはさらに、

「大黒同盟の有する商人ネットワークを以てしても実態がつかめないというのはかなり恐ろしいことなのです。一体どんな怪物が首魁なのやら……」

 と、その組織(らしき何か)の危険度をアピールした。

ネクロは大黒同盟の軍事機密を握っている訳でも密偵でもない体で話しているので、一商人の開けっ広げな態度で自身の意見を述べる。いろいろと事情が立て込んでいる身でこういう会話ができるのは単にネクロの能力の高さゆえであった。

「そんな奴らとあなた方が関わり合いになるとはまず思えませんが、特に鬼の君、気を付けることに越したことはないですからね」

 もう先ほどの死体騒動などはどこ吹く風、ネクロはかなり面倒見のいい兄貴分のようであった。別に何も悪いことなどしていないのだが、イゾウは「根はいい奴」などと適当に脳内の人物評をまとめてしまったし、ククリに至っては「目的地のバアキに着いた後もこの人(魔物)に着いていくのがいいかもしれない」等とかなり甘ったれたことまで考えていた。

 何はともあれ、このかなり暇な護衛任務も残すところあと少しであった。

予備校生活が始まりそうです。始まってからしばらく様子を見て今後のことを決めようかと思いますが、予告なしで更新が滞ることもあるかもしれません。ご了承ください

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