三種の神器
ベクトルたちが隠れ家のボロ小屋で惨めな作戦会議を開いていた頃、魔界のどこかでもう一つ密かに行われている会議があった。後の伏線として、この謎の会議の一部をここに記す。
リーダー格と思しき人影とその他に影が二つがそこだけにあり、まるで真っ暗闇の宇宙に浮かぶ星星が語り合っているかのような光景である。『魔法使いの海』と同じように特殊な結界で出来ているらしく、重力の働き方も一様ではなかった。
何か信仰的な理由でもなければこんな発狂しかねない状況で会議など出来ないだろうと思われるのだが、彼らには心地が良いものらしい。ゆらゆらと揺れ動き、位置関係を常に変転させながら会話がなされていた。
『二人とも、そろそろここにも慣れたかな?』
「いやあ、懐刀様のようにしょっちゅうここに来るわけにもいけませんから」
『そうか、そういえば君は今人間だったな。人間の感覚ではこの場はさぞ辛いだろうね』
「いや、身体なぞ大した問題ではない。神器として我らに与えられた魂さえあれば」
『まあまあ、我々もまだ本調子でないのは分かっているはずだ』
「魔王すら決まっていない今ではまだ仕方がありませんね」
『だが、魔王が決まってからは忙しい。勇者との決戦などあっという間さ』
「準備を急がなくては」
『今回は扉が三度も開いた。今まで通りでは済むまいな』
「三度の内のどれかで流れ着いてきたと思われる異世界人の一派を人間界で捕捉しましたよ」
「早いな」
「異世界人にしては彼ら、中々活動的です。既に勇者にも接触している」
『やるな。今回の本命はそっちかな』
「一応奴らの情報をまとめたのですが、読みます?」
『ああ、読もう』
魔界においては情報を書面に纏めてやり取りするという発想はあまり無かった。文字は、意味の抽象性によるメッセージ、記録機能よりはどちらかというと魔術に用いる神との交信術としての性質が注目されがちであった。記録のための魔道書なども一部の者にしか分からないコードで暗号化され、万人が読むための物では断じてなかったのである。
ホウのような生体コンピュータまがいのテクノロジーが存在する中であまりにも野蛮、というか滑稽なのであるが、前から述べているように魔物の情報への陰湿さ、閉鎖性が魔界のテクノロジーを天才頼りの行き当たりばったり(しかもほとんどは歴史に埋没する)状態に貶めていたのである。
それに引き換え人間界では『教育』なるものが既に多くの子供たち(多く、とは言っても識字率が天井知らずの日本と一緒にしてはならない)になされていた。情報共有への意識が高く、魔導系研究機関では魔法によって構築されたインターネットの原型のような恐ろしい情報メディア生命体が開発され、実用化を控えていたのである。これの製作者は後に『電人』と呼ばれる電磁生命体シリーズを(バテレンやゲンナイの関わりは無いところで)実戦に投入した研究者としてちょっとばかし有名になるのだが、バテレンが粛清してしまったり邪帝になってしまったりしたせいで資料が後世に伝わらないこととなる。また、驚くべきことに彼の姪っ子が後に勇者となるのであるが、そんな大人物であるのにも関わらず歴史ではパッとせず、この小説にも多分二度と話題が挙がらない。そんなかわいそうなキャラクターがいたということだけ覚えていていただければ幸せである(作者ではなく彼が)。
それはさておき、我々の世界において情報共有の権化とされるインターネットは複数の大学間で情報を共有するシステムがその発端だとされていて、軍事利用のための実験だったと言われている。生活の基盤になってしまうような革新的な新技術というのは軍事テクノロジーから転用されたものが多かったりもするのだが、この世界でもそれは例外ではなかったらしい。
あ、ここまで人間界をべた褒めに語るとそれに対する秘密主義に凝り固まった魔界の学問が劣勢になるようにも思えるのだが、何故だかそうならない不思議もあるのである。理由は作者も知らん。
とにかく、何が言いたかったかといえば、人間界と魔界の戦いというのは、魔導的側面では『教育』と『天才』の鍔迫り合いでもあるということである。
そして、この組織には既に人間の構成員によってその恩恵が少なからずもたらされていた。情報共有は無駄なすれ違いをなくす。たぶん。
「このバテレンという男のデータはなんだ。こいつ、一体いくつの体系の術に精通しているんだ?」
バテレンについて作成された資料には、実際に彼が行ったであろう呪術行為と、そこから予測される彼の能力についての考察が書かれていた。よく出来た資料であるが、それは余計にバテレンという男の不可解さを増大させてしまった。
「分かりません。でもこの目で見ただけでも魔法、体術、薬学に関して複数の体系のそれを学んでいる可能性が非常に高いのです。資料の通り、大魔法使い『大師匠』を殺害したのも恐らく彼でしょう」
『異世界の術か、興味深い。ロートルが一人消えたところで構わないけど、それをやってのける事がいかに困難か。ゲンナイという学者も含めて何とかこちらで抱き込めないものかな』
「それは難しい。こいつらいつの間にか帝国の幹部になっていやがって手が出しづらいったらもう」
「裏で政治系の術も結構使えるクチに違いねえ。魔界にもこんなマルチな奴はいない。危険だ」
『彼ら、手に負えなさそうだね』
「今のうちに殺っておくと人間界側は格段に楽なんだけど」
「お前だけで殺れる相手か」
『三人で行ったほうが良いだろうね』
「殺りますか」
「魔界側は手が空いてるから行けるぞ。多少無理をしてでもそいつらは消しておくべきだ」
『決まり、かな』
「出来れば異世界の術を押えておきたいところですがね」
『確かに、最初はそういう接触を試みるべきだ。で、そういうタマでなければすぐに殺す。異世界の術といえど神器の魔力には叶うまいよ』
勇者と魔王の戦いは様々な要素によって指向性を持たされている。そして、その意思の最も大きく強力な勢力がゆっくりと動き出し始めた。
彼らは魔王側でも勇者側でもない。そんな不思議で悪意に満ちた勢力も、魔界には秘密裏に存在していたのである。