死体隊
医烏外伝を一旦消しました。本編と混ざるとどうにも歯切れが悪いので、外伝小説として別途に投稿し直そうかと思います。
結論を初めに言ってしまえば、ネクロは思ったよりもアブナイ男であったが、イゾウ達にとってそこまで危険な存在ではなかった。
術は術者の性質をよく表す。それは魔法や戦闘術に限ったことではない。我々の地球世界においてだってそうで、例えばコンピュータなどの先端技術や絵画などの芸術分野は特に使う人間の気質、才能がよく表れる好例である。例えそれが商売であろうと、優れた術者はその常識から離れ、勝利を収めていくものである。
教育や常識の範疇外の術には、術者の本質が表れる。逆に言えば教育や常識を超えなければ術者は己の存在を示すことが出来ないとも言えるのだが、とにかく、このネクロは術によってイゾウたちにその存在を強く印象付けた。常識外れだったのである。
「それでは護衛のお二方、参りましょう」
結局何の準備が出来たのかよく分からないままネクロはバアキに向かうとされる街道へと歩みを進めた。まるで荷を置いてけぼりにしてふらふらと放浪の旅に出て行くような格好であり、いい感じで旅立ちの風に吹かれているがイゾウたちはどうしてよいか分からない。
「何をやっているんです? ついて来てください」
(まさかとは思うが、あれはあの男の荷物じゃなかったのだろうか?)
仮にそうだとしたら、自分のものでもない荷物を準備と称してベタベタ触っていたことになる。おかしい。もちろんイゾウの世界にもこの世界にも未だ宅急便やトラック輸送は存在しないため、商人が身一つで行商などできるわけがないし、そういう発想も出来ない。
「むぅ」
と唸っているイゾウにククリが促した。
「イゾウさん、彼について行きましょう。彼が何を考えているかは分かりませんが従うべきです。雇い主ですし」
「そうだなあ、雇い主だし」
二人ともなにやら諦めた気持ちで歩き始めた。この経験不足コンビは道中において度々こういう目に遭うことになる。が、それも勉強である。
「これならば殺しの方がよほど楽だ」
イゾウは大きく伸びをした。
その時である。イゾウとククリとの間に一瞬強力な魔力が走った。地震の初動のようなぐらつきが感じられたのである。
二人の背筋を悪寒が走る。
(何かがいやがる)
もそり、もそり。いつの間にやら後方から、もぞもぞと何者かが蠢く気配がもっそり感じられるようになっていた。蠢くと言う位であるから、実に気配は無数である。
恐る恐る振り返ってみると街道の脇の荒地がもこもこと盛り上がり、無数の何かが地上に這い出してくるのである。RPGの演出だと地中からの挟撃位はよくあることだが、実際に起きたらびっくりであるし、何より危険である。
思わずイゾウは魔剣を抜き、ククリは何時の間にやらベクトルから授かっていた改造拳銃を手製のホルスター(こういうのを即席で作れる辺り、ククリもなかなか侮れない)から引き抜いて、二人とも相手の出方を捉えようと身構えた。イゾウはすかさずネクロをも鋭敏な意識の中に取り込み、まずまず万全の迎撃体勢をとった。
だが、ネクロの方は撃ってくる気配どころかイゾウたちが臨戦態勢をとっていることにすら気を留めていないようである。湧き出る何かとネクロ、どちらからも目が離せそうもなくイゾウの両目は忙しく動き回った。
奇奇怪怪相手に一度地獄を見たイゾウとククリである。魑魅魍魎ぐらいだったら何とかやってやれないこともないという(根拠のない)自信があった。
しかし、それが無駄だということはすぐに分かってしまった。それと同時に、完全ではないがネクロの不自然な動きの意味がようやく理解できた。
「あ」
「運んでやがる」
なんとそれらはやがて生気の無い人型となり、とぼとぼとセッティングされた荷を運び始めた。またあるものは馬のような体形をとって(人面馬。すごく気持ち悪い)荷車を引き始めている。どうやら、見当たらなかった『隊員』たちのようである。
「またこういう奴か(奇奇怪怪やベクトルと同類ということ)」
とククリが思わず口をついたのも仕方あるまい。常時乱世のこの世界では死体怨霊の類は化石燃料に勝るとも劣らぬ優良資源(?)なのである。
俗に言う、ゾンビやキョンシーを使役するネクロマンシー呪術である。後にこれらの正体が過去の戦争で魔界に骨を埋めた人間達のなれの果てだということをイゾウたちは知るのだが、それにしても気味が悪い。イゾウの場合はある意味で自身がゾンビに近い性質を持ってはいたのだが、自分と彼らが実は似通った魔法で命を与えられて動かされているなどとは露程も思わなかった。
ちなみに、この死体たちは現地調達であった(だから人間界に近いここでは人間の死体が主なのである)。と言うのは、魔界の都市のほとんどは死体を用いた呪禁による防御システムを採用しているためである。穢れと神聖さを併せ持つ死体を効率よく呪術によって用いることで都市の魔法に対する防御力をオールマイティに確保できるため、都市内での死者の多くは呪力強化の化粧や刺青を施されて外周に埋められるのである。ネクロはその内の一部を利用していた。
ここでネクロが上手いのは、都市を移動するたびに使う死体を現地に埋めなおして他の死体を持っていくことで、使用の度に呪力を消耗する死体の質と数を一定に保つ方法を採用したことである。これは蛇足である。
イゾウたちはゾンビ軍団の安全性を確かめるようにネクロの顔を見たが、眼が合った瞬間イゾウもククリも思わず顔を背けてしまった。ネクロはそれはそれは恐ろしい表情をしていたのだ。ネクロは誰に向かって言うわけでもなく、
「すみませんね、こいつら命令した通りのことしか出来ない木偶共でして。魔物の死体だともっと利口なんですけど、人間は野蛮ですから……」
などと、人間嫌いがキラリと光る発言を呟いていた。魔界ではこれぐらいの人間差別は普通なのだが、ネクロの場合は無意味に顔が怖くなるので際立って見えるのである。
ネクロはこの死体たちを見る時とても恐ろしい顔をしている。持ち前の鳳眼がさらに左右にクイと広がって無理やりな糸目が出来上がり、そこから鋭い眼光が漏れ出て悪魔のような笑みとなるのである(ちなみに、この時のネクロの顔がバテレンに似ていると後に評判となり、ネクロの伝説の隠し芸である『バテレン物まね』へとつながる)。
また、この呪術において人間が魔物よりも使い勝手が悪いのは事実であって、ネクロは何の根拠もなく言っているわけではない。原因はこの時代では詳しく明らかにはなっていないが、人間と魔物の精神構造の違いが大きく関わっているのではないかとするのが定説である。同じ機能を果たしながら大きく異なった性質、構造を持つものは世に沢山ある(機械で例えれば我々の世界のブラウン管モニタや液晶モニタ、有機ELモニタなどは、映像を写すという機能をそれぞれ異なる構造でこなしている)。それぞれは壊れた時種類に応じた修理が必要であるし、性能も異なるのである。魂であろうと一辺倒の扱い方では有効活用は確かに出来まい。
実は、魔物の思想の弱点としてこうした物事の側面を見抜けない、見抜こうとしないという点が挙げられる。狂信的な思考パターンが魔法によって半ば正当化されてしまう事によって、自分の価値観を確信してしまうのである。
魔物の文明、文化は多岐に及ぶ種族によって構成されているため一概にそうとも言い切れないが、お国柄は大体そんな感じであると言える。そして、それを纏め上げるのが魔王という絶対権力者なのである。
まあもちろん人間の思想にも様々な弱点があるわけであって、人間と魔物はこういった思想面でも勝ったり負けたりしながら均衡を保っている。そして、今のところ互いに学び合うような動きはあまりない。意地を張りたがるのはお互い様なのである。