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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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魔剣のすすめ

段々とイゾウの知能レベルが低下してます。大将軍への道は長いです。

 先に仕掛けたのはイゾウである。

 イゾウは先程の構えからさらに深く前に沈みこみ、上体の自然落下の力を推進力に変えた突きを繰り出す。筋力よりも重力の加速のほうがエネルギー効率が良い事を感覚的に理解していたイゾウの剣は、降ってくる雨粒のごとく速く、直線的である。

 が、精霊は竹刀を突きの軌道に滑らせて剣をいなす。無駄のない動きで突きをいなした精霊はイゾウに生じた隙を突く。ここが本当に道場であったら感嘆の声が挙がるであろう美しいカウンターの動作である。

「良い突きだが、予想の裏を掻いた所でわしは倒せん。魔剣術の真髄を見せてやろう。」

と、精霊は竹刀を突き出す。ただの素振りのような単純な動きだったのでイゾウは難なく竹刀を受け止められたが、それだけでは済まない。

 精霊の剣の軌道の延長線上にあったイゾウの左肩にどす黒い線が走り、そこから魔王水配合の血液が噴出す。見えない刃にイゾウは驚いて飛び退いた。

 夢の中のことなのでこの程度の傷は気にもならないが、竹刀ごときでどうして肉が斬れるのかが分からない。真空波の一種なのだろうか。 

 あからさまに異様なものを見る目で精霊の『斬れる竹刀』を見つめているイゾウをみて、

(魔力の匂いがしないから不思議だとは思ったが、まさか本当に魔法剣を知らんのか)

と、精霊はむしろ驚いているイゾウに驚いていた。先ほどの刃は、たとえ不可視であろうと、魔道の心得が少しばかりでも有る者には見えるはずの刃なのである。

 その後も彼らは幾度か切り結ぶのだが、純粋な体術を除いては全く精霊に敵うところが無いイゾウである。今までのイゾウの戦いぶりと同じように、魔界という世界特有の戦闘技能の点における無知さが、イゾウを不利へ不利へと追い込む敗因となっている。ゴーレム相手にいくら修練を積もうと、その欠点を押さえない限りは高位の魔物相手には勝てない。あの修行を用意したベクトル自身は魔術戦闘の天才だったが、こと部下の戦闘教育に関しては才能が無かったらしい。後にこの事は魔剣に看破されることとなる。

 魔剣は方針を見直す必要があると踏んだ。

(こんな物知らずの阿呆に巡り合うとは運が悪いのう)

魔界に生を受けてまだ一年も経たない赤ん坊の青二才であるから仕方のないことではある。

 ちなみに、精霊が用いていた技術は、魔力で空気を固めた物を竹刀に纏わせて操作性とリーチを高めただけの初歩的な魔法剣である。達人同士の戦いともなればその流れを読み合い、蛸の触手の絡み合いのような中距離戦闘を展開することも出来るのであるが(もはやそれは剣士ではなく魔法使いの戦いである)、その基本中の基本でこうも驚かれては、張り合いが無いというものである。

(待て待て、魔法剣の真髄を披露するのはこれからだと言うに……)

魔剣の精霊は行く先を案じ、むしろ放り出してしまいたいようなどうしようもなさを感じた。魔力を使いこなせないどころか、『魔力の使用』という概念すら知らないような小僧に魔法剣を教えるということは、アメーバに性教育をする事ぐらい空しいことかもしれない。

 かと言って、このままイゾウの魂に魔力の応急処置を施して叩き起こしてやったところで、もう一度奇奇怪怪に地獄に叩き落されるに決まっているのである。そうすればもう助からないかもしれない。

 魔剣にとってイゾウは仮にも主であるのに加え、奇奇怪怪のあの気味の悪さは気に入らない。負け越しはもちろん、奇奇怪怪の手に落ちることなどもってのほかである。どうにかしてイゾウを生存可能なレベルまで育て上げなければならない事を感覚的に悟っていたのである。

(まずは型だけでも叩き込まねば話にならんな。はて、どうしたものか)

 もちろん、魔剣は人に剣術を教えたことなど無かった。剣なのだから。仕合、会話において優位に立っていたのは断然に魔剣の精霊なのであるが、結果に困り果てていたのもまた魔剣の精霊なのであった。

(いっそのこと気味の悪い死体人形(奇奇怪怪のことであるが、イゾウもそうであると言える)が立ち去るまで狸寝入りを決め込ませるか?)

イゾウと出会ってしまったばかりに、この魔剣は歯がゆい思いをこれから幾度となく味わされる事となるのであるが、それはまた別の話である。

 それはさておき、魔剣の精霊はようやく決心が付いたらしく、口を開く。

「お前、今みたいな剣技を扱いたいか?」

剣から気合のようなものを放ち、直接触れずして斬る。現代の少年漫画はこの現象を何の怪しみもせずに表現しているのだが、魔剣の精霊のそれは全く合理的な技術としての側面を持っていた(扱う、という言い回しがいかにも術士のものっぽい)。江戸時代に剣から『かまいたち』が出るという現象が想像されていたかどうかは知らないが、イゾウもこの格好良さの虜となっていたのである。

 イゾウはほんの少し物を考えた後、

「どうか、どうか私めに貴殿の剣の業をお授けくださいまし」

などと、畏まって慣れもしないクサイ敬語であっさりと即答してしまった。かっこいいものと強いものには目がないのである。ベクトルとの主従の誓いも、半分ぐらいはノリでやっていたのかもしれない。

 この時、魔剣の精霊はもうほとんどやけくそな気持ちであったという。

 

来週はきっとお休みです。

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