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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
48/128

奇奇怪怪の未完成

 時は再び奇奇怪怪による館襲撃に移る。

 館に着くと同時にバグは異変を感じ取った。侵入者在り、排除せよと心の中で警告音が鳴り響く。蟲達と共に興奮し、いつの間にかベクトルの人形もどこかに放り投げてしまっていた。

(こんな人形、そこら辺で腐ってしまおうが問題は無かろう)

と、ここまで運んできたのが馬鹿らしく感じられるような気持ちであったことはいうまでもあるまい。

 ここまでの移動にバグは体力の半分ほどを使い切っていた。片道100キロメートル相当の追跡路を一日で往復したのである。しかも帰りはベクトル人形付であり、いくらバグが上級魔物の力を持っていようと移動に労力が少なからず付きまとうのも当然であった。まあ、そもそも現代日本の人々などはたった二時間飛行機や新幹線に乗っているだけで疲れる脆弱な生き物なのであるから、比べてみればやっぱりバグは超人的なのであろう(人ではない)。

 ベクトルがイゾウとともに鉄鬼を殺しに行った時もベクトルは涼しい顔をしていたが、奇襲のための魔法の近道を作るまでには実は一日ほどかかっていたというのはここだけの話である。

 バグは蟲を使わずとも強い。蟲を使うような余裕が無いときでも奇奇怪怪=鵺のいやらしい邪気ぐらいならば察知できて当然である(奇奇怪怪自身が隠す気もないから当然かもしれないが)。

(強いとも弱いとも分からん、ただただ狂った気だ。何者か?)

 もしかしたらベクトル本人かなー、などとチラリと思ったりもしたが、バグはベクトルがさすがにそこまでおちゃらけているとは思わなかったため、真面目に侵入者を偵察しようとした。

 気配を消して異物に接近するバグ。そこに居るのは気絶したイゾウとククリ、そして気の狂ったサイコパスキマイラこと奇奇怪怪=鵺であったことは言うまでもない。

 ベクトルでなくて少しほっとしたのはここだけの話である。

(それはさておき、あの妖怪は何奴か。しかしまあ、また若造を助ける羽目になるとは、やれやれ……)

と、半日前の聖なる壁での戦いを思い出しながらふと思うのだが、さすがにあの二人は助け出したところで、

「いやあどうも、実は自分偽者です」

などと言わないだろうからいいのである。

 一方奇奇怪怪は、館をふらついて回った後に飽きてまた元の死体処理場に戻ってきていた所で、意味もなくニヤニヤしていて隙だらけ、というより隙しかなかった。

 だが、そもそも奇奇怪怪は作戦や戦闘を効率良くこなすという考え方自体を持っていない。そこが敵地であろうと、腐臭につられてきた蟲に体を齧られて、

『痛え、痛えよお!』

とびっくら仰天するまでは絶対に警戒心を持って物事に励むようなことはしない、どうしようもない男でなのである。

(仕方ない。残りの輩(蟲)で奇襲して二人をさっさと助け出してしまおう。死なれては困る)

 バグは物陰から飛び出し、寄生虫やら甲虫やら、とにかく害虫らしき害虫を奇奇怪怪に浴びせかけた。

視覚的にイメージするならば、全身に仕込んだマシンガンから無数の弾が発射される光景を思い浮かべるのがそれに近い。復旧中の右手からは何もでなかったが、それでもたいした威力である。

魔界でこれを用いられて正しく対処できるものはそういまい。奇奇怪怪は瞬く間に蟲の大群に集られて取り込まれ、泥人形のようになってしまった。こんな事を言えば先が読めてしまうが、普通ならば即死である。

 奇奇怪怪は、

「痛え、痛えよお!」

と叫ぶ間もなく必死に蟲を取り払おうとしてもがいている。だが、キマイラの怪力も無数の蟲には暖簾に腕押し。体中の穴という穴から巧妙に侵入する害虫たちに対して為す術もない。蟲の卵やら幼虫やら毒やらをずぶずぶと体内に注ぎ込まれるその様は、強姦の被害者とそう変わらない無力の権化であった。

 バグはこの時、気付かぬ内にイゾウに与えられた苦痛の仕返しを成功させていたのである。夢の中のイゾウと魔剣は手を打って喜んでいることだろう。

 バグはあっという間に奇奇怪怪を打ち倒してしまった。如何に不死身の奇奇怪怪と言えどもこのような仕打ちを受けては反撃のしようも復活のしようもない。下手をするとこのまま身体を蟲の国に変えられてしまう。そうなれば奇奇怪怪にも自分がどうなってしまうかは分からなかった。

 最悪でも自分に群がる蟲のどれか一匹に幻術融合をかけて乗っ取ってしまえば、奇奇怪怪はこの場をひっそりと逃げ出すことが出来た。だが、それだけはあくまでも最悪、最終の手段である。奇奇怪怪は生涯を通して、面白いもの以外に幻術をかけようは決してしなかった。

 前にも述べたように奇奇怪怪の幻術の真髄は相手との意識の融合にある。もっと具体的に言い表すのならば、意識を自我の溶けた溶液のように考えてみればよい。奇奇怪怪の幻術とは元々保たれていた他人の意識の心の平衡に自らの自我のエキスを流し込んでしまう術であり、本来はそれだけでは自由自在に幻覚を見せたりするようなことは出来ないのである。であるから、この術が幻覚を見せるのは全て、混ぜ込む奇奇怪怪の自我エキスの濃度、性質の奇怪さによるものだと言える。

 何十、何百回とこの術を使う奇奇怪怪の自我はその度に少量ずつ他者と溶け合ってシチューのようになっているに違いないが、それでも自らの自我の領分を保ち続けているのが奇奇怪怪の真の恐ろしさと言える。つまり、我が強過ぎるのである。

 そして、そんな我の強い奇奇怪怪だからこそ、相手と意識を融合するだけで相手を苦しめられるし、逆に生き延びるための最適の手段が取れないのである。

 奇奇怪怪のこの本質とは彼にとって最大の武器であり、弱点でもあった。

 よって、後の者が勝手に奇奇怪怪の幻術能力だけを評価して、

「奇奇怪怪が理性か妥協かを持っていたのならば、彼が魔王になるはずであった」

などと言うのは全くのお門違いなことなのである。全国数万の幻術ファンには申し訳ないが、奇奇怪怪がそんなことをするのであれば彼の幻術は相手と自分をつなぐテレパシーほどの効果すら発揮し得なかっただろう。理性や妥協は我を薄める中和剤なのである。

 そもそも、一般において幻術は便利でイカサマなイメージを抱かれているかもしれないが、そのイメージそのものが間違いである。

 幻術の祖とは、自らの共同体への他者の干渉を防ぐ呪禁なのである。それらは自らの共同体と外との境界線の道に施されており、結界のようなものや精霊使役のサモントラップなどもこれに含まれる。

 つまり、自らと他者の境界たる道に術を施すことで関係を調節するというのが幻術の本当の意義なのであり、幻を見せるという効果も幻術の為せる業の一端にしか過ぎないのである。

 奇奇怪怪の術も意識の支配的融合という点では他者との関係を図るという幻術の真意に適うものであるといえるが、不完全なのである。奇奇怪怪が完全なる幻術師であれば、蟲と融合などせずとも切り抜けることが出来たはずであるが、彼には相手と和を結ぶような幻術は全くもって専門外。幻術師としての未完成を証明している。

 そして、不完全な奇奇怪怪は蟲団子になりかけていた。数千の蟲が宿主にお構いなく暴れまわっており、バグも決してそれを止めるような事はしない。奇奇怪怪=鵺の中の奇奇怪怪は雨傘山にいる奇奇怪怪の分身、意識の一部でしかなかったが、それでも奇奇怪怪=鵺は事実上の終了を迎えてしまうのである。そんなものは御免であった。死なないからといって死ぬような目に遭うのが怖くないというのは大間違いである。心が乱れすぎて幻術も使えるような状況ではなかった。

 万事休す。不完全ながらも不死である幻術使いの巨星であっても相性の向き不向きでこうも簡単に敗北して、文字通り蟲の巣窟にされてしてしまうのだろうか。

 だが、ここで発揮されるの奇奇怪怪の狂気じみた悪運、荒唐無稽に与えられるラストチャンス。奇奇怪怪=鵺の肉体を滅ぼす最初で最後で最大のチャンスではあったが、ここにまた、新たな闖入者が現れることによって事態は一変するのである。

 奇奇怪怪の義兄弟、コントンが現れた。

気がつけば五十話です。記念すべきナンバーです。途中で文体が変わったりイゾウの知能レベルが急降下したりもしましたが、かれこれやっと一つの大台に乗ったような気持ちがします。幸せです。

百回まで行ったらキャラクター人気投票でもやりましょうか(笑)。

あと、どんな些細なことでもいいので感想をいただけたらさらに幸せです。

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