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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
61/128

ネクロ

来週は試験なので休みます

 商人の隊と聞いていたが、彼らは隊と呼ぶべきものではなかった。

「やあやあどうもどうも魔人さん。ワタクシ『大黒同盟』に籍を置いております、商人の『ネクロ』と申します。いやあ、急な依頼だったので来ていただけて助かります。いやあ、最近は魔王候補の方々の戦いが激化していらっしゃるためか中々物騒でして、私の組も抗争で人員不足、運送に護衛すらつけられない始末なのでございます。いやあ、こんな魔界の辺鄙な土地にまで強力な野盗勢力がはびこっているようで、本当に、いやあ本当に助かります」

と、恐ろしく早口(上の口上を十五秒ほどで。みんなも挑戦してみよう)で言い切った男の他にはそこに誰もいなかった。出発予定時刻が迫りつつあってもただ山盛りの荷を積んだ馬車がいくつかあるのみで、御者の姿すら見当たらない。管理にしてもとても一人で捌けたものではない。明らかに異常であった。術師に慣れたククリの目から見てもちょっと変である。

 だが、

『他に運び手はいないのか?』

というイゾウの質問には、

「もうすぐ準備が出来ますから」

と答えになっていない答えが返ってきたのでそのもうすぐを待つことにした。(クライアントでもない限りは)業者のやることに下手に口出しするのはどの世界でもご法度である。

 また、イゾウはこの点をなんとも思わなかったらしいが、ククリは『大黒同盟』という言葉が脳味噌にちくりと突き刺さった。『大黒同盟』とは魔王候補の中で最も魔王の座に近いと恐れられし吸血鬼『大黒天』の勢力である。つまりイゾウたちにとっては商売敵に当たるのだが、勢力の規模でいえば駄菓子屋とデパートほどの差があり、こんなところで突っかかっても何だか滑稽で惨めなことになるだけであった。地方ヤクザが自衛隊に喧嘩を売るようなものである。

 ベクトルの準備とやらが整えばこういった時に一勢力として名乗ることも出来るのだろうが、

(情けないなあ)

と、ククリがイゾウの一件に加えてさらに落ち込むのも仕方がなかった。悔しさをバネにしてがんばれ、と重ね重ね応援したくなる。

 さて、ネクロは細身の蒼白い肉体をトーガのような着物に包んでおり、その節々に何らかの仕込みがあると見受けられた。勢力云々の情報は右から左に受け流していたイゾウであるが、ネクロのその商人らしからぬ風体の方はかなり気になった。生前に見慣れた忍者の仕込み等が丁度こんな具合であった(ただしネクロの方はほとんど隠そうという工夫がなされていないが)。それを思うと、どうしてこんな怪しい男の護衛なんかを自分がやるのだろうと不思議になってくる。イゾウのこの勘は後で的中するのだが、その時にならないと何の行動にも移さないマイペースさがイゾウである(かつてそのせいで幕府に捕縛されたが懲りていない)。

 ネクロはしばらくそこいらを歩き回って宙に文字を書く仕草をしてみたり荷の確認をしたりと急がしそうであった。恐らく節々で商売の諸作業(計量とか帳簿の確認とか記帳)が楽になる魔法でも使っていたのだろう。我々の世界で商売のほとんどが電子化されているように、魔界での商売は魔法化されていたようである。

 ありがちな設定であるが、魔法の世界では魔法が電気や機械の代わりをしていることが多い。この違いが割と我々の世界とファンタジー世界の性質を大まかに規定していると思うのだが、どうだろう。この相対的な違いのあり方から妄想するに、もしかしたら我々の世界から見た魔法世界が魅力的に見えるように、魔法世界から見た我々の電子機械、金属の世界は魅力的に映るのではないか。確かめようがない推測なのがちょっと残念なのだが。

 ただし、この事を考えるにおいて面白いのは、大抵の作品で魔法世界に電気機械技術が流入されると作中でよろしくない事が起きたりして(機械の暴走とか鉄砲乱射で死者多数とか自然破壊で精霊激怒とか)、向こうで禁断の技術扱いされてしまうことだ。逆に魔法がこっちの世界にやってくる設定ではみんな大喜びの癖に、だ(『特殊能力』大好きな我々の世代においては疑う余地すらない)。ここには、「現実の世界よりも魔法の世界の方が住み良いから手を出したらあかんのよ」とか、「現実よりも住みやすい魔法の世界は想像上ありうる」という『卑現実、尊幻想』な暗示が施されているように思えてならない。そりゃあ魔法は世間一般的には幻想上の産物であって、現実以上の格のものでなければ誰も題材になんかしたりしないのであるが、それでもこの幻想と現実の不平等な扱いは何とかならないものだろうかと思う。ちょっと現実逃避臭い。

 こんなファンタジー小説を書いている作者がこう言うのもなんであるが、ただ幻想に人を連れ込むだけの小説では足りないと思う。幻想と現実を同然のように扱う想像力と技術、これがどこかに発生しないと小説はただの現実逃避となってしまうのではないか。そして、そういう危険物的パワーを起こす小説を書いてみたいというのが作者の目標の一つである。

 だが、そんなことよりも仕事だ。作者のではない。イゾウたちの仕事である。この旅、ひいてはベクトルの下での戦いはとうの昔に始まっているのだ。世の中が甘くないのは魔界でだって当然である。

 

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