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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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ダンカ

 エルフの森から聖なる壁とは真逆の方向へ道沿いに進むと中ぐらいの都市がある。名前を『ダンカ』と言い、エルフによる人間との交易品を魔界の各地へと流すパイプとなっている。人間界からの稀少品の流通を一手に担っているため、魔界の中ではかなり異色な雰囲気をかもすエキゾチック都市であった。

 イゾウとククリはベクトルたちと別れた以後ふらふらとこの町に流れ着き、適当に宿をとって酒場で飲んでいた。思えばものの数日で生活が偉く変わったものだ。

 ベクトルに渡された路銀は思いのほか少なくもってあと三日というところであったが、そのことを主張するククリをものともせずイゾウは飲んでいた。金が無いのが生前の彼の常態であったのだ。

 さて、イゾウは都市規模異世界コミュニティデビューのはずがすんなりダンカの空気になじむことが出来ていた。

 よくよく考えてみれば、多少生態系や物理法則が違えどそこまで社会が根本的に違うわけがないのである。価値体系を巡った相違はあれど価値あるもの(食料や情報、お金とか)それ自体への付き合い方というのは人間も魔物も一緒だと言うことを改めて感じ、イゾウはよく分からない感動を覚えていた。

 異世界にとばされ使役され、わけの分からない奇奇怪怪の恐怖に怯えさせられたのに加えて魔剣に勉強もさせられて、心の機能がどこかに吹っ飛んでいたイゾウであったが、どうということもない酒でそれを取り戻せたような気がしていた。店に入り際に一言、

「親父ぃ、酒!」

という文句できちんと酒とつまみが出てきたのが嬉しかったのだろうと作者は思う。

 酔いが回り、イゾウは楽しくなって辺りを見回した。よく見ればなんだか訳の分からん物だらけで面白い。また、来る人(魔物)来る人(魔物)皆違った種族の特徴を持っているのもこれがまた面白いのであった。

 「向こうの鼻の長いのは天狗だ。連れの奴は熊みてぇだ。面白ぇな」

などと意味不明なことを言いながら酒をかきこむ姿が他の魔物の目にどのように写ったか。我々の感覚で例えれば、人の集まるショッピングモールかなんかに繰り出していってうろつきながら、

「あれは親子連れだ。こっちにいる奴は外人だ。金髪の姉ちゃんもいるぜ、ぐへへ」

と嬉しそうに呟きを漏らすようなものである。ぶっちぎりで変質者であるが、魔界ではよくあることかもしれない。

 違う世界から来たという事情は知っていたが、何がそんなに面白いのかククリにはもちろん分からない。魔界においては異種族に出会うことより同族に会うことのほうが稀なのであり、一々そんなことを気にするような感性を持ち合わせてはいなかったのである。

 ククリはイゾウの感動などはどうでもよいのであった。そんなことよりも手頃な仕事の一つや二つをさっさと見つけてしまうことの方が重要だったのである。ベクトルの言う『準備』もほんの数週間程度では済むまい。ベクトルはお使いにでも行かせるかの彼らを送り出したが、そんなお気楽なものでは断じてないのだ。

「もうお酒はよしてくださいよ。働き口を探してから飲みましょうよ」

「バカを言うな。呑んでるときに探したって仕方があるめぇ。あとでついでに探しといてやるから……」

労働経験の無いククリであったが、金を稼ぐことの難しさは人一倍(先入観たっぷりに)分かっていたのだろう。イゾウがベクトルほどではなくとも強いことは重々承知だったので、どこかで用心棒なり護衛の仕事でももらえないものかと色々策を練っていた。

 仮にこの物語がロールプレイングゲームであったならこのあたりで手始めにゴブリン退治の依頼の一つや二つでも受けてこなす所であるが、既に魔物の中でも屈指の肉体と魔剣を持っていたイゾウにはあまりにも生ぬるい。ククリは負けの込んでいるイゾウしか見ていないので彼を過小評価していた方である。{こんな呑んだくれ(しかもそれほど強くない)などに任せておけるものか}

と、この放浪の旅の手綱を握らんと未熟者なりに息巻いていた。

 意気込むククリの意図通り仮にこのままイゾウがククリの言うままに仕事をこなすような事になっていたら、生前の『人斬り包丁』の二の舞となってしまったかもしれない。が、一度死んで何かが吹っ切れていたイゾウはククリの想像をはるかに超えていたのであった(主に頭が)。

 イゾウは飲み飽きると酒場の店主にお代を渡しながら聞いた。

『親父ぃ、ここいらで用心棒を探してる奴はいるかい?』

 困ったとき(困ってなくても)は酒場の店主に聞けば大体の事の取っ掛かりが得られるものである。酒場の店主というのは情報通でなければならない。魔界にもその法則は当然のように通用した。店主は四本ある手で器用にに金属杯を磨きながら答える。気をつけて見てみると何か虫を想起させるフォルムの魔物であった。バグと同類かもしれない(大間違い)。

 用心棒に関して、魔界ではギルド的な同業者組合は未発達であった。今日びの魔界では商人や農民ですら魔道の基礎をマスターしているのが常識であり、非戦闘員が銃社会レベルの自己防衛能力を持っているのである。相当やばいブツを運ぶか龍の住む渓谷やら巨大砂魚の跋扈する砂海を通過するわけでなければ護衛などというものは必要ないのであり、そんな稀なケースのために一々ギルドなどを介していたら面倒くさいし、ギルドにとっての利益も薄いのである。

 それに、大体一つの町に二、三人ぐらいは強力な魔物が住んでいるもので、杜撰な情報管理でも依頼が成り立ってしまうのである。かつてバグが若かりし頃『強力な魔物』として用心棒の小遣い稼ぎをやっていた頃もあった。

「はいはい浪人さん。ええ、はい、用心棒ですか。でしたらねえ、二日後にここから出て『バアキ』に向かう隊商の一行さんがあるんですが、そこの護衛に欠員が出ましてね。相場としてはちょっとばかし低めの報酬ですが、特段気になるような悪い条件もありません。お取次ぎいたしましょうか?」

 作者は傭兵や用心棒という職の相場を全く知らない不勉強者なので詳しく述べることは出来ないが、まあ、ベクトルに渡された路銀の二倍ほど、適当な店で一週間腹いっぱいで食事し生活できる程度の額だったということにしておく。ちなみに、現代日本でそれをやるとするとファストフードで一人一食千円かけたとして一週間で四万二千円。それに安宿の値段を足したとしても、うん……微妙である。

 それはまあいいとして、イゾウはククリとさらりと相談して早々とこの仕事を引き受けることにした。一応ちょっとした危険地帯も通過するらしいが、まあ、イゾウの腕ならばそこまで恐れる必要はないんじゃないだろうか、というククリの判断である。

 出発が二日後の早朝だということで一日暇が開くわけであるが、ものすごく驚いたことに、イゾウはこの一日で欠けていた魔界の風俗的常識を大幅に体得してしまった(具体的に何をしたかというと。飲酒、博打、喧嘩、盗み聞き等の不良行為)。ホームステイ三ヶ月目の留学生のそれよりもはるかに高度なレベルで(遊び呆けているだけなのでむしろ低次元とも言えるが)魔界風俗に溶け込んでいた。

 その驚異的な適応能力は天才や秀才のそれではなく、悪い遊びを覚えていく不良少年のそれに近かった、というかそのものである。

 多くの時を引きこもっていたとはいえ魔界での生活では一日の長(実際には十数年)あるククリでも及ばない魔界風俗の観察がイゾウによってなされ、今やイゾウの脳内には魔界全土の地図がぼんやりと浮かび上がるようなレベルにまで情報が蓄積、整理されかかっていた。ダンカには魔界各地の商人が集まるためか、割と広く浅く話が聞けたようだ。

 ククリは一人ではできることもないので後ろについてイゾウの破天荒振りを観察していたのだが、イゾウの桁外れの適応能力(適当さ)に感嘆した。変質者顔負けの昨日までとはあまりにも違うイゾウの雰囲気に圧倒されたのか、イゾウがベクトルと同程度にすごい(変な)奴なのではないかという疑念すら湧いてきたのである。

 例えば、こんな事があった。

 イゾウが飲み歩きながら商人たちの話を盗み聞きしている時のことなのだが、道端で老魔が卓をはさんで囲碁のようなボードゲームをしている隣を横切ったとき、運悪く腰に指した魔剣の鞘が卓にぶつかってボードの上に配置されていた駒をひっくり返してしまった。しかし、興ざめ交じりの視線を向ける老魔二人にイゾウは平謝りするかと思いきや、

『すまんね』

と言って駒を拾い集めたかと思うと、なんと元の場所と寸分たがわぬ配置に駒を並べ直してしまったのである。驚いた老魔の片方が

「あなた、相当お出来になる御仁ですな」

と訳知りの熟達者の風を吹かせて声をかけるも、

『面白そうだなご老人、これは一体全体どんなゲームか』

と素っ頓狂なことを言って不気味がられていたのをククリは眼を丸くして見ていた。

 ここで、生来の能力に依存して生きてきたククリは改めて自らの無力さ、というかちっぽけさを再認識したのであった。

(勉強しなくちゃ)

と、心の底からそう思ったのである。特殊能力の一つや二つでは渡っていけない世の中があるという認めがたい事実が初めてストンと胸に落ち着いたのである。(自分の能力乱用が奇奇怪怪を呼び寄せてしまったことは都合よく反省に含まれていないが、)偉いぞククリ。

 仮にベクトルがククリの心境の変化を見越してこの自由時間を与えたのだとしたら大したものである。そんなわけはないが。

 しかし、魔導師の弟子ですら嫉妬するイゾウの情報処理能力にはもちろんタネがあった。こんな言い方をすると身も蓋もないが、これはイゾウの才能云々は関係無い。ハードの性能、イゾウの魂が間借りしている魔人の脳みそがよくできていたということにすぎないのである。つまりは、かつて魔界を生きた超頭脳にイゾウのお気楽な魂が入った為に生じたミスマッチがイゾウを天才奇才の類に見せてしまっていたというのがおちであり、ククリが

「僕って馬鹿だなあ」

と、落ち込むことではなかったのである。まあ、今のイゾウが天然の天才っぽく見えるのも事実なので、もうなんとでも言えばいいさ。

 

受験に向けて脳汁があふれ、かえって創作欲がはち切れんばかりです。

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