大黒同盟
浪人してしまいましたので、ここから先の回の投稿の予定は全くの未定、アンノウンです。ご容赦ください
おどろおどろしい死体活用の現場を目の当たりにしてしまったイゾウとククリであったが、結局は輸送の都合で行われた術であってなんら脅威ではなかった。見方を変えれば無知ゆえの要らぬ恐怖とも言える。
この出来事におけるイゾウたちを例えるならば、そう、家畜の屠殺現場に初めて居合わせた現代っ子のようなものである。そういったちょっぴり後ろ暗い営みに支えられて社会は回っているのだと気付いて、子供は大人の階段を一歩ずつ上っていくのである(殺しが生業の、後ろ臭さなら誰にも負けないイゾウには余計なお世話かもしれないが)。
この後イゾウたちはネクロと何か諍いを起こす訳でもなく、ただただ目的地バアキへと向かうのみである。初めてのアルバイトは無事に完遂されるであろう。
しかし、ククリもイゾウも魔界の社会に出てはなんだかんだでヒヨっこである。それを痛感していたククリは、魔界の世情に詳しいであろう商人ネクロにそれとなく色々と魔界の勢力事情を聞いてみることにした。魔王候補の勢力関係についても商人の身なら明るい事だろう。
ククリはベクトルに弟子面をしているときのように行儀よくネクロに擦り寄った。彼はいつの間にかこういう動作が板についてしまっていた。
「ネクロ殿、実は私は鬼の山から一人旅に出たばかりの世間知らずの身でして(ちなみに連れの薄汚い奴は家来です)、今の代の魔王候補の方々について何も知らないのです。旅をしていく上でそうとは知らずに偉い御仁に粗相でもやらかしてしまったら、即座に首が飛ぶこと必至でしょう。私、そうなってしまいそうな気がしていて気が気じゃないんです、世間知らずなもので……」
「はあ、そうなんですか」
回りくどい言い方をしているせいか、真意がネクロに伝わっていない。面倒な話し方をするものだとイゾウや魔剣の精霊は呆れていた、というか引いていた。ククリはそれを察知して論調を軌道修正する。鬼の里での引きこもり生活はククリに無駄な話術スキルを与えていた。
「それで、今をときめいていらっしゃる大黒同盟を含めて、今の魔界の勢力事情についてネクロ殿の広い知見を伺いたいのです。お暇があればでいいんですけど」
断る理由もなく盗賊の恐れもない平野部であったので、ネクロは特に嫌を顔をするでもなく引き受けることにした。先程の一件でククリ達が半端でない田舎者だということが分かっていたのも引き受けた大きな理由である。魔界において初歩的な死体奴隷を扱う術師は、我々の世界で言う大型特殊車両の免許を持ったトラックのドライバーのようなものであり、それを知らないのは自動車を見た事が無いのとほぼ同じぐらいの非常識であった。少し話をしたところで何の害があるようにも見えなかった。
「私如きの私見でよろしいのならば、かまいませんよ」
ククリはゾンビ輸送員の様子を見回りしていたイゾウを呼び戻し、一緒にネクロの話を聞くよう促した。イゾウの(魔人の)脳味噌の記憶力にネクロの話を直接聞かせておけば後々役に立つだろうという思いからである。ククリにとっては悔しいが、ダンカで垣間見たイゾウの脳のハイスペックさには敵う気がしなかった。
ネクロは話す内容を軽く頭の中で構想した後、口を開いた。
「そうですねえ、まず大きな勢力と言えば、うちの大黒天殿と妖怪の山の白玉狼の二人が挙げられますね」
大黒天は魔界のトップに最も近い人物であるからいいとして、白玉狼の名もククリはうっすらと知っていた。ククリの居た鬼の郷と『妖怪の山』という勢力とはわりと近しい仲であったので、郷に居た頃にどこかで聞いたのだろう。イゾウもその名をダンカの酒場か何かで聞いた気がしている。
「ネクロ殿、もう少しその二勢力について詳しくお願いします」
「我々大黒同盟は盟主大黒天殿が宗主でいらっしゃる吸血鬼氏族を中心としたグループでして、私のような吸血鬼とは異なる種族の者は、基本的に吸血鬼勢力の傘下につく形で参加しております。大黒同盟を名乗るだけで盗賊も寄り付きませんし、申請すれば安く精鋭の護衛をつけてくれたりもします。大黒天殿ご自身がかなり革新的な手腕を持ったお方でして、同業者の中ではダントツの人気を誇っていらっしゃいますな。何より、できるだけ戦争をなさろうとしないそのスタンスがすばらしい」
ここでネクロの上の言葉から不自然に思わなければならないのは、コストの低い同盟特典の護衛というものがあるにもかかわらず、わざわざゴロツキ紛いのイゾウ達を護衛に雇い入れたという点である。ククリもイゾウもまだまだ間抜けな方であるから気付かなかったが、こうした節々からネクロの背後にあるいかがわしげな何かが垣間見えていたのである。ちなみに、ネクロは自分の発言がはらむ矛盾を最初から分かっていた。一種のちょっとした鎌かけであるが、これの意味するところは察しがつくかと思う。
ここでククリが問う。
「魔王候補殿が戦争をなさろうとしないとはどういう事でしょう?」
ククリが疑問に思うのももっともである。『選定』が定めたルールがある以上、戦争以外の手(外交や財力など)で魔王の座を勝ち取ることはかなり遠回りな道として魔界では認識されている。不可能ではないが、今までのどの魔王候補もやってこなかった手であり、どんなやけっぱちの戦争よりも危険な綱渡りとなることは確実である。なのにどうしてその選択肢をとるのか?
ネクロ曰く、
「大黒天殿の志は魔界には決して留まりません。大黒天殿はこの代で人間界との完全決着を望まれるが故、内輪で争い合うことなく、人間どもを駆逐するという大儀のために一致団結する魔界を作り上げようとなされているのです」
ネクロは少し熱っぽく語る。よほど人間が嫌いか、もしくは大黒天に惚れ込んでいるのだろう。
「へえ、それは確かにすごい」
と、無遠慮に横でイゾウが頷いているが、その大黒天がベクトルにとって大きな敵となることは目に見えているわけで、そんなに暢気でいいのかと心中で喚きたてるククリは冷や汗をかいていた。