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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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勇者『第一段階』

イゾウの影が薄いですね。

 そもそも勇者という存在が人間の大衆に知れ渡ったのは勇者の出現から3世紀も後の事だった、と、バテレンは自らの手記に書き綴っている。

 また、こうも書いている。


 勇者の精神構造とは驚くべき形で代々受け継がれていることが分かった。かつての私の常識からは想像もつかないことだが、なんと、精神の遺伝子が魔法によって構築されているという実験結果である。確か、私が祖国を出て宣教の旅に出た頃に、ようやく親と子が似るのは遺伝子というもののおかげだということが世間に知れたわけだから、この世界の方がはるかに魂の学問が進んでいるといえよう。私は感動している。

 それもこれもあのゲンナイという男……。私が持ち合わせていたフリントロックをいともたやすく複製、改良、生産し、『私の』人間帝国をあそこまで大きくしてくれた。果てには勇者の分析、洗脳、『死神』の製作。これも神の思し召しという奴だろう。あのような天才は中々いないだろうに……。

 

 『魔界研究の一環で、歴代の勇者に関して記述を集めていたバテレンは魔界の書物から勇者の精神構造に関する魔道書を発見し、そこに記されていた魔法によって勇者を操っていたのだ』という事実と異なる記述が、魔界の正史として何故か今でも残されている……。

 

 それはさておき、勇者というのは人間の中で一番強い存在である。それは何故かというと、人間のなかで一番強いものが勇者となるからである。

 よく巷では、勇者という存在を陰りのない、活発な好青年として描く表現が多いがそれは自然なことではない。勇者にふさわしい力量、素質をうまれ持った人間を、世界を満たしている魔法が、あるべき勇者の人格へと変えてしまうのである。

 そのことに薄々勘付いた勇者がいることを匂わせる記録が残っていることも興味深い。

 例えば、今から六代前の勇者、通称『アンチ』は、

『私の心は勇者のものだ。私のものではない。本当の私は、魔物と接している勇者らしからぬ、あの自分なのである。』

と、最期の言葉を残している。

 『アンチ』は歴代勇者の中で唯一魔物をパーティに加えていたことで知られ(後に「唯一」ではなくなるが)、人間と魔物の関係を考える上で一つの重大な特異点として物議を醸している。

 『アンチ』の例のみならず、勇者という存在は先天的に押し付けられるようにして得る人格なので、時として大きな揺らぎを生ずる。

 そこに目をつけたのが、バテレンを含む幾多の魔導師達である。

 勇者と人間の共存という不安定な人格のマインドコントロール(もしくは打倒)が、実は人魔を問わずに人気を博していたらしい。

 先ほど間違いであると指摘した、バテレンが魔界の書物から勇者洗脳の糸口を見つけたという説も結果的には間違いなのであるが、あながち的外れというわけでもないのである。

 勇者とは魔王の対として設定されている存在であることは自明であるが、その精神的な内容は実に異なっているのである。

 

 さて、以上のように色々と勇者を語ってみたところで、バグと勇者の戦いの何がわかるというわけでもない。いわゆる蛇足である。

 それはさておき、派手に蟲の羽音を撒き散らしながらバテレンにつっこんでいったバグは当然勇者に阻まれ、勇者と戦い始めた。ベクトルの書いた筋書き通りである。

 大師匠暗殺現場では本領を発揮しなかったバグの蟲術であったが、今回はその成果を遺憾なく発揮した。

「行けぃ、我が子らよ!」

バグは体のありとあらゆる穴(毛穴レベルで)から無数の蟲を噴出した。正確に言うと、目に見えない微細な蟲の卵を空気中に排卵したのである。

 その様はまるで黒い炎がバグを火種として燃え上がっているような光景であった。さすがの勇者もこの光景に生理的嫌悪を禁じえない。

 対して勇者は先程からの詠唱で高めていた魔力を開放し、気柱を上げた。勇者の用いる基本の魔法、『光』属性の魔法である。また、勇者は光属性に加えて『風』属性の魔法を併用して自らの身の回りに風の障壁を構築した。蟲の卵の接近を防ぐためである。

 この時バグが生成した卵は全て寄生虫の卵である。成長すればイゾウを操ったときの蟲のように、強力な支配力を持つ蟲となる卵である。例え勇者であっても体への侵入を許せばただでは済まない代物であった。

 咄嗟にそれらの危険性を察知し魔法障壁を作ったことは、勇者の優れた戦闘的感性を示唆している。

 しかし、これで勇者は魔力と意識の一部を常に障壁生成に当てねばならない。勇者はバグの出方をうかがう体制をとらざるを得なかった。形勢はバグに少し傾いた。

「成る程、大した奴だ。わが甲虫達の大半を焼き払っただけのことはある。だが……」

バグは、今度は両手の指先を勇者に向けた。すると、バグの両肩が膨れ上がる。よく見てみると肩の脹らみの中を蟲がはっている様子が伺える。

 勇者は危険を察知し、剣を抜いた。

「どこまでも勘の鋭い奴だな。」

 次の瞬間にはバグの十指からそれぞれ蟲の弾丸が飛び出した。甲虫のような節足タイプではなくワーム型の蟲であった。本来『蟲』という字はこの系統の蟲を指す言葉である。

 勇者は咄嗟に『炎』の魔法を剣から放出し、障壁を越えて進入してきた弾丸を焼き払った。

 続いてバグは第二、第三と弾丸を次々と射出し、対して勇者は光の弾丸で反撃を開始した。激しい中距離戦闘がしばらく続くであろうことが予測された。

(一度に三種類もの属性を使いこなすか。準備さえあれば私にも出来るが、あれほど感覚で魔法を操れる者は魔界にはいないな。魔法使いとしての天性の素質は私よりも勇者のほうが遥かに上か……)

 地中に身を潜めていたベクトルは、隙を見計らいながら二人の戦いを、特に勇者を観察していた。魔界一の大魔法使いの弟子であるベクトルにとってすら、勇者の魔法の基本能力は驚異的であった。勇者は魔法に愛されているのではないか。

 この世界における魔法とは、種類に限らずあらゆる物理、精神、呪術的エネルギーを他のエネルギーとして変換し、行使する行為であると定義される。我々の世界では発電や電気の使用などがその分類に当てはまる。

 基本的に、魔法に使われるエネルギーの出所はその魔法の情報においての核心である。前に述べたような魔界における魔法情報の非公開性はこの、エネルギーの出所=魔力の秘匿の為であると言っても過言ではない。要は、魔力とは手品の『タネ』なのである。

 だが当然、手品を披露するためには『タネ』だけではなく道具や暗示、舞台設定などの準備が必要であるのと同様に、魔法にもそれ相応の準備が要る。

 ここでベクトルが見抜いた勇者の恐ろしさとは、魔法行使においてその段階をスキップしつつ、膨大なエネルギーを自由自在に操れるという魔法使いとしての才能であった。そしてベクトルは、その魔力の正体が『精神エネルギー』であるとも予測していた。

 前述の通り、勇者の持つ『明るく』『活発で』『正義感の強い』人格は魔法によって規定されている。だが、それは勇者という『人間』の心を阻害しないように『何者か』に上手く調節されて受け継がれてきたものであり、同時に強力な精神エネルギーの温床であることが現在の研究で明らかになっている。いわば勇者という人格は精神エネルギーの原子力発電所なのである。

 この時既にベクトルは勇者攻略の方法をいくつか編み出していたが、勇者には未だ隠された力が隠されているということは、歴代魔王たちの戦いの歴史から感じ取っていた。とにかく、今はまだその時ではないということだ。

 ベクトルはバグと勇者の戦いが膠着状態になった頃を見計らってバテレンの真下のあたりの地中へと移動した。

 こちらでもまた、一つの戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

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