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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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尸解

 ベクトルは胸にぽっかり穴を開けたまま何事も無かったかのように起き上がった。ちょっとしたホラーである。と言っても最近の創作物(この小説もそうだが)ではこれぐらいの復活は普通であり、キリストの復活信仰とは何だったのだろうと聖書を読み直すレベルのキャラクター復活率にお目にかかるのも珍しくは無いのである。

 バグはそういう世界を生きてきた魔物であるから(どうしても殺せない奴は蟲に食わせる)、今更奇奇怪怪の復活を見た時のイゾウの様に驚いたりはしないが、むしろ復活しなかったらどうしようという不安の方が強かったりした。

「む、ベクトル気が付いたか!?」

 バグは一応真剣そうにベクトルを見つめるが、ベクトルは常の無愛想な表情のままである。いや、普段通りの冷静であると言うよりは気が抜けて呆けているようにも見える。むしろそのように見えた。

 そんな面をしている奴の言うことも、大抵気の抜けたものである。

『バグさん、人間達は逃しましたか』

バグは拍子抜けした。

「馬鹿者め、貴様が敵の手に落ちたためにこうして撤退しておるのだ。あれからもう半日も経っとるわ。貴様のような青二才が出しゃばったせいで私の腕もこの通りだ(そのうち直るが)!」

と、粘着質の音を立てながら腕を振りかざす。その勢いで働き蟻が数匹ベクトルの顔にとんだ。

 対してベクトルの方は、蟻どころか胸の傷すら気になってもいないようである。

「何とか言ったらどうだ!。大師匠様の敵討ち、あの忌々しい妖術師を殺すのではなかったのか!」

と凄まれてもベクトルの方は全く悪びれない。人間達をあの場で逃すことが彼にとっては予定であったためである。

 ベクトルはさらりと言ってのける。

『申し訳ありません。実は今、私の体の本体の方は人間界に出向いておりまして……』

 衝撃の事実。今度のバグは腰が抜けた。

「おい、何を言っている?」

『ですから、こちらの私は本体から制御、操縦されているだけのただの人形ですよ』

と言って自らの胸に手を当てながら首を横にクルリと一回転させる。そのうち目が飛び出したりしそうである。よく見ると胸の傷からは血ではなくて、何か油のような粘液が代わりに噴出していた。恐らくベクトル特製の合成血液だろう。イゾウの時の魔王水といい、実はベクトルは合成血液マニアなのではないかと思えてくる。

 バグはさすがに驚いた。完全に予想の斜め上を行かれていた。

「ま、待てベクトル、もしやお前、あの時はわざと……」

あの時とは、『聖なる壁』での戦闘のことである。

『もちろんわざとです。彼らを尾行してみたくて、負ける予定のお芝居で敵を騙してみたんです。まあ、敵があんな術を使ってくるとは思いませんでしたが……』

「何ということだ!」

バグは怒った。腕の傷が泣いている。

「何故私まで騙すのだ!」

ベクトル人形はフフンと鼻を鳴らした。そこはかとなくベクトルらしくない。

『人間達の言葉にこうあります。『敵をだますにはまず味方から』と。私は人間ではないので意味は分かりかねますが、こんな事を言っているくらいなのですからそれに乗ってやればころりと騙せると思いまして……、と言うのは冗談でして、ただ、お伝えする前にこの体が人間に壊されてしまったものですから、アハハハハ!』

 ベクトル人形は普段の物静かな立ち振る舞いとは真逆のとんでもないハイテンションと共にバグに色々と段取りの種明かしをした。

 バグとしては、

(種明かしなどどうでもいいから静かに話せい!)

などとさらにむかむかしてきてもいいのだろうが、ベクトル人形の解説する種明かしが思いのほかダイナミックかつ芸術的で、ついつい聞き込んでしまったのである。

 種明かしそのものは大したことではないので割愛するが、その大した事の無さの割には、バグはそれを聞いて、

(わしとしたことが何たる不覚かっ!)

と心中で地団太を踏んでいた。手品の種とは常にそういうものである。敵に見破られないことにこそ魔法や呪術の真価が問われる。魔界の魔術師達の神秘主義にはそういった背景もあった。

 魔王ベクトルについて、この手品師じみたトリッキーさはあまり歴史の表舞台に出ることはない。先ほどは魔法の真髄は手の内を明かさぬことにあると書いたが、魔王ベクトルの場合は魔界中の魔物がベクトルの真面目そうな顔にまんまと騙されることとなるのである(別に不真面目なわけではないのだが)。

 ベクトルの種明かしが一息ついたところで、バグはベクトルに今後の予定を問うた。単身で上手く乗り込んでいっても所詮は魔導師、数に物を言わされればひっ捕らえられて死ぬ目に遭うのは必然である。おまけに人間界にはバテレンのような怪物がうじゃうじゃ蠢いているかも知れないではないか。

「そもそも、お前は今人間界のどこに居るのだ?」

『人間帝国という国の大教会に。奴らの拠点のようなので』

「あ?」

 バグはもうどうでもよくなってしまった。魔物を絞め殺すために存在するような地理的、呪術的条件がそろったA級危険地帯、教会に侵入とは狂気の沙汰か。流石のバグであっても殺虫剤一本でやられてしまうほどに、教会施設というのは魔物にとって危険なフィールドなのである(入った事が無いのでバグの勝手な想像なのであるが)。

「貴様、本当に何なのだ?、何がしたいのだ?」

『偵察です。聞けば、大師匠様を襲ったのはこの帝国教会という組織の人間だそうじゃないですか。わざわざ魔界まで足を運ぶ連中が黒幕な筈がありません。この大教会のどこかにその黒幕がいるはずです。今はまだ様子見ですが、魔王になった暁には盛大に事を構えねばなりませんから、教会とはね』

「確かに、そうかもしれんが……」

 この時、ベクトルは大きな間違いを犯していた。確かにベクトルの推察は間違っていなかったが、バテレンの存在をまだまだ甘く見ており、抹殺に尽力しなかったことは大きな禍根を残すことになる。

 しかしベクトルは自信満々なのである。今まで冷徹で理性的、シリアス満点なベクトルを見せられ続けた(イゾウみたいな)読者には申し訳ないが、ベクトルにはこんな一面があるのも事実なのであった(てこ入れと勘違いされても仕方が無い)。

 そんな具合で言いくるめられてしまったバグは大人しく身を引くことにした。怒りに身を任せてもろくなことはないと思い知らされた気分である。大師匠の仇の事は決して忘れてはいないが、妙に冷めてしまった。

「私はまんまと囮を演じきったわけか。ならば一度貴様の館に帰って待機させてもらう。貴様、ただでは戻ってくるなよ」

『もちろんです』

 ベクトル人形はそう言うと、糸が切れた人形そのまんまの有様でその場に崩れ落ちた。

 この時の会話以降、ベクトルの人間界での行動は全くの謎となっている。大戦後には本当に人間界に行っていたのだろうかと疑う歴史家が現れるほどにうやむやであり、ベクトル七不思議(残りの六不思議はいつの日かまた)の一つとして数えられている。

 ただ確かなのは、ベクトルが帰還したときには鉄砲の製造法や教会の秘術である『聖霊魔法』の情報を手土産に持って帰ってきたらしいということである。しかし、やっぱり「元々ベクトルは知っていたのではないか」と言い出す連中が現れ、結果、『ベクトル、バテレン戦サボり説』が後の魔界でささやかれることとなってしまうのである。

 それはさておき、会話が終了したあとは元の重病人(人形)に戻ってしまったベクトルを抱え、バグは一路、ベクトルの館へと戻ることとなる。

 ベクトルと同等、もしくはそれ以上に面倒な怪物の待つ館へ。バグの災難はまだ続くのである。

 

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