奇奇怪怪とイゾウ
ベクトルが聖なる壁にて瀕死の重傷を負ったのと同じ頃、エルフの領地内にあったベクトルの館でも大きな動きがあった。
館には当時、奇奇怪怪に間接的に支配されていたククリ(奇奇怪怪=ククリ)と、ゴーレム相手にひたすら組み手を続けるイゾウしかいなかった。この時奇奇怪怪=ククリは、ククリの寝ている間にベクトルが何かの用事で出かけたということをイゾウから聞いており、せっかく自らの意識を分割をしてまでククリを支配しているのにつまらん、と苛立っていた。自分の相手になりうるのはここにはベクトルをおいていないだろうという判断である。
ただ、そのおかげで誰にも怪しまれることなく館内を探索できたし、本当につまらなければククリの未来透視への返し技でつながってしまった魂の接続を断ち切って本体に帰ればいい(一度切断してしまったら、繋ぎ直すにはもう一度何らかの幻術をかける必要がある)。ククリには大迷惑だが、奇奇怪怪にとっては何があってもお気楽なもの、何かあって欲しい、いやむしろ何かやらかしてやろうとすら思っていた。
それはさておき、奇奇怪怪=ククリは人造魔人イゾウがどこか気に入っていた。別に大した理由ではないのであるが、なんとなく自らの率いる盗賊団の子分共に通じるがさつさを見出していたのだ。蓋し魔導師の配下には到底見えない。魔導師が部下を持つときにはバグのような、無機質かつ陰険な部下を好んで用いるのが普通なのであり、イゾウはちょっと不思議な存在だ。
奇奇怪怪=ククリはイゾウを試したくなった。幻術で少し試して、骨のある奴だったらそのまま部下にしてしまおうという魂胆である。当然これから部下になるかもしれないという男を幻術でだまくらかすことには何の抵抗もない。
奇奇怪怪の幻術は何らかの方法で相手の感覚と繋がることで成立する。つまり、意識が重なった部分から相手を侵食するタイプの幻術であり、これは一見難しいようで、至極簡単である。例えば『視線を合わせ』たり、『体の一部を接触』することでも幻術が成立する。人間の中にはごく稀に息をするように嘘をつける者がいるが、奇奇怪怪にとっての幻術はそれに近い。彼の願いは全て幻術によって叶えられるに違いないのである。
『だが、面と向かって幻術をかけるのはまずいな。今はまだこの正体をばらしたくねえしな……』
奇奇怪怪の幻術にかけられると、奇奇怪怪と感覚の一部がつながってしまうということは先ほど述べたが、感覚を共有するということは、術者からすれば、自らの意識を相手に曝け出すことでもある。即ち、直接イゾウに幻術をかけては十中八九ククリの中にいる自分の存在を知られてしまうのである。また、結局はククリを媒介にして幻術をかけるわけであるから、当然幻術の支配力、侵食力にも不安がある。
奇奇怪怪=ククリは攻めあぐねて館の中をふらついていた。館の中はイゾウの訓練が発する様々な打撃音に満たされていた。
『どこかに実験中の人工魔法生物とかが置いてあれば操って使ってやるんだがな、クハハハ。』
魔導師による生物製造は思いのほかポピュラーに行われている。魔法を三十年も愛好すれば、使い魔程度の生物は簡単に生成できる、といった認識が浸透している程度に広く行われており、相まって実験中の暴走や野生化なども珍しくはない。それに見せかけて物言わぬ化け物たちを操って一暴れしてやろうというのが奇奇怪怪=ククリのこの時の思惑であった。この方法ならばイゾウに勘付かれることもなく試せる。
ただ、この時奇奇怪怪が犯したミスが1つ。それは、暴れさせる『魔法生物』の選択があまりにも性質の悪いものであったということである。
館ではイゾウの孤軍奮闘が始まろうとしていた。
二週間も間を空けてしまい申し訳ありませんでした。
実はこの度受験シーズンに突入いたしまして、更新速度がさらに落ちることが予想されます。
何とか更新自体は続けようと思いますので、寛大な御心で待っていただけると幸いです。