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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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十字架の邪教

 バテレンは世界最強の世界宗教、基督教の徒でありながらこの世界において邪教徒として始めなければならなかった。しかし、彼は宣教師である。異教徒の渦巻くアウェイでの布教こそ専門であり、邪なものが正に取って代わる過程を幾多も目撃し、また、創造してきたのである。弱者につけ込み強者に媚び、中流階級に一目置かれることにおいての技術において彼の右に出る者は存在しないだろう。邪のプロフェッショナルである。

 そもそも、邪というのはアンチ、草葉の陰から忍び寄る暗黒の属性である故にアウトロー、歴史の正位置には決して座ることができずに日陰を歩む事を宿命づけられた属性である。そして、彼らの敵意の先には必ず燦然と輝く正義があった。

 つまり、邪教というものも正教らしきものがあって初めて成立する概念である。そして、世に正しいとされる価値観があるところに疑問をもって挑む、これが狂気の始まりである。

 狂気。この自我の象徴のような不退転のエネルギーは、これを押さえつける正しさの力と複雑に絡まり合って社会を渾沌と調和の振動の波に巻き込んでいるのである。

 だからテロが起こる、弾圧がある、裁判がある。

 だからこそ、邪教というものは特性として民衆支配には向かずに狂気を煽り立てて正義を真っ向から否定する性質を十字架のように背負っているのである。あえてここで誤解を招く覚悟で言おう、狂気とは十字架であり、十字架とは狂気である、と。

 途中で何処かに下ろすこともできず、かと言って否定することも誰かに押し付けることもできない我が神への奉仕。我々の歴史で哲人と呼べるような人間共は皆これを背負って生きていた。考える人間は皆少なからず狂気を持っている。

 しかし、それが何か決まりきった結果に帰結するとはもちろん限らず、数々の偉人、変人、英雄、猟奇者が世の暗黒を跋扈しなかった時代はない。

 狂気を持った個体が世界を動かし、正気を持った個体が世界を保つのであり、その過程が進化とも言える。

 そして、これは我々の世界に限ったことでもないだろう。勇者と魔王という対立するシステムに永らく依拠してきたこの人間界と魔界も変わらなければならない日が来る。多分。


 さて、ここで人間界に目を移すのはもちろん、ベクトルだけでなくバテレンも大師匠襲撃の一件を通して次の行動に移ろうとしていたからである。

 しかし、バテレンは直ちに自ら行動できるほど自由な立場にはいなかった。魔王選定によって人事機構が滅茶苦茶のまま放置されている魔界とは違い、人間界は組織的だった。彼のやるべきことは人間界にも沢山ある。

 その中にはバテレンが大好きな政治的権謀術数合戦も当然含まれる。バテレンは大いにその邪な才能を振るう。

 帝国首都、皇領大議館にて。バテレンはある男の執務室に呼び出されていた。

「宗教屋が。無用に魔界にちょっかいを出しよって」

苛立ち混じりにバテレンを詰る男は帝国幹部の一人、陸軍を司る大将軍ナルビナであった。顔から今にも「余計な事をしてくれたな」という文字が浮かび上がってきそうである。

「魔界への無断での接触は死罪。忘れたわけではあるまい」

ああ、そうか。つまり、バテレンの魔界潜入がこの男に知れてしまったのである。聖なる壁を含む魔界及び他国との境目の警備は彼の率いる陸軍の与り知るところであるから、恐らくその方の口から彼に情報が渡ったのだ。

 当然のことであるが人間にとって魔界との接触は第一級の国事行為として行われなければならぬものである。一国、一勢力どころか一個人の差し金で魔界に手を出すなどということはあってはならない。「お前何様やねん」とどつかれるようなヘマ、というより出しゃばりな行為である。

「しかも、やっとの思いで我が国が確保した勇者をパーティを組む前に魔界に連れていくなど重大な越権行為であるぞ。分かっておるのか」

ナルビナの言う通りである。しかも、未完成なままの勇者を魔王不在の魔界に連れ込んだというだけでもRPG的に考えてアウトである。勇者が仮に傷でも負ってしまえばそれだけで人間界は大混乱に陥るだろう(もう負っちゃった)。それほど勇者とは大事な存在なのだ。

 そもそも、人間界にとって勇者とは何であるかを説明していなかった気がする。いい機会であるからこのままナルビナの口を借りて勇者という存在が如何なるものかを解説しようかと思う。

「よいか、勇者とは人間の希望にして唯一、人間でありながら強大で邪悪な魔王と互角に戦いを挑める存在なのだ。数十年に一度、人種国籍を問わず『勇者のしるし』を体に宿して生まれてくる勇者は同時に魔王の出現と魔界との大戦を告げ、十四歳になったら魔王討伐のためにパーティを組み、魔界へ行く。その戦いの結果如何でこの世界のバランスが決まってしまうのだ。未だかつて歴代魔王と勇者の間に明確な決着が着いたことはないが、もしも勇者が負ければ人間界は魔物に攻め滅ぼされてしまうに違いないのだぞ!」

『左様ですか。その調子でドンドンどうぞ』

と、狂言回しにはバテレンもノリがいい。こういったことをホイホイ言ってくれるから人間は好きだ。魔物は自分勝手でいけない(特に奇々怪々)。

「うむ。そして今回、我々人間帝国の民に勇者が現れたのだ。そして、それは人間界の主想権を握ることにほかならない。我らが皇帝様はこれを機に人間界統合を目指されたのである。だが、その王道のさなか、貴様という大馬鹿者は……」

勝手に勇者を連れ出して肩を砕かれ、変な薬を注射して帰ってきたのである。しかも魔物の首付きである。お叱りを受けるだけならまだいいが、場合によっては首をちょんぎられてお終いである。

 だが、そうなることも計算してバテレンはいろいろ手を回していたらしく、ここでも大師匠の時のようなバテレンマジックが起こる。ただし、今回は卑猥なうえにきわどい。心せよ。

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