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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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アリス

 バテレンは、

『まあまあ、勇者はしばらくは我がクルセイダーの特殊戦闘員見習いとして私が教育すると、前の会議で決まったではありませんか』

と、しれっと答える。それ故に勇者の監督権は我にあり、多少の戦闘訓練や教育は必要不可欠の事として見逃していただきたいと言いたいらしい。確かにかつて会議にてそう決めたのならば筋が通るかもしれないが、実際のところはその会議においてもバテレンのいやらしく毒々しい策と術が飛び交っていたに違いない。そうでなければまだまだ若手のバテレンが陸軍に先だってそのような権利を持てるはずがないのである。例えば、参加者に気づかれないように会場に精神錯乱剤を焚いて参加者を混乱させ、うやむやの決議を通すぐらいの事はしかねないのではないだろうか。

 バテレンはぬらりとナルビナの追求を躱した。ナルビナにお叱りをいただくようなことは別に痛くも痒くもないので、この程度の情報は隠蔽することもなく意図的に適当にやっていたのである。むしろ敵対派を炙り出すには丁度いい餌である。

 しかし、ナルビナは未だバテレンの策と術の波には捉えられていない様子だった。将軍の地位についているだけあって舌戦には相当慣れているようである。「叩き上げの軍人をなめるな」と目が言っている。

 ナルビナは霧を腕でかき払うように、

「越権には変わりない。貴様ぁ、このナルビナが、お前が裏でこそこそやっていることに気付かんとでも思うか」

と語調を荒らげた。ここでナルビナは本題を持ち出したと言ってもいい。勇者の件のみならず、油断ならないバテレンに対してこの場で釘を打っておくことが第一と判断したのだろう。バテレンをさっさと抹殺してしまう事の次に賢明な選択である(バテレンがそうするように仕向けたのであるが)。

 当時、バテレンは人間帝国上層部において最も謎のヴェールに包まれている男であった。その信ずるキリストの教えとやらも相当危険だが、そもそも帝国への参加の経緯からして怪しさ満点である。

 ある日東方からふらりと現れては数々の新技術と秘法を伝えて皇帝に取り入り、のらりくらりと経歴を明かさぬまま今の地位に上り詰めたという異常な経緯はどこぞのRPGの悪役を彷彿とさせる。しかもその背後には皇帝のみならず有力貴族、既存の教会勢力の重鎮達までもが控えていて彼に異様な肩入れをしているのである。さらに気味の悪いことに、何時の間に彼らの支持を得ていたのか、彼らは何のためにバテレンを支持しているのかすら今をもって謎であるのだ。

 ある時、ナルビナは痺れを切らしていくつかの貴族を問いただしたことがある。しかし、

「なぜあんたはあの男に肩を貸すのだ?」

という質問に対して返ってくる返事は彼の疑念を増大させることにしか意味をなさなかった。中にはバテレンを神か何かのように褒めちぎるような者もいる始末であり、奇妙で不気味な印象を振りまいていた。

 このような状況にナルビナは口にこそ出さないが、皇帝をはじめとするパトロン達はバテレンに何らかの弱みを握られているのではないかと考えていた。だが、その証拠は皆無に近いものであった。

 しかし、その線が巧妙に隠してあるのみで他には叩けばホコリが出てくることばかりであり、本来ならばすぐにバテレンを処刑台に上らせるようなネタも上がっているのである。だが、これもバテレンの撒き餌であることに気付くものはいなかった。

『私めが何か?』

「とぼけるな。あのゲンナイとかいう術者と裏でこそこそとやっている儀式(我々の世界でいう実験)、あれの事を明るみに出せばお前の首などすぐに飛ばせるのだぞ」

と、きっとおぞましくて人に言えないようなバテレンの裏仕事の証拠の一つを、水戸黄門の印籠か何かのように示した。ナルビナにとってはバテレンを屈服させる秘密兵器のような存在だったのだろうが、バテレンにとっては、

「あ、それね」

という程度のものであった。その証拠品は所謂麻薬であったのだが、この程度で悪の証拠というには余りにも平和ボケしている。お前本当に将軍かよ、とバテレンは心中でせせら笑った。もちろん、ナルビナが自分をすぐに処刑台に上らせるような度胸はないとも踏んでいた。

 そして、

(釣れた)

と内心でほくそ笑んでいるのである。

 相手をいつでも処刑台に上らせられるようなネタを握った、と思い込んだ人間はむしろ相手を意のままに操ろうとする。バテレンにとってはそれが最大の隙なのである。

 バテレンはお得意の術を発動した。

『ああ、そんなことまでお耳に入っていたとは……。見逃してくださいませ、どうか、どうか』

と一転、大師匠の時のように不自然なほどに態度を変え、相手の意識の変調を誘う。こうやって相手が自分の上に立っていると錯覚している時が一番安定であり、逆に相手を支配してしまうのに向いているとバテレンは知っていた。

 ナルビナはやはり、

「ええいやかましい。このことは白日のもとに晒し、絞首刑にしてくれるわ」

と言いつつも、やはり心のどこかでこのネタを使ってバテレンを支配しようという心理を働かせていた。政界のスキャンダルの握り合いの世界では、ネタを握って相手を支配する関係は捨てがたい。人間には、制御できるものは敵性があったとしても制御したがるという習性がある。『上手くやっていく』のが好きなのである、人間は。

『ひい、どうかお見逃しくださいぃ』

と命乞いに近い文言の中にバテレンはありったけの術を仕込んでいた。相手が増長し、有頂天になってまともな判断力を失うように言葉、波長を選択し、抑揚をつけて話す。相手を気づかぬ内に特定の精神状態へと誘導する、『話術』の中でもかなりの高等技術であった。

 つまり、ただ媚び諂っている訳ではない。バテレンはこのような手で相手を精神的、肉体的に暗示をかけ、一度優位に立たせた後に徐々に相手の心を腐らせて我がものにしようとしているのだ。しかもそれは催眠術のように不可視である。

 実際に人間帝国中枢には、自分ではバテレンに大して優位性を保っているような気でいながら逆に支配され、利用されてしまっている者たちが少なからずいた。そしてさらに恐ろしいことには、その殆どは、

「バテレン?、あのような小物など眼中にない」

と割と本気で思っている(そう思うように催眠されている)ために、健常者もその異常さに中々気付けないのである。

 そして、この大将軍ナルビナもこの男の毒牙にかかり、来る日の野望のための手駒にされようとしていた。

 ナルビナはバテレンの怯えぶりに満足し、

「貴様、わしの目の黒い内はこれ以上好きにはさせんぞ」

などと言いながら証拠品を懐に戻した。バテレンを実際に抹殺せずともこの優越感さえ味わえればいい、という不気味精神構造にナルビナの思考は改造されていた。やがて、この感覚に対して中毒患者のようになり、

「頼むから媚びてくれぇ!」

などと言いだす程に精神を病むことになろう。

 これでほぼ仕込みは終わったと言っていいが、バテレンはここで最後に決定的なトドメの一手を指した。バテレンは頃合を見て、

『お見逃しいただいた、ほんの感謝の気持ちの印でございます。どうかお受取りくださまし』

と言ってドアの方に注意を促すと、そこにはよそいきのお洒落を決め込んだ一人の少女が立っていた。

 この少女、どう見てもいいとこのお嬢様にしか見えないのだが、バテレンはまるでこの少女を性的賄賂としてナルビナに贈るようなことを言っている。

「どういうつもりだバテレン!?」

こういう『贈り物』は、薄汚い女奴隷と相場が決まっているのではないか?、などとは聞けず、とにかくひたすら混乱する。

対してバテレンはさもそれが当然の習いであるかのように、

『ですから、贈り物でございます。ご自由にお使いください』

と下品な笑みをを作った。つまりは、やはりそういう意味である。

 少女は、バテレンの言う意味を知ってか知らずか莞爾として微笑んだ。そのあどけない様から放たれる魔力は状況と相まってナルビナに、彼本来のものでない幼女趣味の性癖を発現させるのに十分なものであった。

 思わずナルビナは生唾を飲み込んだ。もはやバテレンを疑う気持ちすらどこかに消え去ってしまった。

「も、もうよい!、下がれ、バテレン!」

『では、お部屋の準備をしてまいりましょう。』

尋常でない剣幕のナルビナに一瞥をくれると、バテレンは何事もなかったのように執務室を退出した。

 少女がこの後どのような目に遭うかは想像に容易い。しかし、少女の身を青少年保護条例的観点から案じる必要はない。あくまで被害者はナルビナなのである。

 なぜならば、この少女こそが後にバテレン、ゲンナイと並んで帝国の『三怪人』と呼ばれることになる妖女(もとい幼女)、性魔導士『アリス』であるからだ。

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