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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
36/128

人間辛勝

 ベクトルが刺された瞬間、バグは大きなリスクを背負ってでもベクトルを救出する腹を決めた。即ち強大な攻撃力を持つ勇者に対して『肉を切らせて骨を断つ』戦法を採った。

 バグは甲虫弾丸を打ち出す左腕を勇者に向けたまま突撃した。甲虫の弾幕が瞬時に展開されるが、勇者の前では心許ない。バグは本来は暗殺者、火力で勇者にかなうことは到底ありえなかった。

 勇者は凄まじい速度で弾丸をなぎ払い、飛び上がり一閃、バグの左腕を刺し貫いた。バグの左腕からは幼虫達の悲鳴と体液が漏れ出した。剣からあふれる光の魔法はバグの体細胞を完膚なきまでに焼き尽くすだろう。

『よし、蟲ジジイもここまでだな。』

 バテレンがそう一息をついたのも束の間、次の瞬間には勇者が地面に叩きつけられていた。バテレンはその決定的瞬間を見逃していたため何が起きたか分からなかった。

 勇者もバテレンと同様に、この攻撃によってバグを概ね仕留めたものだと思っていた。だが、それは勇者の戦闘経験の浅さを物語る結果となった。魔物が自分の体の一部を犠牲にするということは、そこに何らかの罠や、呪術が仕掛けられているものとして見なければならない。対魔物の戦闘の鉄則の1つである。

 驚くべきことに、バグの左腕は傷口を境に本体から独立し、一つの生命体として勇者を攻撃した。左腕はまるで蛇のようにしなやかかつ素早く勇者を襲う。勇者は一瞬の出来事に瞬時に反応して見せたが、隙は大きく、本体のバグが繰り出す体術をまともに受けてしまった。

 バグの用いる体術とは『ゴキブリ』の称号を持つ蟲術師が代々受け継いだ秘伝である。もちろんそれは蟲を支配する者の扱う術であるため、飛び道具として蟲を使用することや蟲の羽を体に宿していること等が体得に必要な条件であった。魔界にはこういった肉体改造を前提条件とする数多くの術が存在している。

 この術は魔界の数ある体術の中でも最高位に近いものであり、隙の生じた勇者には見切ることが出来るはずもなかった。バグは背中の羽を使って超高速で前転し、勇者の右肩に踵落としをお見舞いしていた。バグの羽による昆虫的な『速さ』による一撃は強烈、勇者の右肩は酷い音を立てて砕け、地面に叩きつけられた。

 この一瞬の出来事に、バテレンは顔色を変えた。

『勇者っ!』

 バグは勇者がその場で気絶しているのを確認すると、そのままバテレンへと直進する。当然バテレンを殺すためである。殺すなとベクトルは言っていたが、こうなってしまっては仕方ない。バテレンだけでも殺しておかなければ……。

 しかし、再び謎のエネルギー体がバテレンから噴き出してバグを襲った。

 また、バテレンのあの正体不明の術である。バグも先ほどのベクトルと同じように本体胸部に攻撃を受け、沈んだ。

 一瞬のことであったのでさすがに動揺したバテレンであったが、秘術の敵ではなかった。

『まさか魔物がどいつもこいつもここまで馬鹿の一つ覚えで攻めてくるとは思わなかったぞ。ククク、これで研究のサンプルも増えるというものだ。おい、もういいぞ四六、出て来い。』

 戦闘中姿を消していた四六は重症の勇者を抱えて再び姿を現した。四六はいつの間にかマスクを付け直していた。

「旦那、そのジジイまだ息があります。」

『放っておけ。もう戦えまい。それよりさっきの若い魔導師は?』

「こっちはもう脈もありません。見た所かなり強力な毒針のようですからイチコロですな。なんとも呆気ない。」

 四六がニヤリとほくそ笑んだ時、勇者の体が光を放ち始めた。勇者特有の回復魔法である。正確に言えば、勇者が得意とする光属性特有の魔法効果である。この魔法はいわゆる万能薬であり、魔力さえあれば生命エネルギーの回復すら行える優秀なものである。

 だがバテレンは、慌てた。

『しまった、このままだと魔法の回復効果で洗脳が解ける!。おい四六、早く注射器を!』

 四六に預けていた荷物からから手早く注射器を取り出したバテレンは、勇者のまだか細い少年の首筋に注射針を滑り込ませ、なにやら得体の知れない色の薬品を注ぎ込んだ。すると回復魔法の反応は直ちに止み、また元のように重傷者が四六に抱えられているのみとなった。

 さすがのバテレンも焦ったらしい。

『危なかった。まさか自動で回復を始めるとは、何たる戦闘の才能、いや、勇者の本能というべきか……』

感心しているのか文句を言っているのか分からないような始末ではあったが、とりあえずバテレンにとっての危機は免れたらしい。

『そうは言っても魔法を止めてしまっては勇者が役に立たんな。四六、さっさと脱出するぞ。』

「へい、分かりました。」

 二体の魔物を後にして、バテレン、勇者、四六の三人は魔界を脱出し、人間界に帰還した。

 大師匠暗殺事件はこうして、深い爪痕を残しながらもとりあえずの終結を迎えたのであった。

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